第4話 苦悩
とりあえず、僕も大人とよりせなちゃん相手の方が話しやすいってのはあって、そのままいろいろと教えてもらうことになった。
ただ、自分の心が読まれることに対する違和感はあったけど、別にそれにもまぁ、慣れたと言えば慣れた。
だって、読まれて困ること、なにもないし。
本当にないし。
中3が小3に意識することもないし、ここでお金儲けしようとかたくらむこともないし、読んだことを悪用されるとも思わないし、もう本当に好きほど読めばいいって思う。
で、せなちゃんのお母さん、やたらと娘と仲良しみたいなんだけどさ。
どういう考えかわからないけど、娘に「僕の面倒を見ろ」って言い出したんだよね。
まぁ、この世界の貨幣すらわからないから、数日と言ってもここで生活するのに、案内してくれる人がいるととても助かるのは事実なんだけど。
「『せな』という名前、この世界の言葉なの?」
とりあえず、街を案内してもらうために歩き出しながら、そう聞いてみる。
「さっき説明を聞いてもらった魔素流ですけど、
そして、こちらの言葉では、『月』とか『恵み』という意味の言葉です。
私たちの父によって、魔素流は地を焼き尽くす悪魔ではなくなり、今は恵みですからね。どちらの世界の言葉でも同じ意味なんです」
ふーん、なるほど。
「星波ちゃんって呼べばいいかな?」
なんとなく見下ろしながら聞く。
だってさ、身長差、30センチよりあるよね。
僕の世界だと、連れだって歩いていたら、うっかりすると通報案件だ。
「嫌です」
きっぱり来たね。嫌なんだ。
「じゃあ、なんて呼べば……」
「星波だけの方が、まだ子供扱いされていない気がします」
「呼び捨ては嫌だ」
思わず、僕も反射的にそう口から出た。
「じゃあ、『さん』でもつけてください」
……まぁ、いいか。
さっきも気がついたんだけど、この世界の人は呼び捨てしあっていて、敬称みたいのって付け合ってない。でも、鳴滝さんは律儀に敬称を付けているし、父も同じだ。
これって、僕の世界の感覚なんだろうね。
で、今は「中3が小3に」という意識よりも、「せな」というこの女の子に一目置いている自分がいるからね。
そもそも、たぶん、僕よりこの娘は大人なんだと思うし。だからこそ、呼び捨てに抵抗があったのだし。
じゃあ、「さん」付で呼ぼうか。
いくら可愛いからって、「タン」なんか付けたら、僕の世界から悪いものを輸出しちゃう気もするしね。
「わかった。
じゃあ、星波さん、よろしくお願いいたします」
そう、改めてあいさつしたんだ。
「聡太さん、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
星波さんも、真面目くさって返してくれる。
誰かが見ていたら、おままごとみたいだと笑ったかもしれない。
でも、僕たちは本気だった。
そして、物憂げでない、明らかに歳相応に明るい表情……。
うん?
ひょっとして……。
「星波さん、なんか隠していること、ない?」
「くっ……」
星波さん、下唇を噛む。
どうやら誤解じゃなかったみたいだ。
なんでかな。
ちょっと考えたら、その理由が僕にもわかったんだ。
両親と、その深い友人である僕の父といるとき、この娘は難しい顔になる。
今日知り合ったばかりの、僕に対しての方が無邪気になる。
単純に反抗期だとしたら、てか、僕は女の子に反抗期があるのかも知らないけど、もしそうならばあれほど母親と仲がいいだろうか?
で、仲がよさそうなのに、やはり表情は冴えない。
となると……。
あそこにいた中で、僕が唯一違うのは、魔素石が埋め込まれていないこと。
そして、ああ、僕は星波さんの心がわからないけれど、星波さんはわかる。一方通行だ。
でも星波さんの両親は違う。僕の父もだ。
魔素石が埋め込まれていれば、星波さんの内心もかなりわかってしまうのではないだろうか?
星波さん、自分の心が読まれるのが嫌で……。
「そんなわけない」
そうかい、違うのかあ。
って、ちょっと待て。
「なあ、星波さん。
君、僕の心をずっと見通し続けているの?」
そりゃ、聞くよね。
初めて見る表情。
9歳の苦悩の表情ってのは、なかなかに見ていて辛いものがある。
「聡太さん。
やっぱり、いつも心を見られているのは嫌だよね?」
いきなり、どうした?
その話は終わっているんじゃなかったのか?
「あのね、私はこのスイッチを切ることができない。
だからね、1つ目。
親子だとね、親は子どもに隠していることが幾つもあるもんなんだよね」
僕、うなずく。
父が生きていたなんて、僕だって知らされていなかったからね。
それがわかっちまうってことだ。
「2つ目。
特に母は魔法の才能があってね。しかも、魔素石が埋め込まれているから、とても勘がいいの。
そうなると、私がわかったことを母が見抜き、その見抜いたことがそのまま私にもわかる。
つまり、いつもいつも、母の目を通して自分を見させられるの。
これは本当に辛い。
ずーっといつもいつも、それこそ、ずっといい子でなんかいられない。
そして、両親が隠せていると信じていることを、娘として暴きたくもない」
そうなのか。
たしかに、これは辛い。
「自分の心が読まれるのが嫌」とか、そういうレベルの話じゃなかった。
「友達とかは?」
半ば答えがわかっている質問を、僕はした。
だって、魔素石、子どもも埋め込まれているとは思えなかったから。
返ってきたのは深い深いため息。
まあ、予想通りだろうな。
王宮の門扉のところで、そのまま僕と星波さんは立ち話を続ける。
さすがに、街の雑踏の中では話しにくい内容だ。
星波さんには、2つも大きなハードルがある。
この世界の救世主の娘ということ。
そして、それを周りの人がどう見ているかが、わかってしまうということ。
この2つのハードルを超えて、友だちができるとしたら、それはそれですごいことだ。でも、現実は厳しい。
そう、この世界においても、だ。
「母はね、だんだん魔力の使い方がわかってきて、そうしたらスイッチを切れるから、こんな苦労もなくなるっていうの。
どうしてもこの状態が続くのなら、リゴスの魔法学院に留学しなさいって。
実際にデリンという人は、昔は『残念な人』とか『ぽんこつ』とか言われていたらしいのに、留学して戻ってきたらこの国の筆頭魔術師になっている。
私も、魔素の力を使いこなせるようになれば、同じように凄いはずだって母は言ってるの」
うーん、それは正しいんだろうな。
でも、留学って、どのくらい未来の話なんだろう?
苦労、苦悩は今ここで、現在進行形だ。だから、留学が5年先じゃ辛すぎるよね。
「聡太さんがこちらに来ると言うので、楽しみにしてました。
父たちの世界から来るということは、私のことを特別として見ないでくれるからです。
きっと普通に話せるって。
期待通りでとてもとても嬉しいです」
ああ、期待を裏切らなくて済んでよかったな。
「うーん、悪いんだけど、僕の世界の人でも、心を読まれて平気って人は少ないと思うよ。
僕が、その……」
「私なんか眼中にないから、だから平気なのはわかってるんですよ」
ははは。
見抜かれてる。
もしも星波さんの年齢がもっと僕に近かったら、きっと意識しちゃってこんなふうに話せなかった。
でも、それでもまぁ、その結果としてこの女の子が屈託なく話せるならば、それはそれでいいことかな。
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