第123話 滲む青に厭世が揺れる

 カルナに連れられて会話の輪に入る。リエゾンやオルゲス達を含めた墓地の総勢がだらーっと芝に座りながら会話をしていた。メラルテンバルも珍しく体をごろんと地面に預けていた。白い尻尾の先はしっかりとロードの周りの地面に付いており、いつも通りな様子が伺えた。


 俺が現れたのを見たシエラ達が一斉に騒ぎ出す。1日ぶりぃ!とか、よくぞ来たな!とか色々言われているが、俺の視線はそれより早くロードの表情を伺っていた。


 ロードは深く被ったフードの奥で驚いたような表情を浮かべると、なにやらフードを被ったまま髪を整えてそれを脱いだ。フードを脱いだロードは相変わらず可愛い。金の瞳を揺らしてにこりと俺に微笑みかけてくれている。

 ……一応、前回の最後らへんのことはロードの中で決まりが付いている様子だ。確かにずっとお互い抱えていてもしょうがないし……と思っているとロードの手元に目が行った。


 特に理由もなくさ迷わせた視線の先で、ロードは固く杖を握りしめている。いかにも緊張で強張っていると言わんばかりの手元と、柔らかな表情のギャップが激しい。

 表面上は水に流しているつもりなのだろうが、やはり気まずいし緊張するよな……良かった、俺一人が勝手に不安がっている訳じゃないみたいだ。


 なんとなく安心しながらオルゲス達に返事を返す。コスタに先日居なかったことについて軽く聞かれたが、体調が優れなかったと答えた。新たに俺が参入してきたことにより、墓地の面々が活気付く。どうやら先ほどまで話していたらしき会話の流れを、唐突に振られた。


「ライチー。ライチは猫派?犬派?」


「どういう流れでこうなったのか説明が欲しいんだが……メラルテンバルに犬猫とかの差違はそんなにないだろうに」


 唐突に振られた話題に驚いていると、シエラが話題の源流について軽く話してくれた。


「いやぁね、私達ってここに来てから日が浅いじゃん?だからさ、メラルテンバルさんとかオルゲスさんとか……カルナとロードちゃんのことも含めて全然分からないの」


「だから色々な質問をして親睦を深めようということになってですね……今のところ差し迫った用件は何一つ無いわけですし」


「あー、私のセリフ取ったー!」


「……それで、ライチはどっちなんだ?」


 わちゃわちゃする二人組から目を離して、リエゾンが俺に聞いて来た。いや、俺はお前の回答の方が中々気になるんだが……元々狼だったっぽいし犬派か?そう見せかけて対岸の猫を愛でる一派か?

 いやいや、落ち着け。質問されているのは俺だ。質問に質問を返すのは良くないだろう。


 犬か猫……えーっと、俺的にはそんなに違いを感じないんだが。どっちも飼ってないし良く分からないのだ。母さんの方の叔父叔母がオウムを飼っているくらいで、俺は特にペットという概念に触れていない。

 その状況で選べと……?うーん……。


「……敢えて言うなら猫、かな…」


「ハッハッハ!レオニダス!この賭けは我の勝ちのようだな!」


「ぐっ……まさかこのレオニダスが敗れるなど……読み違えたか……!」


「成る程、ライチは猫なんだな」


「犬を選ぶ奴は少ないみたいだな、メルトリアス」


『興味なしー』


「成る程……猫ですか……猫」


 おいおい、二択を選んだだけでどうしてこんなに騒がしくなるんだ?空を飛んでるワイバーンも思わず振り返ってるぞ?メラルテンバルとカルナはふーん、と呟き、ロードは何かしらを噛み締めている。

 シエラはコスタに「はい、猫ー!ざんねーん!」と何やら煽りをかましているな。あと、オルゲスとレオニダスは俺がどちらを選ぶかで賭けをしていたらしい……場末の酒場かよ。


 勝者のオーラを煌々と纏ったシエラが猫を選んだ理由について訪ねてきた。


「選んだ理由……静かで読書を邪魔されなそうなのと、時々甘えたり甘えられたりしたらいいかなと思って」


「ライチさん……猫を舐めたらいけませんよ。あいつら平気でそこらを引っ掻きますし、多分本なんて爪研ぎになります」


「え」


「へーんだ、疾風丸は良い子だもん!」


「姉ちゃ……シエラにはいい顔してるけど、俺なんてもう……前世で仇敵だったんじゃないかって思ってるよ」


「だそうよロード?」


「うぅ!カルナさん!そこで僕に振らないで下さいよ!」


 顔を赤くするロードの近くで、林檎を齧りながら犬もいいんだがなぁとメルトリアスとリエゾンが首を横に振りながらため息を吐いている。物を食べながらため息を吐くとかいう高度な技術を披露するな。


 この状況はどうしたもんかと諸手を上げていたら、シエラから更なるキラーパスが飛んできた。


「ライチー、肉と魚……どっちが好き?」


「また微妙な質問を……」


「ライチ!男ならば勿論答えは決まっているだろう?」


「うむ、一考の余地もない」


「いや、俺男だけど野菜の方が……」


「メルトリアス……」


 レオニダスが信じられない、という目をメルトリアスに向けているが……これは生まれた環境の違いだな。戦乱の最中で生まれたレオニダスと、闘技場をのしあがってきたオルゲスに比べれば、メルトリアスの体躯は酷く頼りない。そもそも比較対象があれなのもあるが、間違いなく肉!と即答するようには見えないだろう。


 即座にレオニダスから含みを持った視線を向けられたメルトリアスが、若干キレながら反論した。


「いや、お前ら……!一回王都のマリッジサラダ食ってみろよ!」


「海草に興味はない」


「信じられない……」


「オレはこの生まれのお陰で肉の方が旨いと思うが、どっちかを選ぶなら……一応野菜だな」


「やっぱりお前は分かってるよ……リエゾン」


 えーと?質問は確か『肉か魚』だよな……なんだこの二人。加速する議論の最中でカルナが『分かってるよな?』みたいな視線を飛ばしてきている。いや、わかんねえ……分かるわ。肉だろお前。

 メラルテンバルはやっぱ魚だよね、と変な威圧を俺に飛ばしているし……どうやら俺が来るまでにこの二人の間で肉・魚論争が勃発していたらしいな。

 二人に挟まれたロードが困ったように笑いながら口を開く。


「えーと……お肉もお魚も、二つとも大事な食べ物ですし……それに、健康の為にどちらともバランス良く食べるのが一番だと思いますよ……?」


「さすがロードちゃん……なんて教育が行き届いてるんだろう……こんなにいい子は現代には居ないよ」


「え、えーと……ありがとうございます?」


 シエラがロードの後ろに発生した後光に涙しつつ両手を合わせている。確かに尊い……俺も両手を合わせておこう。ロードはますます困惑している。

 いつものようにカルナがため息を吐いて俺たちを嗜めた。


「はぁ……貴方達ね、何を馬鹿なことをしてるのかしら?」


「あの光が見えていたら、両手を合わせずにはいられないよ……」


「ひ、光……ですか?」


「おお、シエラ。お前にも見えるのか……」


「当たり前だよ……」


「お前も中々啓蒙が高いようで何よりだ……」


「これは駄目ね。腐ったリンゴは箱ごと処分するのに限るわ」


 ため息混じりにスレッジハンマーを肩に担いだカルナに全力で平伏した。さすがにここで死にたくはない。シエラが近くにいたコスタを身代わりに差し出そうと小声で提案してくる。……こいつヤバイな。問答無用で弟売る気だぞ。てか、お前は貫通するから大丈夫だろう?

 それを聞いてみると、カルナの攻撃は無効を貫通してきそうで怖い、というなんとも言えない答えが返ってきた。ああ、間違いなく貫通してきそうだ。


 アンデッドなのにアンデッド特攻持ってそう……不死者なのに二つ名が『不死殺し』みたいな。下らないことを考えていると、カルナがスレッジハンマーを下ろした。どうやら許してくれるらしい。

 どうにか生き延びたな、とシエラに言ってみると、戦争映画顔負けの喘鳴と共に、これで今日もあの臭い飯が食えるぜ……と返してきた。さすがのコミュニケーション能力だ。ネタを振れば一瞬で返してくる。そのままの勢いで俺の肩を担ぎながら歩こうとして貫通し、地面に顔から倒れ込んでいた。


『で、結局質問の答えはどうなんだい?』


「あ、そうだ……質問なんだっけ?犬か猫?」


「肉か魚ですね……」


 謎の気迫に満ちたロードが俺に質問を繰り返す。な、なんなんだ……?さっきから質問ひとつに対する圧力が凄いぞ?全員が俺の回答を見守っている。


 肉か魚……?ぶっちゃけどっちもそんなに変わらないだろ?ともしもこの場所でいい放った場合、俺の体は彼らに細かく千切られて森と海に撒かれるだろう。地雷原にルンバを数百匹解き放つのと同じことだ。誰かしらの反感をかいかねない。


 とはいえ、本当にどうでもいい。料理すれば結局どっちも美味しいし、土地柄によって作られる料理も違うだろうし……だが、もしも二つから選ぶとするなら――


「魚だな」


『はっ』


「……これは後でお話が必要なようね」


「成る程……魚……魚料理……」


「レオニダス」


「なんだオルゲス」


「我は今思ったのだ。……獣肉も魚肉も口に入れば結局同じでは?と」


「むぅ……しかし、味や大きさという面に関しては両者に確かな差違がある。……だが、よく考えればどちらに軍配が上がろうと誰も気にせぬな」


 今気がつくなよ。その理論でいくと最終的に有機物全般が『肉』にカテゴライズされるから是非とも机上の空論であってほしい。メルトリアスとリエゾンは野菜の奥深さについて語らっているし、シエラとコスタに至ってはしけた顔をして俺を見つめている。


 ……お前ら二人とも肉派かよ……なんだよこの二択。俺が選択するんじゃなくてクイズ形式か?おい、カルナ。ハンマーのグリップを確認するな。


『まあ?どう考えても魚の方が健康にいい上美味しいからね。しょうがないね』


 健康にいいのは確かだが……美味しいって個人の主観じゃねえか。本来二人の間に入っていくはずのロードは虚空を見つめて指を折っている。一体何を数えているんだ?


 キレるカルナ、煽るメラルテンバル。真理に到達したオルゲスとレオニダスに、やっぱ肉だよねと二人で納得するシエラとコスタ。リエゾンとメルトリアスは謎に酒の席みたいな雰囲気を纏わせているし、ロードは相変わらずポンコツで可愛い。だが、このままだと俺は間違いなく左腕まで失うことになる。後ろへじりじりと後退りしつつ、両手を上げてカルナに命乞いをしようとした……その時だった。


 メラルテンバルが長い首を驚いたように持ち上げる。向いた方角は始まりの地がある南側だ。全員が動きを止めて南を凝視する。唯一リエゾンだけが遅れて動いていた。

 ロードが鋭くメラルテンバルに質問する。


「メラルテンバルさん……ですか?」


『ええ……とんでもないお客様ですよ。全員、武器を構えて。これは少し……いや、大分厄介だね』


 地面に預けていた盾を何とか片手で構えて南側を見つめる。その時には全員が各々の武器を構えており、ロードは俺の後ろに素早く隠れた。メラルテンバルが一歩前に出て優れた青い瞳で墓地の防壁を見つめる。


 それと同時に空から甲高い悲鳴のような物が聞こえた。思わず全員で空を見上げると、三匹で編隊飛行をしていた筈のワイバーン達が大慌てで空をばたつき、こちらに逃げようとしていた。


 逃げようとしていたが……その体に、地面から何か『青い』ものが触手のように伸びてその巨体を三匹纏めて捕まえ、空から引きずり下ろした。引っ張られたワイバーン達は絶望の声をあげながら防壁の向こう側に消えていき……そうしてその声は断末魔となった。


 あまりの出来事に全員が固まる。そんな俺たちを恐怖させるように墓地の南門がドゴン、と鈍い音を立てた。何度も音は連続し――ついに『青』は俺たちの前に姿を表した。


 青と黒のマーブル柄の体表、うねうねとうずく何十もの不揃いな触手を生やした巨大なスライムのような存在が、硬い門を打ち破って墓地に侵入してくる。大きさはメラルテンバルと殆ど同じ位……つまるところデカイ。そんなに巨大な刺激色のスライムはぐちょりぐちょり、と何かしらの音を立てた。

 それは咀嚼音か、警戒音か……もしくは墓地を見回した音なのかもしれない。


 随分と気持ちの悪い来訪者に、残った本能が鑑定を飛ばす。


『厭世の青 Lv0』

 状態異常に対する完全な耐性あり

 魔力反応あり

 闇属性と水属性の魔法に対する完全な耐性あり

 物理に対する高い耐性あり

 属性魔法に対する高い耐性あり

【漏れ出した混沌は濁流となって君を殺すだろう】


「仲良く団欒をしてたいんだがなぁ……」


 そうも、いかなくなった。突っ込みどころは多すぎる。普通の箇所を探す方が難しい。だが、そんなことを言っていたら全員があのワイバーンの霊たちの二の舞になるだろう。

 あの攻撃は果たして盾で受けきれるのだろうか?そんなことを考えながら、重心を深く落とした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る