第104話 星を食らう流星群

 デジタルなアラームの音で目が覚める。相変わらず眠いし体がダルい。やはり丸一日砂漠を行軍した疲れが数時間程度で取れるわけが無いのだ。加えて昨晩はうまく寝付けなかった……理由は察して欲しいところだ。

 遅めの夕飯を摂っていると、リビングから顔を出した母さんがジーっと俺の顔を凝視した後に「なるほどね」と一言呟いてリビングに引き返していった。


 何がなるほどね、なのかさっぱり分からないぞ……まさか顔色だけで色々察されたのか?……いやいや、流石にそれは無いと信じたい。知り合いと身内にエスパーが二人居ることになる上、母さんに恋愛事情なんて知れた暁には俺は部屋に閉じ籠って布団を被る。絶対母さんは含み笑いで赤飯ね、とか言ってくるに違いない。残念だがお相手はゲームの中なんだ……。


 ゲームの中の少女にそこはかとない想いを寄せているとか、端から見れば眉をひそめられてもしょうがないだろう。多分俺も当事者じゃなかったらそうする。


「……でも、可愛いんだよなぁ……」


 はぁ、と小さくため息を吐いてぬくぬくとした布団から抜け出した。



 ―――――――――



 教室に着いて中を見回してみると、中々に人が少ない。少しだけ早く学校に着いたようだ。かといって晴人を除けばあまり俺の交友関係は広くない。寂しいとかそういった類いの感情が本当に無いので、ひとりで本を読んでいても心は傷つかないのだ。


 それを母さんに言ってみると、父さんに似たのね、としんみり頷かれた。ちなみに晴人に言ったら、勿体ねえなぁ、と自分を棚に上げた事を言われた。いや、勿体無さで言えばお前も中々だぞ?

 顔良し性格良し、運動神経も体格も良い。唯一女運に恵まれない悲しい男だが、本気になれば相手を見つけることなど容易いことだ。

 基準のベクトルが一般とずれているのが致命的過ぎるがな。


 そんなこんなでいつも通り席に着いて、晴人召喚の儀式を行うために本を開こうとしたが……その前に教室の後ろから気になる単語が聞こえた。


「昨日の夜VRやってたか?」


「ん?俺は8時位に落ちたな」


「残念だったなぁ、それじゃあ『青い流星群』見てなかっただろ?」


「なんだそれ」


 なんだそれ。心の中の言葉が誰かの声と一致した。全くその通りだ。聞いたこともなければ見たこともない。俺は9時くらいにログアウトしたが、その後に『青い流星群』が来ていたのか。

 気になる情報に無意識で背筋が伸びた。


「なんかゲリラあったのか?あの月のヤツみたいに」


「そんな感じだ。でも、逆に居なくてよかったかもな。始まりの町とか里とか王都含めて大変な騒ぎだったんだぜ?」


「流星群にぶっ壊されたとか?」


「そう思うだろ?……違うんだ。空から降ってきたのは流星群じゃなかった。それっぽかったし、ゲリラクエストの名前が『貴き星の迎合』だったから流星群って呼んでるだけだ」


「それじゃあ何が降ってきたんだ?」


「それはな――俺にも分からん」


 おい。そこは理解しとけよ。聞いていた方の生徒が物理的制裁に出たのか、野太い悲鳴が聞こえる。よしよし、良いぞ。取り敢えずスマホで掲示板を……お、ゲリラクエストのスレが立ってるな。見てみよう。


『ゲリラクエスト【貴き星の迎合】スレ その1』


 1名前:プレドール

 取り敢えずスレ立てみた。他のスレを汚染する訳にもいかないし。


 2名前:T'minor

 スレ立て乙。なんかホントに急に始まったな


 3名前:名前

 運営がなんか言ってたりしない?イベント的な


 4名前:FA

 いや、それは無いと思うな。あったら確実にアナウンスするでしょ?ホントにゲリラのイベントなんだと思う


 5名前:謝罪マン

 何が起きるかわからん


 6名前:おっ

 前回と違うのは


 7名前:おっ

 すんまそん。途中送信しちゃった。前回と違うのは町の住民が無反応ってとこか?


 8名前::-<

 こっち王都ー、同じく反応なし


 9名前:ソラーレ

 同じく里も反応無いよ~


 10名前:アーサー早起き

 えーっと、本当に何が起きるんだろう?今のところ特に


 11名前:775

 え


 12名前:プラ無

 は?


 13名前:あっぱーらちゃ

 流星群だ


 14名前:グロリア

 ファッ!?


 15名前:pick0403

 綺麗ですね。これがイベントなんでしょうか?


 16名前:プレドール

 そういうことかな?


 17名前:ソラーレ

 癒されますね~


 18名前:プラス

 ん?


 19名前:クラウン

 あれ、これは落ちるんじゃない?


 20名前:プラ無

 え?嘘でしょ?


 21名前:アーサー早起き

 あ、これヤバイやつだ


 22名前:グロリア

 幻想的な光景に見惚れてたら死ぬぞこれ!


 23名前:フリークス

 洒落にならないぞこれ!絶対に地形どころか地図が変わる!


 24名前:プラス

 駄目だこれ落ちる


 25名前:775

 取り敢えず魔法で撃ち落とさないとマジでやばいって!


 26名前:ソラーレ

 精霊魔法で里はなんとか守ります!皆さんはそれぞれ町を守ってください!


 27名前:FA

 ヤバいヤバいヤバいとりあえずたてかまえるけどしぬとおもう


 28名前:フリークス

 無理ゲー過ぎるだろ!!


 29名前:クラウン

 ん?


 30名前:プラス

 あれ?


 31名前:おっ

 何が起きた?


 32名前:ソラーレ

 隕石が着地した!?


 33名前:プレドール

 まてまてまて!こいつら生きてるぞ!立ち上がってる!


 34名前:pick0403

 鑑定したら『郷愁の衛星』って出ました!レベルは空白です!


 35名前:グロリア

 キィエエエエ!?喋るぞ!?!?


 36名前:名前

 何言ってるかさっぱり分からない……



「えぇ……?」


 スレを見た限り空から急に流星群が降ってきて着地し、立ち上がって喋ったということしか分からない。スレは完全に阿鼻叫喚の図と化しており、謎の生命体と交信を試みるプレイヤーや、魔法を撃ち込んで止めようとしていたプレイヤーが土下座で謝ったら見逃してくれたと呟いている。


 昨日ゲームから落ちただけで急な展開になりすぎだろ。なんで宇宙人とかち合ってるんだ。そのまま話を追っていくと、始まりの町は星たちの要望で星がそこら中を歩き回って何かを探しているらしい。王都は徹底的に星たちを拒み、町を囲む壁で戦争が起きているらしい。

 なんとか防衛しているが、殆ど相手に傷を負わせることができず、門を破られるかもしれないとのことだ。


 エルフの里は始まりの町と同じく星たちの要望を汲んで、里を自由に捜索させているらしい。相変わらず星たちの言葉は聞き取れないようだ。何やら全く聞き覚えの無い呻き声のようなものを発しながらジェスチャーで星たちはこちらと意志疎通を取ろうとしているらしい。


 本当にたった一日で色々起きすぎだ。もしかしたら墓地も……この星たちは一応戦うつもりはなさそうだし、意志疎通を試みる知識はあるようだ。その目的が何なのかは分からないが、恐らくロードを含めた墓地の面子ならなんとか意志疎通をしているはず……。

 間違っても戦闘など起きてしまった暁には、ロードを含めた俺たちの身体に危険が及ぶことになる。


 騎士団が居るはずの王都を陥落させようとしていることから鑑みて、星たちの戦闘能力はかなり高いようだ。下手をしたら一匹一匹がエリアボスクラスかもしれない。

 そう思うと居ても立ってもいられないが、星たちは血を流す事を望まないようで、王都での戦死者は0人だそうだ。


 積極的に戦うわけではなく、あくまで捜索が目的らしい。攻撃もカウンターが主体で、大きな体で相手を押し返したりする程度しかしないようだ。

 それを聞いて胸を撫で下ろすが、やはり不安は拭えない。ロードはきちんと無事だろうか。心臓が空っぽになったような心配に埋もれていると、うるさい駆け足が教室の外から聞こえてきた。


「シンジィ!」


「おはよう」


 他の迷惑にならないように静かに扉を開けた晴人は、満面の笑みで俺の名前を呼んだ。取り敢えず挨拶を返しておく。晴人は自席にカバンを置くと、一直線に俺の元に駆け寄ってきた。


「シンジ、昨日の夜はヤバかったな!北は無事だったか?」


「知らない。俺は星が落ちる前に落ちたからな」


 俺の言葉に晴人はありゃりゃ、と呟いた。取り敢えず晴人から星の情報を得るとしよう。何しろ俺は星の見た目すら分からないからな。人間のような二足歩行なのか、もしくはエイリアンっぽいタコ型なのか。


「星の見た目ってどんな感じだった?」


「んーとな……でかくて黒くて青くてうねうねしてて光ってたな。あと星形だった」


 ……こいつの語彙力に頼ったのが間違いだった。星形のうねうねしてる青黒い発光体って完全に別次元の生物じゃねえか。いや、そうなんだろうけれども……もうちょっとイメージしやすくてもいいだろう?

 星型のスライムって感じでいいのか?容姿を想像する俺を置いて、晴人は楽しそうな笑顔を浮かべながら言った。


「いやぁ、あいつらめっちゃ強かった。俺とRTAさんでも歯が立たないわ。技量とかじゃなくて地力が違いすぎんだわ」


「殴っても殴ってもダメージが入んないのか」


「そそ。元々俺はそんなに火力出る方じゃないけど、全力の突きが弾かれたのは笑っちまった」


「そのあとはどうなったんだ?反撃とか」


「いや、ちょっと退いててくれよーって感じで腕で押し退けられただけだったな。悔しいわー」


 ……本当に星が友好的というか、平和的でよかった。下手をすれば町と里、王都が纏めて地図から消えてしまう所だった。晴人とRTAで歯が立たないとなると……間違いなく俺一人では話にならないな。場合によって状態異常が通るなら分からなくもないが、流石にそんなに甘い敵ではないだろう。


 晴人の話によると、王都にいるプレイヤー全員で撃退を試みたが話にならなかったとのことだ。敵の数は三十体程で、それほど数が多いわけではないらしいが、逆にそれが強さを引き立たせている。王都にプレイヤーが何万人居ると思っているんだ。

 夜遅くだとはいえ、確実に一万人は居ただろう。それが二十体程度と相手をして殆ど損害らしい損害がない……人間プレイヤーが育っていないというのもあるだろうが、間違いなく規格外の強さだ。


「何かを探しに来ただけって話らしいから、放っておいてもよさそうだけどな」


「そうじゃなかったら全力で相手になるわ……勝てるかどうかさっぱりだけど」


「……アイツら何探してるんだろうな?」


「さあ?わざわざ空の上から降りてきてまで探すものって何だろうな。何かを落っことしたとか?」


 話を聞く限り本当に放置で良さそうだが、ここまで強大な存在がわざわざ町中を探す理由がさっぱりわからない。嫌なものでないと良いのだが……わざわざ変なものを呼び覚ましたりとか。

 怖いなぁ、と晴人と二人で呟くと同時に予鈴が鳴った。


「お……じゃ、ここら辺で」


「おう」


 さてさて、また一週間……学業に励みますかね。俺の席から離れていく晴人が、小さく何かを呟いた。が、何を言ったのか聞き取れない。いまさら聞きに行く訳にもいかず、首をかしげるに留まった。



「なーんかアイツら、シンジのキャラの中身に似てたんだよなぁ……気のせいか?」


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