第80話 点と線と破片と心

 目の前でリエゾンが腰を地面に下ろした。片方しかない獣耳は垂れ下がり、顔もそれに合わせて苦々しい。無抵抗と降参を表すように両手を上げ、彼は大きくため息をついた。


「……説得がまかり通ったわね」


「まあ、ロードだからな」


「何よ、その謎の信頼……まあ、私もどうにかなるとは思っていたけれど」


 一瞬失敗がよぎったが、無事にロードの説得は成功した。嬉しさでロードがぴょんぴょんと跳び跳ねている。それを深いため息とともに見つめるリエゾンは、どこか懐かしそうな顔をしていた。

 俺の近くで俺と同じく臨戦態勢に移行していたメラルテンバル達が武器を下ろして、彼に距離を詰める。

 リエゾンは近づく俺たちを無抵抗で見上げていた。本当に警戒は必要なさそうだな。ロードが真剣な表情を取り戻して彼に質問をした。


「リエゾンさん……貴方はどうして北の砂漠に居たんですか?」


「どこからオレの名前を……チッ、まあいい」


 リエゾンは忌々しげに舌打ちをした。質問には答えてくれる様だが、態度を改める気は全く無いようだ。現にロード以外……特に俺に対しては相変わらず敵意剥き出しの目を向けていた。

 めんどくさそうに頭を掻いて、リエゾンは表情を曇らせる。目を細め、唇を噛みしめ、そして漸く彼は口を開いた。


「……それは……探し物があったからだ」


「探し物……?」


 俺も意外な理由に声を出しそうになったが、確実に睨まれて機嫌を悪くされるだろうから黙っておこう。俺以外の面子も驚いた表情をしている。ロードの小さな呟きに、リエゾンは空を仰いでため息を吐いた。赤い瞳が、揺れている。

 瞳の先は、空じゃなくてもっと遠いところを見ているのでは、と俺は思った。暫く空を見つめたリエゾンは、視線を戻すことなく言った。


「……『北の不滅』……お前らが知ってるかどうか分からないが、俺はそれを見つけようとしてんだ」


「『北の不滅』……?お伽噺の花ですよね?」


 き、北の不滅?北に居るという破滅に逆らうような……花か。全く想像が付かない。そもそも北の砂漠に花が在るかどうか以前に、それを発見できる人間なんて居ないだろう。完全に眉唾の話だな。見たら死ぬ系の怪談並みに創作の中での話に違いない。そんな仮想の花の為に命を賭けるだけの価値があるというのか?

 ロードの言葉にリエゾンは露骨に機嫌を悪くし、大きく舌打ちをした。……しまったな、本気でそれを探している相手の前で『お伽噺の』というセリフは禁句だ。


「……テメエらがどう考えて、何を言おうとオレは『北の不滅』を見つける。あるだとか、ないだとかなんて関係ねえんだよ」


「す、すみません……」


 一気にリエゾンの口が悪くなった。ロードが申し訳なさそうに謝罪をすると、フン、と顔を背けた。メラルテンバルのストレスゲージが溜まっているのが、大きな瞳を介して分かる。

 彼はあれだけ死にかけるような目に遭っても、それを諦めるつもりは無いようだ。きっと俺たちが止めようと、本当に彼は砂漠に行くだろう。何度同じ目にあっても、砂漠に赴くのだろう。リエゾンの深紅の瞳の奥には、見るものを圧倒する決意が燃えていた。


「理由は、教えて貰えますか?」 


「……教える義理はねえだろ」


「確かに、そうですね……」


 いくら会話が成立しようと、俺たちは所詮他人。更に言えばさっきまで敵対していたのだ。そんな相手に自分の行動理由まで丁寧に説明する必要は無いだろう。リエゾンに理由を語るつもりは一切無いらしく、固く唇を閉じている。


 さて、こいつについて纏めると……魔物で人狼、北の不滅を探して白い砂漠を探索している。理由は不明って所か。とりあえずリエゾンを助ける、というのが俺達の目標な以上白い砂漠に行く手段が無いと話にならないだろう。リエゾンは自嘲気味に鼻を鳴らした。


「無理だって思うだろ?ふざけてるって……頭がおかしいって思うだろ?……ハッ、それでも良いんだよオレは。誰の手を借りなくても、誰もがオレを笑っていても、オレは諦められねえんだ」


「そんなこと、思ってませんよ」


「口ではなんとでも言えるだろ……さて、このくらいでいいか?オレは北に行く。止めんなよ」


「……」


 リエゾンは落としていた腰を上げた。ふらり、とその体が一瞬揺れて、北に向けて進みだした。ロードは何も言わない。それどころかリエゾンに背を向けて、こちらに振り返ってしまった。止めないのか、と焦って口に出そうとして――止めた。ロードの瞳は諦めていない。それどころか金色の瞳は硬い意志を乱反射して、宝石のように輝いていた。

 ロードがメラルテンバルを見つめて口を開く。


「まず、白い砂漠で動くには何が必要か、ですよね」


 雑草を踏みしめていたリエゾンの足が止まった。メラルテンバルがロードの思惑を察知して声を発する。


『まず、あの砂をどうにかしないといけないでしょう。砂漠で北の不滅を探すのならば、間違いなく長時間の行動が出来なくてはいけません』


「聞いたところ、砂の切れ味が問題みたいだから鎧を着てみたりしたらどうかと思う。まあ、砂の切れ味が分かんないからどうとも言えないが、暫くは動けるんじゃないか?」


「回復魔法での無理矢理な進行は……無理そうだな。流石にそこまであそこは甘くないから、砂にまみれて消えるのがオチだ」


「急いで走って急いで帰るのはどうだ!」


「うーむ、一回一回回復が必要になる上、探せる範囲も狭い。現実的ではないだろう」


 リエゾンが振り返った。その顔は驚きに彩られており、手足は固まっている。驚愕をありありと示すリエゾンの顔に、同じくこの状況を察したカルナが口を開いた。


「普通の砂漠では砂対策に布を巻くけれど……そうね、体にスチールウールでも巻いてみるかしら?」


「砂漠での被害を減らすために、最小限のメンバーで行った方が良さそうですね……」


『そもそも、一回の捜索で見つかるとも思えないですし、二つに班を分けて交代交代で探索するのがベストでしょう』


「砂漠の地図が欲しいところであるな。広さや規模が分かれば捜索範囲も絞れるであろう」


「いっそ、中にテントでも立てて一夜限りの夜営でもしてみたらどうだ!……途中で壊れたら間違いなく死ぬがな!」


「北の不滅についての文献を漁れば、植生について何か分かるかもしれない……植物図鑑を覗いてみるか」


「メラルテンバルよ、空からの捜索はどうだ!流石に死の砂漠と言えど空までは届くまい!」


『残念だけど空まで砂が舞っているんだ。上空の強い風の影響で、下手をすれば地上より酷いよ』


「探す場所は南の端から北に向かってって感じか?だとしたらまず最南端を東から西に進んで捜索すれば、端は安全に探索できそうだな……代わりに中央部の難易度が高すぎるが」


「お前ら……正気か?」


 リエゾンが遠くでぼつりと言葉を紡いだ。その声は震えており、あり得ないとばかりに首を横に振っている。


「言っとくが、オレはお遊びで砂漠に行ってるんじゃない。本気で在るかどうか分からない花のために死ににいってるんだ。……それなのにお前らは、オレが北の不滅を探す理由も分からないのに……それでも探すのか?」


「はい、そうですよ」


 振り返ったロードは、誰もが見惚れるような美しい笑みを浮かべている筈だ。それを見たリエゾンが呼吸を止め、それでも止まらない困惑に口を開いた。


「どうして……」


「……貴方を助けたいからですよ」


「……」


 リエゾンは無言で目を鋭くした。けれども声を荒らげる事はなく、唇を強く噛みながらロードと俺達を見つめていた。疑心暗鬼に陥るリエゾンに、ロードはくすりと笑って言った。最初の言葉を返すように、いたずらっぽく。


「『……貴方がどう考えて、何を言おうと僕は貴方を助ける。貴方が信じられないとか、貴方の行動理由が何なのかだとかなんて関係ない』んですよ」


「…………お前ら、頭がおかしいぜ」


 えへへ、とロードが恥ずかしそうに頬を掻いた。対するリエゾンはその場で大きくため息を吐き、視線を左右に振って逡巡しつつも、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。隣のカルナが信じられないものを見るような目をしていたので、ふふん、と鼻を鳴らしてみると、あんたが何かした訳じゃないでしょう、と呆れられた。


「ここにいる皆は、貴方を助けようと命を賭けてくれる人達なんですよ」


 柔らかにロードがそう説明すると、それぞれが自己紹介のつもりで言葉を発した。


「オルゲスだ。拳闘士の二つ名において、リエゾン殿を手助けしよう!」


『僕は白竜メラルテンバル。まあ、その……よろしく』


「覇槍のレオニダスだ。貴殿の道を切り開くことを約束しよう」


「……俺にはそれらしい二つ名なんて無いが、砂漠については誰よりも知ってるつもりだ。力になるよ」


「私はカルナ。……メルトリアスと同じで特に何も無いけれど、貴方を助けるわ」


「俺の名前はライチだ。えーと……盾が必要になったら言ってくれ」  


 俺達の自己紹介を受け取ったリエゾンは困惑というか、人見知りするような様子をみせた。やはり意外に人間味がある。普通に接していたら魔物なんて考えが出ないほど人間臭いな。暫くもごもごと口を動かしていたリエゾンは、恥ずかしさを振り切って一言だけ言った。


「……イカれた面子だな」


「褒め言葉と受け取っておきますね」


 照れた様子を見せるリエゾンに、カルナが何やら頷いて俺に耳打ちした。


「話に聞いていたよりも人間っぽいわね。もっと獣の部分が多いのかと思っていたわ」  


「普通はそうだろうが……多分何か理由が有るんだろうな。魔物を人間にしちまうような出来事と理由が」


「……あの様子を見る限り、自然現象では無さそうね」


 そうだな、間違いなく誰かの介入が有ったと見ていいだろう。つまり、北の不滅を探す理由はその誰かに渡すため……?命を賭けるほど大切な誰かに花を渡すって、ますます人間っぽいぞ。

 視線の先のリエゾンは、オルゲスから筋肉を褒められてたじたじになっている。素晴らしいな、だとか、これは自然についたやつだ、という会話が聞こえてくるな。

 オルゲスのコミュニケーション能力はDPSに直結しているに違いない。


 散々ツッコミを入れさせられたリエゾンは、ロードに諭されて俺達に向き直り、それでもやはり視線を逸らしながら言った。


「……よろしく……な」


 その言葉に大きく頷いて、リエゾンを見つめる。俺を人間か何かだと思っているのか、相変わらず俺だけに対して視線がキツいが……まあ、仲良く出来ると信じたい。視線の先で照れるリエゾンを見て、そう思った。

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