第81話 嗚呼、不滅よ。

「さて、皆で協力して北の不滅を探すのはわかったけれど、肝心の手段はどうするのかしら?」


「そうですね……」


 リエゾンを含めた面子で北の不滅を見つけることは決まった。だが、それに対しての作戦や手段は全くもって無だ。何処を探すか、どうやって探すか……そもそも北の不滅がどんな花なのかすら分からない。ないないづくしだな。

 カルナの言葉に一同は深く考え込んだ。やっぱり、分厚い鎧を着て宇宙探索みたいな感じで捜索した方が良いのではないか?だがそもそも、俺は北の砂漠がどんな有り様なのかを知らない。知っているのは砂漠に入ったリエゾンの姿だけだ。


 少しでも情報は多い方が良いだろうと思ってリエゾンに向けて質問をする。


「悪いことを思い出させるようで悪いが、北の砂漠って実際どんな感じなんだ?ロードは勿論、メラルテンバルですら知らないんだから、実際に入った……君の意見はかなり貴重だと思うんだが」


 危ない……リエゾンの名前を呼ぼうとした瞬間、彼の目が不機嫌そうにつり上がった。どんだけ俺のこと嫌いなんだよ……名前を呼んでたら『気安くオレの名前を呼ぶな』とか言われそう。彼が名前を大事にしていることは分かるが、一応こっちも彼を助けようと歩み寄っているのだから、会話くらいは普通にさせてほしい所である。

 リエゾンは暫く砂漠を思い出すように視線を揺らし、記憶を手繰りながら言葉を紡いでいく。


「あそこは……オレでも十分と持たなかった。この世界で間違いなく一番危険な場所だ。そもそも、生き物が居れる環境じゃねえ。そこの……ライチとかいうやつでも二十分持つかどうかって所か。しかも、往復だから探索できる時間はその半分。毎度毎度鎧を壊すことになるな」


「それだけは本当に困るぞ」


「……相当ね。あれだけ硬いライチの鎧で二十分なのだから、素肌で行ったとしても直ぐに倒れるでしょう。環境ダメージによっては私の『不滅の化身』で無理矢理進むって作戦は無理そうね」


「あのめっちゃ燃えるやつか……確かに、ダメージによっては無限に活動できるな」


 カルナ曰く『不滅の化身』という名の固有スキルは、死に至るダメージを受けても五秒耐久出来れば復活できる。砂漠の環境ダメージが軽ければカルナ一人で砂漠を闊歩出来るが……流石にそうはいかないだろう。下手をすれば復活した瞬間にダウン、復活した瞬間にダウンの繰り返しで無限に死に続ける事になる。

 俺も等価交換とかシールドバトラーとか使って必死に耐久すれば……いや、無理だろうな。


 仮にもそこは『破滅』が住む場所。世界で最も恐れられ、同時に最も危険な場所。墓場であり地獄、或いは文字通り破滅的な『無』がそこにはある。そう易々と進ませてはくれないだろう。

 考え込む俺を置いて、メルトリアスがぼそりと呟いた。


「そういえば……最近は砂漠の拡大が顕著だ」


『破滅が軛から解き放たれようとしているのかもしれないね……王都からも若干嫌な気配を感じるよ』


「いや、ちょっと待て……あの砂漠って拡大してるのか?」


「仮想世界の中でも砂漠化に悩まされるなんて冗談じゃないわよ……」


 全くだ。ただでさえそこに在るだけで全てを消し去る白い砂漠が……拡大している?最悪だろ。砂漠から一番近いのはこの墓地だ。つまり、一番最初に砂漠の影響を受ける羽目になるのはこの墓地……。下手をすれば世界が白に染め上げられるシナリオすらあるんじゃないか?


「ライチ殿、カルナ殿……残念ながら言葉通り砂漠は拡大している。我々にはそれに対抗する手段も何もない」


「砂に触れようものならこの霊体が消し飛ぶからな」


「……この墓地を囲む高い防壁は魔物の侵入を防ぐだけじゃなく、北から風にのって飛んでくる白い砂を防ぐためにも存在するんです」


 マジかよ……確かに、この墓地を守る為とはいえ、ここを囲む防壁はそこそこ高かった。最初の頃は何かを閉じ込めているようではないか、と邪推していたが……防砂の為とは誰が思うだろうか。

 ここに来て初めて知った事実に驚愕していると、リエゾンがぼそりと呟いた。


「……それこそ、砂漠を渡れる船でも有れば……いや、あっても直ぐに擦りきれて消えるか」


「砂の対策があんまりにも難しいなぁ……まあそれがメインギミックだから当たり前だろうけど……」


「探索途中で北の不滅じゃなくて『破滅』とばったり出会ってしまったりしないのかしら?」


「……怖いこと言うなよカルナ」


「そ、そうですよ」


『想像したくもないね……確実に破滅が待っているよ。久々の生者に興奮した『破滅』に嬉々としてオモチャにされた挙げ句ボロクズのように砂漠に捨てられて消えるのがオチだね』


 カルナがぼそりと呟いた言葉に俺を含めた全員……リエゾンですら震えている。俺は先代墓守メルエスを見ているから、その全盛期とオルゲス含めた墓地の全員で配下にすら歯が立たなかった『堕落』と同等だろうと見ている。間違いなく倒せないタイプの敵だ。遭遇した瞬間にその名前の意味を知る事になるだろう。


 全員に青い顔を向けられたカルナが焦りながら謝る。カルナは月紅の時の破滅的な状況を生み出せる存在である破滅が想像できないのだろう。だが間違いなくプレイヤーに勝てない存在だということは分かる。せめて後二回は進化させて貰わないと話にならないだろうな。……エンドコンテンツかよ。


 カルナの言葉を最後にして、全員の意見が止まった。何も思い付かない。思い付いても砂漠に飲まれて消えるのが想像に容易い。しかも、どの計画にも『破滅』が出向いてくれば最悪の結果を迎える。……予想以上に難しいぞ、これ。

 暫く腕を組んで考え込んでいると、メラルテンバルがぐっと首を持ち上げた。この仕草は誰かが近づいてきた時にやるやつだな。組んでいた腕を解いて振り返ると、こちらに手を振る夜の亡霊と申し訳なさそうに縮こまって歩く黒い大鎧が居た。シエラとコスタだ。


「おはようー!どうしたの?皆で集まってー」


「シエラ……顔で察しておかないと駄目だよ。……すみません、多分重要な話し合いですよね」


 新たに現れた二人のプレイヤーに、リエゾンは警戒感マックスの目で二人を睨んでいたが、俺達の一味であると知るや否や、なんだまだ増えるのか、と呆れたように言った。

 ……いやいや、なんか俺に比べて警戒解くタイミング早すぎだろ。若干シエラ達の方が第一印象が良いのに悲しくなった。シエラ達もリエゾンに気がついたらしく、シエラは分かりやすく口に手を当てた。やってしまった、といった感じだ。


 俺が紹介すると確実にリエゾンが不機嫌になるだろうから、紹介はメラルテンバルとロードに任せよう。にしても、本当にどうして嫌われたのだろうか?まあ思い当たる節といえば睡眠を掛けた程度なんだが……。

 視線の先で説明を最後まで受けた二人が成る程、と声を揃えて言った。普段は全く似ていない二人だが、端々では血の繋がっている面を見せる。声もない連携は言うまでもないが、汗を拭うタイミングや欠伸の仕草が同じだったり……それを見るたびに成る程、とこちらが思わされる。


 ふわふわー、と宙を進んだシエラが握手する為に手を出す。


「私はシエラ。よろしくね!」


「……ふん。……よろしく」


 最初こそ突き出された手を鼻で笑ったリエゾンだが、何かを思い出して顔を強張らせ、渋々といった表情で挨拶をした。同じくコスタが挨拶をするが、俺と同じで相手にすらされない。表情も苛立ちが混じっていて舌打ちでもしそうなものだ。

 困った表情のコスタが自己紹介を終えて俺に近寄る。


「なんか俺、失礼なことしちゃいましたか?……あの人を怒らせちゃったような気がするんですが」


「気にするな。俺も同じく嫌われてるっぽいからな。……後で聞けることなら理由を聞いてみたいが、まず話してくれるかどうか……」


 リエゾンは鎧を着込んだ人間を敵視している。オルゲスやレオニダスは霊体だから人外だとして俺たちも一応魔物なのだが、それが関係なくなる位に鎧が嫌いなのだろう。何か過去に凄まじいことをされたとか、色々あるのだろうか。別に俺やコスタに対する態度を責めるつもりは無い。過去はどうにも出来ないからな。ただ、今この瞬間位は過去ではなく『今』を見つめていて欲しいな、と思うだけである。


 ずっと……長い間、彼は過去に囚われ続けている。『今』や『未来』を見つめる余裕など微塵もない。いつか彼が過去に見切りをつけ、自分の足で未来に進める時は来るのだろうか?

 いや、こんなのは余計な心配だな。忘れておこう……決めるのは、彼だ。


 視線の先でシエラとコスタを入れて議論が再開していたが、相変わらず案が出ない。かく言う俺も全く案が出ないのだから、恥ずかしい限りだ。全員黙って考え込んでいると、シエラが、ねー、と声をかけてきた。


「えーっと、私、馬鹿だから砂漠とか破滅とかよく分からないんだけどね……だから分かることがひとつあるの」


「分かること……?」


 自信満々というには程遠い。普段の威勢を殴り捨てたようなシエラが苦笑いで頬を掻きながら言った。


「それはね……分からないときは、分かる人に聞いた方がいいってことだよ。分からない人が集まって考えるより、分かる人に聞いて自分も分かる人になった方が早いと思うの」


「それは……確かに」


 盲点だった。そうだ、砂漠を知っているのが俺達だけだとどうして思い込んでいたんだ?情報源はリエゾンの一人、作戦も対策も思い付かない。そんな俺たちより砂漠に詳しい連中が居るかもしれない。当たり前で単純な話だが、俺と同様に他のメンバーも虚を突かれたような顔をしていた。


「メラルテンバルさん、砂漠に詳しい人って知っていますか?」


 ロードがメラルテンバルに聞く。言い方は悪いが、メラルテンバルが居れば多少の距離など無いに等しい。タクシー扱いは気が引けてしょうがないが、事態が事態だ。

 ロードの言葉を受けたメラルテンバルは考え込むように目を閉じて、暫く押し黙った。  


『…………一人だけ、居ます』


「本当ですか!?」


『ただ、はとても気分屋で忙しいので、まともに取り合ってくれるのかどうかわかりません』


「それでも、その人に賭けるしかありません。……その人は、何者なんですか?」


「…………」


 メラルテンバルは再び押し黙り、開いた青い瞳を揺らして迷うような動作をした。……メラルテンバルが迷うような仕草をするのは非常に珍しい。オルゲス関連でなければ初めて見る様子だ。 

 メラルテンバルは大きくため息を吐いて、ロードを真っ正面から見つめた。ゆっくりとその巨大な顎が揺れる。


『ロード様や、他の全員が聞いたことがある者です』


「なんだよ。勿体ぶらず言えよ、白竜」


『――――『不滅』』


 全員が、息を飲んだ。この場が水を打ったように静まり返る。唯一不滅について知らないシエラ達が困惑するように俺たちを見た。その様子をじっと観察したメラルテンバルは続ける。


『【極夜の司会者】、【終わらぬ夜の主催者】、【世界樹の主】……それが、『不滅』です』


「……破滅と対を成す者ですか……確かに、反対の破滅については何よりも詳しいですよね」


『彼女は、僕が霞むほどの年月を生きています。幾度も破滅と渡り合っています。……それこそ、世界が始まった時から。彼女は常に宴に明け暮れていますが、僕とロード様が会いたいと言えば……まあ、機嫌が良ければ会えるでしょう』


『堕落』、『破滅』と来て『不滅』か。豪華な面子過ぎるだろ……。破滅と世界の始まりから渡り合う不滅……文字通り不滅じゃないか。死の砂も白い砂漠も鼻で笑って歩いて行きそうだ。

 メラルテンバルは心配そうな顔をしながら言う。


『新しく変わった墓守の挨拶を……という形ならば、彼女も取り合ってくれるかと思います』


「…………分かりました。行きましょう」


『良いのですか?彼女はそれこそ、機嫌を損ねるようなことをすれば墓守や、それこそ死神でも躊躇なく摘まみ出しますよ?殺しはしないと思いますが……忘れられない体験になるでしょう』  


「それでも、行きます。リエゾンさんを助けたいんです」


「お前……」


 不滅がどんな相手かさっぱりだが、確実にまともな相手ではないだろう。下手をすれば一生物の傷が付けられる。それでも、ロードは進むと決めた。リエゾンがぼそりと声を漏らす。彼の顔は驚きに包まれ、全身が強ばっていた。

 ……彼は別として、騎士である俺にも見逃せやしない言葉が出てきたな。一歩前に進んで、俺は口を開く。


「安心しろよ、俺が居る限り……絶対にロードに傷は付けさせない」


『いくら君とて、相手が悪すぎるよ。彼女の機嫌を損ねれば……君は刎首は確定だね』


「……俺の首でどうにかなるなら安いだろ?」


「安くありません!」


 俺が一回リスポーンする程度で不滅の機嫌が直るのなら安いと思ったが、ロードが強くそれを否定してきた。全く予想していなかったロードからの叱責に、思わず体と思考が止まる。


「ライチさんの命は、そんなに軽く無いんです!もし、不滅がライチさんの命を奪うような事があれば……僕は、不滅が相手でも杖を構えますよ」


「ちょ、それは俺が死ぬ意味が無いだろ!?」


「それなら簡単に自分が死ぬ前提で話をしないでください!」


「それは……えーと……」


「諦めなさい、ライチ。流石に今回は貴方が悪いわ」


 場外から飛んできたカルナの言葉に諭され、俺はロードに謝罪を口にした。ロードは、そんなこともう言わないでくださいよ、と俺の目を見て言った。なんだかとても恥ずかしい。

 俺とロードとのやり取りにコスタは背中を向け、シエラは目をキラキラさせている。メラルテンバルが俺に向けてじとっとした目を向けながら話を戻す。


『えーと……不滅が住む世界樹までの道のりは知っているよ。オルゲス、メルトリアス、レオニダスは墓地の守りを任せて、残りは僕の背中に乗ってくれ』


「……すまんな、なんか変な空気にして」


『……まあ、許すとするよ』 


 苦笑いでこちらに背中を向けるメラルテンバルに、俺も苦笑いを返した。……さて、『不滅』は一体どんな奴なんだ?

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