第79話 Tell me your

 眠りに落ちた男に向けて、忘れない内に鑑定を飛ばす。特に抵抗や無効化などは無く、鑑定が成功した。安堵と共にその内容を読んでみる。


ワーウルフ人狼 Lv20』

『リエゾン・フラグメント』《ネームドモンスター》《特異個体ユニーク

 状態異常に対する小さな耐性あり

 魔法に対する小さな耐性あり

 物理攻撃に対する大きな耐性あり

 魔力反応無し


「え……?え?ちょ、マジかよ」


『……その様子だと君も気が付いたんだね』


「……?何のお話ですか?」


 いやいや、待てよ。確かに大分野性味に溢れていたし、あの生命力は驚異的だったが……獣人ですらなく、魔物か。魔物なのにしっかりとした名前と自我を持っているネームドかつユニークの人狼……情報がでかすぎる。恐らく理性や言葉は先天的な物で、名前は後天的な物だろう。魔物の進化の仕様からして、ユニークは種族由来っぽいからな。……これで違かったら恥ずかしい。

 ユニークについては俺達魔物でも説明が殆ど無いからさっぱりわからない。


 とにかく、こいつは普通ではない。理性のある魔物で、何か目的があって死の砂漠に足を踏み入れ続けようとしている。かなり訳ありというか、複雑な過去があるようだ。先程も俺とロードに対してはメラルテンバルなどに比べて密度の高い敵意が向けられていた。……人間に怨みがあったとかだろうか?

 深い考察をしている俺の腰当てを、ロードがちょんちょんとつついた。


「ん?どうした、ロード」


「どうした、じゃありませんよ。メラルテンバルさんも、ライチさんも、自分たちだけ話を理解して他の人を置いていかないで下さい」


「す、すまん……」


「説明してくれますか?僕に、あの人の事を」


 ロードは視線を木陰の男に向けた。そうだな、一人で考えてもしょうがない。レオニダスやメルトリアスも興味深そうにこちらを見ている。オルゲスは特に何のリアクションもせず分かった風に頷いているな。

 それに向けて突っ込みたい欲を抑えて、全員に説明するために口を開こうとしたが、それより早くメラルテンバルが何かを感じ取ったらしく首を高く上げて周りを見渡した。


 俺も釣られて周りを見渡すと、俺の後ろから見知った大きな人影がこちらへ向かってきていた。ビックリするほど遅い小走り、両手に持った物騒な鈍器、紅蓮の炎を思わせる髪……カルナだ。


『説明すべき相手が一人増えたようだね』


「そうだな……」


「カルナさーん!」


 手を振るロードに、カルナも小さく手を振った。少しして、俺達の輪に加わったカルナは敏感に男に気が付き、警戒の色を瞳に宿した。


「あの男は誰かしら?見たところプレイヤーには見えないのだけれど。……雰囲気からして、私が居なかった間に何かあったようね。それについても纏めて説明をお願いするわ、ライチ」


 こくり、とカルナの注文に頷く。結構複雑な事態だからな、一旦ここら辺で整理するという意味合いで最初から説明しよう。


「そこの男の名前は、『リエゾン・フラグメント』。今朝、北の門に倒れているところを戦士の霊が見つけた。カルナ、ここから北に何があるか、覚えてるか?」


「……破滅が住む『白い砂漠』」


「そうだ。男はそこからやって来た。俺とロードが駆けつけた時、男……当人が居ないからリエゾンと呼ぶが、リエゾンは瀕死だった。全身傷まみれで、生きてるのが不思議なくらいだったよ」


 リエゾンの容態を思い出したのか、ロードが目を伏せる。ロードのその仕草に、どれだけ凄惨な状態だったのかを察したカルナは真剣な顔で頷いた。


「唯でさえ、あと数分も放っておいたら死ぬような容態なのに、リエゾンは無理やり立ち上がって砂漠を目指そうとしていたんだ。……途中で誰かの名前をうわ言で呟いてたから、何か大きな目的があるんだと思う」


「聞いた限りだと自殺にしか思えないのだけれど……」


『実際自殺だよ。本当に酷い状態だったんだ。僕とメルトリアスが駆けつけるのがもう少し遅かったら、浄化したときのダメージで死んでいただろうね』


 メルトリアスが軽く頷いた。あれ以上体が弱っていたら、メルトリアスの投薬で死なずとも、メラルテンバルの涙による浄化に耐えられずショック死していたかもしれない。砂が落ちても、リエゾンが死んでは元も子もないのだ。


「メラルテンバルとメルトリアスの治療が成功して、取り敢えず一命は取り止めたんだが……それから目を覚ましたリエゾンは、俺達に牙を向いてきてな」


「恩を仇で返しているわね……」


「時間がないこともあって、俺とメラルテンバルの治療が荒かったのもあるが……ロード様の呼び掛けも一切無視、挙げ句の果てに飛びかかる始末だ」


「それをレオニダスと俺で眠らせて、今に至る」


 俺の話を聞いたカルナは微妙な顔をしてリエゾンを見つめた。……言いたいことはわかる。助ける義理は更々無いから、今のうちに墓地の外に放り出した方が早いんじゃないか、と言いたいのだろう。これをどう説明したものか、と頭を掻いた俺に変わって、ロードが一歩前に出た。


「カルナさん。僕は、リエゾンさんを助けたいんです」


「……理由を聞いてもいいかしら?」


「困っているからです。一人で困って……困って、苦しんでいるからです。目を見れば分かります。……ずっと前の僕と、同じでしたから」


「……お人好しね。悪い意味じゃなくて、いい意味でよ?いいわ、納得しておいてあげる」


 カルナは柔らかくロードに向けて微笑んだ。どうやら納得してくれたようなので、状況を見て先程見た情報を開示する。


「それらがさっきまでの話だ。……これから話すのはロード達も知らない話だから、全員しっかりと聞いてくれ」


「分かったわ」


「はい」


 全員が聞く体勢を整えたのを確認して、ゆっくりと口を開いた。


「リエゾンのことを俺は最初、獣人だと思っていた。戦士達もそう思っていたし、事実メラルテンバル以外は多分同じことを考えているだろう」


「うむ?我も知っているぞ?」


「え?」


『……このタイミングで言う意味だよ……』


 どうやらオルゲスもリエゾンの正体を知っているらしい……確かに彼に触れたのはオルゲスだけだし、その時に何かを感じたのかもしれない。気を取り直して話し始める。


「リエゾンは人間でも、獣人でもない……魔物だ。名前を持ち、理性と自我を持った人狼なんだ」


「なんと……」


「魔物さんだったんですか……」


「しゃべる魔物ね……死の砂漠からやってきて、誰かの名前を言いながらもう一度砂漠に戻ろうとする魔物……完全に普通じゃないわ」


「うむ、匂いが人の者ではなかった。殺気も人間が出すものと全くことなっている。敢えて言うなら追い詰められた獣の殺気だ」


 オルゲスは匂いで察知したのか……勘が良すぎるだろ。それはさておき、リエゾンは魔物だ。人、獣の見境無く本能のままに殺戮と捕食を続ける種族……くくりで言うならば俺達も魔物なのだろうが、彼らは全くもって自我に欠ける。

 ひたすらに殺意に満たされており、会話など出来そうにもない。同族ですら会話が成立するかどうか怪しいものなのだ。全く違う種族では文字通り話にならないだろう。


 リエゾンが獣人ならば、一定の会話を経て一連の行為の理由を聞けたかもしれないが、彼は魔物だ。俺達と違って野生の本能が残っている。会話も成立するか分からない。一応何故か人の言葉を喋れる様だが、こちらの言葉には耳を貸してくれない。


「どこまで話が通じるかだよな……最悪目が覚めた後に第二ラウンドだぞ」


「いっそ拘束して会話したほうが早い気がするわね」


「それは……人道に反します」


『うーん……本当に扱いに困る子だよ。誰に教えて貰ったか分からない人語で、どこまで話せるか……』


「見たところ、会話に支障は無さそうだがな」


「こんなことなら自白剤の研究を進めておけば良かった……」


「メルトリアスさん!それはもっと人道に反します!相手が誰でも、ちゃんと目を見て話せば通じるはずです」


 ロードがメルトリアスに憤慨していた。確かに、話が通じないからといって薬を打ち込んで会話をするのは違うと思う。まず、相手と会話をしたいということをどうにか伝えなくてはならない。

 ロードの言葉を聞いたカルナが意地悪をするように聞いた。


「それでも相手に通じなかったら?」


「それでも、目を見て話します」


「……それでも、彼が取り合わなかったらどうするのかしら?」


「……それでも、僕は話します。何度でも、何度でも話します。話して伝わらなくても、話さないと伝わらないんです」


「どうしてそこまで……いえ、それはさっき言っていたわね」


 ロードはフードを脱いでカルナと目を合わせた。見上げる形となったロードの瞳の奥で、優しさと覚悟が螺旋を描いている。


「僕には、リエゾンさんが泣いているように見えるんです。どうしようもなくて、それでもどうにかしたくて……やっぱりどうしようもなくて、一人で泣きながら叫んでいるみたいに見えるんです」


「……」


「だから、僕は――」


『全員、構えて!』


「奴が目覚めたぞ!」


 レオニダスとメラルテンバルが警戒を込めて声を発する。ハッとしてリエゾンのほうに視線を送ると、彼は頭を押さえながら立ち上がっていた。深紅の瞳は怒りに満ち溢れ、剥き出しの牙の隙間から荒い吐息が漏れだしていた。

 全員が警戒体勢を取り、俺はロードの前に控えたが、ロードの腕がやんわりと俺を退かした。……ロードのしたいことはわかる。俺はそれに異議があるわけではない。だから、彼女のやりたいようにさせよう。ほんの少し離れた程度なら、カバーで差し込める筈だ。


 ロードが一歩前に出て、リエゾンに語りかける。


「僕達は、貴方に危害を加えるつもりはありません」


「……」


 リエゾンは意外なことに声を荒らげることはなかった。殴られた痛みや状態異常を掛けた俺に対する怒りはあれど、治療してくれたことは素直に認識できているようだ。多少の睡眠で、思考力が戻っていると嬉しいものだ。

 リエゾンの様子に好感触を得たロードはもう一歩だけ前に出て、笑顔を浮かべながら言った。


「僕達は、貴方を助けたいんです。困っている貴方を見過ごせな――」 


「嘘だッ!人間はいつも同じ嘘を付く!オレはもう騙されないぞ……!もう、何も奪わせてたまるものか!」


 男は臨戦態勢になった。両手を構え、腰を深く落としている。助ける、という言葉が、彼にとって最も信じられない言葉のようだ。その一言だけでリエゾンは憤慨し、会話を放棄している。これは戦闘になるな、と盾を構えたが、ロードは構わず口を開いた。……まだ、諦めないつもりか。なら、俺はただ見守ろう。彼女の切り開く未来を。



 ―――――――――



 リエゾン・フラグメントは激怒していた。『助けたい』その言葉に、どれだけ自分が裏切られたか。そして、その言葉を信じてどれだけのものを失ったか。

 倒れた自分を治療してくれた事には感謝しているが、もう誰も信じないと心に決めている。目の前の女が何を言おうと、それは変わらなかった。


 リエゾンは小さく周りを見渡した。砂漠のある方角を見定めたのだ。


(オレは……立ち止まってなんていられないんだ)


 彼には果たさなければいけない悲願がある。そしてその悲願が叶えられるのは、あの砂漠の中だけだ。なら、この場に用はない。治してもらった事実と差し引いて、一戦交えることはやめよう、とリエゾンは決めた。狙うは隙をついた逃走。竜が厄介だが、砂漠まで走れば追いかけては来ないだろう。


(待っててくれ……リアン)


 彼は彼の中で最も大切な女性の名前を胸の奥で呼んだ。彼女こそが、彼のすべてだ。彼に言葉を教え、名を与え、笑うことを教えてくれた。だから、彼にとって彼女が最も大切な存在なのだ。

 それ以外の有象無象にとらわれている暇はない。

 彼がゆっくりと重心を後ろに傾けた時、目の前の女がこちらに向けて声を発した。


「僕は……貴方とお話がしたいです」


「……ッ!」


 所詮、言い訳か開き直りだろう。そんなことを考えていたリエゾンの体が、ロードの言葉に強張った。動けない。それどころか思考が止まった。


 ――ねえ、私……貴方とお話がしたいなっ!


 動けない。動けない。何故ならば、それは彼女の言葉だったからだ。殆ど一緒の言葉だったからだ。固まるリエゾンに、ロードが続けて言葉を紡ぐ。


「貴方の事を、もっと知りたいです」


 ――ねー、そろそろ貴方の事を教えてくれても良くない?


 なんなんだ、この女は。リエゾンは胸の奥で困惑をのせた言葉を吐いた。言う言葉言う言葉が、全て自分の胸の奥底の彼女を呼び覚ます。きっと偶然だ。何の意図もない言葉だ。目の前の女は彼女に全く似ていないし、言葉遣いだって真逆に近い。

 そうやって必死に逃避を続けても、リエゾンの奥底ではロードの言葉が反響し、全身を縫い止めていた。


 歯を食い縛って体を動かそうとするリエゾンに、ロードが近づいていく。自分の呼吸がひどく荒くなっているのを、リエゾンは感じた。

 ロードはゆっくりと足を進め、そしてリエゾンの目の前で立ち止まった。何も言うな。声を出すな。黙れ。胸の奥の懇願を立ち切るように、ロードが唇を震わせた。


「僕に……教えてくれませんか?」


 ――私に、教えてよ。


 あぁ……


「……クソ……好きにしろ。聞くなり何なりしろよ……」


 駄目だ。自分に目の前の女を傷つけることは出来ない。何もかも違うのに、どこか別の……もっと深い場所が似かよっている。はぁ、と深くため息を吐いて、リエゾンはその場に座り込んで両手を上げた。

 少し……ほんの少しだけ、回り道をすることになりそうだ。悪態混じりの舌打ちを受けても、目の前の女は嬉しそうに笑っている。そういうところを含めて……そっくりだ。


 溢れる思い出と目の前の笑顔に、リエゾンは大きくため息を吐いた。

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