第60話 答えはずっと前に見つけていたんだ

【一定時間が経過した為、現在生存している全ての魔物プレイヤーにイベント貢献ポイント:1000が贈られます】


【ポイントはイベント終了後にイベント通貨として利用可能です】


「取り敢えず一時間凌いだか……」


 四人を撃退した後の部屋で、一人で大きくため息を吐いた。乗りきったはいいが、まだイベントが三分の一だという事実がそれと同時にのし掛かってくる。幸いまだ誰も死んではいないし、コアにダメージもない。だが、これからもそうだとは限らない。

 小さなクランを背負う四人相手に大隊長総出でこの有り様だ。RTAや黒の剣士を有する『ポラリス』をはじめとして、ヤバそうなクランはいくらでもある。

 それに対してこちらは十四人で相手をしなくてはならないのだ。


 ……正直、かなり無理ゲーだ。今回ばかりはどうにもならないかもしれない。あと二時間を残して五階層まで開通というのは、それだけで五体投地で降参したくなる位の状況なのだ。流石に七万人全員を相手にするわけではないが、上澄みの三千人くらいは潰さないといけないだろう。


 本来なら、残り一時間とかでこんな状況に至るのだろうが、今回は相手方の損害がほぼゼロだ。一般人はニ階層で足踏みしているだろうし、中隊長たちや小隊長たちも必死に戦ってくれているはずだ。だが、どうしても相手が悪すぎる。

 例えるなら、ロード抜きでメルエスに挑むような物だ。圧倒的に必要とされるものが足りていない。そのくせ、大隊長五人の生存という面倒な条件まで揃っている。


「これは、戦う前から詰んでる感じあるな……」


 掲示板を覗いてみると、必死に情報交換する魔物たちの様子が見えた。どこそこに罠を置いたぞ、ヤバそうなやつが銅像の方に行った、レアエネミーが噴水近くに居るから集まれ、滝の場所の裏で集まろう、宝箱近くは背後を狙いやすい、等。目を瞑ればそれらの情景が思い浮かんでいく。

 汗をかきながら走り回るプレイヤー達に、間一髪で死を免れて草の影で深く息をするプレイヤー。彼らはどうあろうとも、必死に人間に食らいついている。


 そんな彼らの中には、こちらを案ずるようなコメントも残されていた。それらに無事の旨を伝えて、考え込む。


 こちらと相手では、十倍近い戦力の差がある。それでもプレイヤーは諦めるつもりなど更々無しに、策を練って、力を合わせて人間に牙を剥いている。己の存在意義を、このゲームをプレイした意味を、漸く見つけようとしている。

 それでも、だ。どれだけ立ち向かおうと、どれだけ歯向かおうと、そこにはきちんとした現実がある。


 あと一時間もしないうちに野良の魔物やレアエネミーは狩り尽くされ、魔物プレイヤーも疲労でうまく動けず、その数を大きく減らしているだろう。その頃に人間が受けているダメージというのは、確かに目に見えるほどだろうが、こちらとは比べ物にならないだろう。


 どうやったら、人間に勝てるか。どうやったら、魔物プレイヤーの期待に応えられるのか。今更ながら、俺がどう動いたら良いのかがさっぱりわからなくなってしまった。負けるであろう戦いの中で、自分の立ち位置も何もわからなくなってしまった。まるで月紅の初めのように、荒れゆく戦場のど真ん中で、迷子の子供の如く道を見失って途方にくれていた。


 今回は誰も俺に答えを教えてくれない。お手本を見せてなどくれない。答えは……自分で見つけなければならないのだ。


 向かう先は何処だ。

 目標は何だ。

 最適な手段は。


 一つ一つ確認して、一つ一つ脳に染み込ませていく。向かう先は勝利だ。目標も勝利だ。最適な手段は……分からない。いっそのこと外に飛び出して暴れてみるか? いや、ここで大隊長たちと水際で敵を食い止める方がマシか?


 考えても、考えても……そう都合のよい答えなど出ない。理論的な回答には期待できない。

 なら、むちゃくちゃでもいい。荒唐無稽で、狂っていて、呆れるような答えを何か――


「……」


 自分の頭の中に一瞬浮かんできた、解答という言葉を使うにも値しないような『それ』を鼻で笑った。それはあまりにも傲慢で、驕り高ぶった者の考えるバカらしい考えだ。それでも、それは確かに俺の中で最もはっきりとした形を持っていて、思わず口に出してしまった。


「俺が、全員ぶっ飛ばす」


 何てことない言葉だった。晴人の冗談じみた言葉が脳裏に蘇る。


『……シンジが一人でプレイヤー全抜きするから大丈夫だろ』


 まさしく、その言葉の通りだった。気が狂っていると笑うのなら好きにするといい。俺は漸く、ここでやるべき事を見つけたぞ。

 それは大隊長たちと協力して敵を倒すことでも、作戦を練って魔物達の未来のために戦うことでもない。


 ひたすらに、敵を呪い殺す事だ。


 俺が向かってくる人間全員を倒せば、それですべては丸く収まるのだ。何をごちゃごちゃとしたことを考えていたんだろうか。

 最初から答えは単純だったんだ。開き直ればよかったのだ。うじうじと選択肢を探して、いちいち周りの様子を確認して……そんなのは俺にとって『楽しくない』。


 晴人にとって誰かとの駆け引きが『楽しさ』であるように

 カルナにとって強者との戦いが『楽しさ』であるように


 俺にとっての『楽しさ』とは、自由であることなのだ。


 何者にも縛られないし、好き勝手に自分の思うことをする。行き当たりばったりで、だからこそ気軽で楽しい。

 俺はこのゲームを楽しみ尽くすと誓った。ならば俺が楽しめる最高の手段で、このゲームを楽しむまでだ。


 最低な事を言えば、勝ち負けなどどうでもいい。勿論最後まで食い下がるし、その結果が勝利であれば尚いい。だが、それが目的であってはいけないのだ。


 心臓の奥が熱く燃えているのを感じる。背中に翼が生えているのではないかと思うほど、体が軽い。目標と手順を見つけたんだ。あとは――全力フルスロットルでぶちかます。


 羽の生えた一般人は、そこそこ手強いはずだ。雰囲気の変わった俺に、カルナが近づいてきた。その顔には変わらない笑顔が浮かんでいた。彼女は笑顔を崩すことなく、さらりと口を開く。


「ゲームの準備はオーケーかしら?」


「漸く準備が終わったよ……オーケーだ」


「なら、最後の最後の最後まで……楽しんだ方が勝ちよ」


「その勝負、乗った」


 冗談めかした笑いを添えて、カルナに言う。負ける気がしないわね、なんて安っぽい挑発をさらりと受け流して、俺は敵が居るであろう巨大な扉に向き直った。

 散々、俺は考えてきた。動きが速すぎるだの、このままじゃ負けるだの、つまらないことを。魔物の未来、という免罪符を使って、自分の事を一切考えていなかった。だから、さっきの四人組のパーティーを倒したときに、本当に勝った気がしなかったのだろう。


 ――戦う前から、心で負けてたからだ。


 人間はこのイベントを楽しそうにプレイできていいなぁ、と何度も皮肉めいた事を言った記憶がある。その度に微妙な顔をする晴人に首をかしげながら、今の今までやってきた。

 間違っていたのだ、俺は。本当に正しかったのは人間の方だったのだ。笑顔で、気軽に、本気で『遊ぶ』ことが、最適回答だったのだ。なら、久しぶりに……楽しく行こうか。


「えーと……何だか凄い雰囲気が変わってる」


「……楽しそう……?」


「んー。ライチさんが楽しければ、それでええんやないか?」


「勿論、俺達も楽しまなきゃいけないけどね あ……うぅ、また弦が緩んだ……」


 俺の事を困惑した瞳で見つめる仲間達に、鎧の奥で朗らかな笑顔を浮かべた。続けて宣言するように呟く。


「今夜のことを思い出すとき、全員が『最高の夜だった』って……そう言えるようにしてみたいな」


俺の小さな独り言が、青い炎を揺らした気がした。

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