第61話 北極星は燦然と煌めきて
ゆっくりと、巨大な扉が埃をちらしながら開いた。六人の人影がこちらに歩み寄ってくる。
盾が二人で、双剣使いが一人、魔法使いが一人、ヒーラーが二人……バランスの取れたよい面子だ。それぞれがしっかりと警戒を
そこそこのレベルのパーティーなのだろう。
先頭を歩いていた男が、俺達を見つめて足を止める。青い切れ長の瞳にはありありと警戒が浮かび、小さく揺れる盾からは滲み出る戦意が伺えた。
ニヤニヤと見えない笑みを作りながら、新しく入ってきてくれたお客様第二号に挨拶をする。
「夜分遅くに何の御用ですか?」
「……つまらない茶番をするつもりはない」
「それはまあ、つれないですね」
ヒトデからキッカス、沙羅、カルナを伝わって俺に合図が届く。隣に控えていたカルナが首を回して筋肉を解す。……後衛に動きがあったか。注意深く後衛の魔法使いを見つめると、盾使いの大きな体に隠れてなにやら呟いている。先に魔法を撃ち込む気か。
なんとも行儀の悪い客だ。案内をはね除けて真っ先に殺しにくるなんて。
「そうとは言わずに何かお話ししましょうよ。そうだ、上にいる騎士団の話なんて――」
「茶番に付き合うつもりはないと、二度言わせる気か。気持ち悪い」
「そうですか……なら――」
ゆっくりと右手人差し指を盾の男に向ける。にっこりと笑顔を浮かべながら、高速で呪術を詠唱した。残念ながら、シャドウスピリットの頃から詠唱とは殆ど無縁なんだ。
俺の行動に敵が全員武器を構えるが、もう遅い。ゆっくりと、お帰りの願いを伝える。
「さようなら。『
状態異常のバーゲンセールだ。タダ同然で安売りしてるから、手土産に持って帰ってくれ。前衛の盾二人と剣士、ヒーラーの一人を麻痺状態にし、後ろで魔法を唱えていた魔法使いとヒーラー、盾の一人を盲目に陥れる。
途端に剣士と盾の一人が床に膝を着き、魔法使いは消えた視界に顔を真っ青にした。ヒーラーは麻痺に部分的に抵抗したみたいだが、足がガクガクしているし、おそらく目は見えていない。
リーダーらしき切れ目の盾使いは、石像のように固まり、立つだけで精一杯といった様子だ。勿論、この状況を見逃すわけには行かない。
「いってらっしゃい」
俺の掛け声と共にヒトデの人とキッカスが雷魔法を撃ち、てんどんが緩んだ弦の弓で矢を放った。同時にカルナを含めた全員が敵に突っ込む。
魔法使いの女は盲目で錯乱しているが、まだ魔法は詠唱しているな……意地というかプライドというか、そういうものが彼女に最悪の行動――途中で魔法の詠唱を止める――ことを止めさせたのだろう。
ならばその覚悟、逆に利用させていただこうではないか。
「『
魔法使いの女に忘れられようとしていた呪術――幻聴を掛ける。彼女の耳元で、盾の男の声でこう叫ぶ。
『俺の声の左だ!撃て!』
女ははっとしたような表情を見せると、捻れた木の杖を――仲間であるヒーラーに向けた。盾二人は麻痺と盲目、敵の接近で後ろを見れず、剣士は地面に寝そべってしまい、大地と熱いディープキス中だ。当のヒーラーは麻痺と盲目に杖にしがみついて立っており、誰も魔法使いの凶行を止めない。
「『ブレイズフラワー』!」
「え?」
小さな赤い弾丸がヒーラーに撃ち込まれ、花火のように大きく弾けた。その衝撃で呻いた切れ目でない盾使いの喉元にプレイトゥースが食らい付き、イタチが逃げようとした足を掴んで引っ掛け、沙羅が何処からか取り出した棍棒で体を打ち砕いた。あっという間にHPが消滅し、タンクがヒーラーと共にこの部屋から去っていった。
切れ目の盾使いはキッカスとヒトデの人が放った雷魔法をもろに食らって、喉元に弓矢が撃ち込まれた。
喉に刺さった弓矢を必死に引き抜こうとする盾使いの元へ、空飛ぶ剣を携えた馬が颯爽と飛び込み、その体を撥ね飛ばす。空に浮いた大きな体を、三分料理さんが音もなく切り刻み、男はダメージエフェクトの海に溺れて消えていった。
クトゥルーが騒動の間を縫ってゆっくりと地面に寝そべったままの双剣使いの頭を体に取り込み、窒息させた。最後に残った魔法使いの女は漸く盲目が解けたようで笑顔を浮かべてこちらを見上げたが、そこには誰もいない。盾二人も、ヒーラーも、剣士もだ。
「う、嘘……嘘でしょ?」
絶望に濡れる魔法使いに真上から刺客が襲い掛かる。ずっと開いた扉の真上に待機していたアラクネのオーワンだ。垂らした糸の先に魔法使いを捉えた彼女の手によって、ホラー映画さながらの叫び声と共に天井に魔法使いの体が登っていき……途絶えた。
消えていく魔法使いの体を見つめながら、カルナが呟いた。
「えげつないわね……完全にモンスターハウスよ、これ」
「完璧な連携だったな……最後のオーワンの動きとクトゥルーの動きが特に良かった」
カルナの言葉をさらりと流してみんなを誉める。それぞれが自分の長所を一番生かせるように動いた結果がこの初見殺しだ。まず間違いなくこの初見殺しを抜けられるやつは居ないだろう。居るとすれば俺の状態異常が一切効かない相手か、掲示板で情報を得ている人間だけだ。
部屋に侵入してきた人間を全員始末したことによって、扉がひとりでに閉まり始める。
「よ、良かった。これで矢を外してたらダメダメだったよ……」
「沙羅ちゃんに弓の弦張って貰わんかったら危なかったなぁ、てんどん」
「……ちゃん付けは、和風っぽくないから、沙羅でいい……」
「あ、沙羅さ……沙羅。弓、ありがとう」
「ん。昔……弓道、やってたから」
成る程、沙羅は昔弓道をやっていたのか。先程てんどんの弓を触る手つきは慣れたものだったし、そういうことなんだな。今は弓を持たずに鈍器で敵を殴り殺している沙羅に、納得したように一人で頷く。
続々と帰ってくる大隊長達は言葉が通じずとも、お互いを労っており、イタチがスライムの上でぴょんぴょん跳ねていたり、馬と狼がお互いに吠えて何やらコミュニケーションを取っていたり……捕食者と被捕食者が仲良く会話しているのはかなり違和感のある景色だが、魔物としてプレイしている以上、全員慣れてきている。
今回働けなかったカタツムリがしょんぼりとしているのを、ヒトデの人が肩? 殻? を叩いて労っている。緑の光ことFさんは沈黙したままだ。
それぞれが笑顔を浮かべて戦うこの景色に、柔らかい笑みが零れる。俺も賑やかな会話の列に加わろうとすると、空気を読まずにガチャン、と扉の開く音がした。
「あー、新しいお客さんだ」
「丁寧にお帰り願わないといけないわよね?」
上品に笑ったカルナに頷いて、俺は不敵に盾を構えた。
―――――
【一定時間が経過した為、現在生存している全ての魔物プレイヤーにイベント貢献ポイント:1000が贈られます】
【ポイントはイベント終了後にイベント通貨として利用可能です】
「っしゃー!半分来たぞ!」
「さっきの片手剣の人はかなり良かったわ。まさかあんなにちいさな盾で攻撃を流されるなんて……」
「その直後にタイムラグ無しで体当たりにコンボ繋げて撲殺してたのは何処のゾンビだ?」
「……さぁ?」
肩をすくめるカルナに、はぁ、とため息を吐く。受け流された攻撃で揺れた体勢のまま体当たり。ノックバックで盾が上がった剣士の鳩尾に貫手をかまし、くの字に折れて下がった頭部に膝蹴りとか……悪魔みたいなコンボだ。本人いわく本能で動いている、とのことで、全く考えず動いた先がこの格闘術らしい。
つい先日まで素手は初めてとか言ってたやつの動きでは断じてないだろう。
それはさておき、漸く半分だ。この三十分の間に訪れたパーティーは六つ。大体五人から八人という大所帯の方々が多かった。途中、天井に控えていたオーワンがバレたりするイレギュラーや、カタツムリの人が裏取りをして後衛を三枚抜きするミラクルが起きたが、一貫すれば特に問題は起きなかった。
カタツムリの人がクトゥルーに胴上げ? されていたな。微笑ましい光景だった。
てんどんは沙羅から弓についてマンツーマンで教わっている。プレイトゥースと三分料理が模擬戦をしていたり、こちらにはかなり余裕があるといってもいい。ここからが最も過酷になる……とか、そういう面倒なことは考えないでいこう。
俺の仕事、目標はただひとつ。全員をぶっ飛ばす事だ。
後半は闇魔法もじゃんじゃん使って、暴れまくろう。覚悟を新たにする俺の元に、掲示板で情報収集をする、と言っていたキッカスが血相を変えて俺の元に飛んできた。
「どうした?」
「あ、あかんわ! 四階層のシエラって子からの伝言や! 四階層に三十人くらいのプレイヤーが集まってるらしいで! ……その近くに居た魔物プレイヤーがこう書き込んどる……あれは『ポラリス』の奴等やって」
「ポラリス……やっぱり戦いは避けられないか」
「四階層に大所帯で立ち止まられると、魔物の人は動きづらいですよね……」
天井から降りて休憩していたオーワンの言葉に頷く。
ポラリス……俺が今回最も注意していたクラン。化け物を数多く内包しているであろう、魑魅魍魎の
あいつの規格外さは俺が知っている。晴人と長いこと一緒にいるようなやつは、同じく規格外だ。規格外と規格外は引かれ合う、というのはよく知れた事だ。
それとアンハッピーセットでクランメンバー三十人近くが集まってるとか、悪夢にも程がある。カルナが心底面白そうに笑った。
「あら、なんて楽しみなのかしら……ねぇ、あなたもでしょう? ライチ」
「……楽しみではある。けどやれるかなぁ……三十人だろ?」
今の俺は開き直っている。実質無敵だ。怖いという感情は、好奇心に置き換わっている。カルナではないが、圧倒的不利をどこまで引っくり返せるか楽しみなのだ。それと、高校一年の時から一年半近く付き合ってきた晴人との勝負に、そろそろ決着を着けなければならないとも思う。
勝てるかどうかは問題ではない。どれだけやれるかだ。俺達の戦略がどこまで通用するか……少なくとも、俺の状態異常は確実に対策をされているだろうし、三十人の連携する敵を相手にすれば、たった八人が動けなくなった程度で連携が崩れるとは思いがたい。
それどころか、五、六人は居るであろうヒーラーに全部を解除されそうだ。このイベントが始まってから初めての、圧倒的な不利での戦い。勝てるかどうかはさっぱりだが、死ぬまで食らいつくことに変わりはない。
キッカスが叫ぶように言った。
「ポラリスが階段を下りとるらしいで! もう来るわ!」
「了解! 念のためオーワンは前に出なくて良いぞ。全員少し間を開けて集まれ!」
「私はあなたの真隣に居させて貰うわね? この場所で一番安全そうだもの」
「あんまり期待しないで……いや、存分に寄ってこい。俺にできる全部でお前を守ってやる」
後ろ向きは良くない。やるなら馬鹿らしいほど傲慢で、文字通り馬鹿にならないとな。それぞれがあわただしく動くなか、ガチャンと扉の機構が動く音が聞こえ、ゆっくりと重い扉が開いた。
扉の先から出てくるのは、二人の男女。片方は黒髪をポニーテールにしており、青いマフラーを首に巻いている。全身の装備は青と黒に統一され軽装で、見るからにAGIに振っています、といった様子だ。
腰に差してあるのは四本の短刀。それぞれが形の異なる物だ。
ダガー、スティンガー、ショーテル、脇差……攻撃力高めだな。
もう一人の説明はするまでもないだろう。黒い髪、黒い瞳、端正に整ったにやけ面、二本の黒い直剣……このゲームと、俺の中で大きく名前を轟かせる男――日賀晴人だ。
ゆっくりと地面を踏みしめてこちらに歩み寄ってくる二人の後ろから、ぞろぞろと人間が押し寄せる。盾、杖、鎌、短剣、棍棒、大剣、石ころ、弓、杖の二刀流、メイス、指揮棒……間違いなく最前線の連中が、ぞろぞろと無遠慮に部屋に踏みいる。
全員が入った時、ゆっくりと扉は閉められ、晴人がこちらに一歩近づいた。
「やあ、魔物の希望さん。……希望を摘み取りに来たぜ」
ニヤリと笑う晴人の後ろに幻視するのは、巨大な鬼。赤々とした顔を大きく歪め、ゆらりと蜃気楼のように立ち尽くす怪物。
あいつ……今回は本当にマジでくるつもりか。いつもの俺だったら、気圧されていたかもしれない。一歩後ろに下がったかもしれない。けれども、今はそんな段階は通りすぎたのだ。同じく一歩近づいて、鎧の奥から声を張る。
「遠路遥々ご苦労様だ。……希望を摘むには手が小さいんじゃないか?」
「はは……言ってくれるなぁ。……まあいいや、自己紹介をしよう。俺の名は『黒剣士』」
「自己紹介ありがとう、黒剣士さん。俺の名は『ライチ』」
「……俺達はあんたの先に用があるんだ。通してくれたりするか?」
「はい、と答えるとでも?」
「……まあ、それなら押し通るさ」
「俺が……居たとしてもか?」
「……勿論だ」
「そうか、なら――」
ここから先に言葉は要らない。不必要で、無駄で、余分だ。射ぬくように、黒剣士の瞳を見つめる。黒曜石のような瞳の奥で、白銀の鎧がゆっくりと盾を構えた。
「三本勝負だ。試してみるといい」
「そうこなくっちゃな」
戦意と喜色に濡れて、目の前の剣士はゾッとするほど狂暴で無垢な笑顔を浮かべた。ゆっくりと、その二本の腕が剣に伸びる。言葉は要らない。瞳の奥で想いを交わす。
――全力で掛かってこい。
――全力で潰してやるよ。
「勝つのは――」
燃えたぎる炎のように言葉が紡がれた。その言葉を吐いたのは俺か晴人か、両方か……どっちだっていい。吐いた言葉に嘘はない。狂おしい程の興奮に偽りもない。ならば……どちらが言ったかなんて、
「俺だ!」
二つに折り重なった声の果て、止まった時間を動かすように、長い付き合いを駆け足で突き抜けるように、晴人がこちらに牙を剥いた。
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