第51話 つまらない人助けを 上
朝起きて顔を洗い、歯を磨いて服装を整え、朝食を取っていざ通学。最近は冬も近づいて大分寒くなってきた。吐く息が白いとまでは行かないが、指先が少しかじかむ。地球温暖化だなんだと騒いでいても、今日の日本は氷河期の前触れみたいな寒さを呑気に放っている。
「あぁ……寒い。明日から防寒具つけてこ」
うう、と呟いて手を擦りあわせる。摩擦熱がほんのちょっぴりだけ発生して、暖かくなったような気がしなくもない。いちいちこういうことで摩擦熱が~と考えている事を晴人にいってみたら、陸上を爆走するマグロを見るような凄まじい顔をされた。
確かに俺は論理とか理屈に拘るが、それほどおかしなことでも無いだろうに。
理由もなく見上げた空は、妙に高い。空は高いのは空の透明度と低気圧と高気圧の影響で発生する雲が、空の高い位置にあるからだ。
風情の欠片もない回答だが、事実は事実。
ほんの一瞬、メルエスの消えていった果てしない空の青さが脳裏に浮かぶ。どこまでも広く、果てしない青。
「……綺麗だったなぁ」
綺麗な思い出に心を軽くされながら、高校への道をまた一歩踏み出した。
――――
教室でいつも通り準備を終わらせて推理小説に手を伸ばしたが、残念ながら優しく教室の扉が開き、ページの向こう側から騒がしい足音が聞こえる。なんだ、この教室には実は監視カメラが設置されてるとかか? タイミングが良すぎだろ。
主人公の探偵にそろそろ名推理披露させてやれよ……。
「シンジィ! どうやらVR明けは治ったっぽいな!」
「無事完治したよ。どうした? そんなにテンション上げて」
健闘虚しく本は閉じられ、探偵はどや顔で犯人の名前を言う所で寸止めを食らった。その原因である晴人は、整った顔に満面の笑みを浮かべている。
「いやぁ、どうもこうもあるかって。今日入れてあと3日でイベント開始だぜ? クランにも無事入れたし、王都はめっちゃ賑やかだしでお祭り騒ぎだわ」
「げぇ……そういやもう3日しかないのか」
イベントまで時間がないのは承知だが、昨日アップデートが終わってそれから3日後だから、本当に今日を入れてあと3日か……。俺とカルナはイベントでもそこそこ動けそうだが、それ以外が……あ、そういえばイベント掲示板どうなってるかな。
それぞれの役職が振り当てられたわけだから、そこそこ伸びてるはず……あとで確認しよう。
「王都のPVPとかはどんな感じだ?」
情報は多い方がいい。晴人が喜んで吐き出してくれる対人の情報から掠め取っていこう。俺の言葉に晴人は、おお、ついにシンジが対人に興味を……と興奮気味だ。残念だが対人にはこれっぽっちも興味がないぞ。
「対人は都の東側にあるコロッセオで行われてるんだが……」
そこで晴人は言葉に詰まり、うーん、と渋い顔をした。
「どうした?何か問題でも?」
「大問題が一つ……対人戦を解放するにはコロッセオを仕切ってる『マグダス』と『ヴァレリア』ってNPC二人組を倒して実力を認めさせないと行けないんだが……」
「あー、察したわ。どうせ恐ろしく強いんだろ?」
「俺でも歯が立たない……って訳じゃないが、RTAさんにフルメタさん……あとはあまり誘いたくないがすくらんぶるさんとかカラメルタイプさんに頼らないといけないかもしれないな……俺、あの人達苦手なんだよ」
晴人が苦手とは珍しい。こいつはコミュニケーション能力の化け物の様な人間なので、いつの間にかコミュニティの中に溶け込んで派閥が出来てる事が多いのだが……。
「すくらんぶるさんは
「やべえな……」
「VRのブロックとフィルターが掛かってるから触られないしすくらんぶるさんの顔にはほぼ常時モザイクが掛かってるけど……『風を感じるよぉぉぉ!』って常に言ってるな」
「モザイク……」
顔にモザイクはっつけたまま爆走する変態とか手に負えねぇ……。どうやら始まりの町でも王都でも衛兵に追いかけられ続けているが、得意の風魔法でスリップストリームとダウンフォースを発動させ続け、未だに捕まった事がないらしい。早く捕まれ。
カラメルタイプさんは……ただの変態だな。晴人いわく言葉と視線だけらしいが普通にアウトだ。止めて欲しいと言うとすぐやめる上に、女性にはとても紳士的でフレンドリーなので人気が意外に高いとのこと。
更にはエルフの里での防衛戦で、レベル差が圧倒的な魔物の群れに対して、たった一人で裏門を守り続けた影の英雄らしい……性欲をセーブできないだけでいい人なのね。
「『纏めて掛かってこい。この先には何人たりとも進ませんぞ!』ってなぁ……カッコいいんだけど、変なところでカッコ悪い。さっきの言葉のあとに、『エルフ男子の尻は俺が護るッ!』って言ってたり……」
「助けてほしいけど、助かったら助かったで尻が怖いな……出来れば共倒れになってほしい」
「実際なったぞ」
「
「いや、一瞬でリスポーンしてデスペナ抱えながら戦闘続行した」
凄い……んだが、真後ろに煩悩が見える。俺は魔物だから平気だろうが、顔の整った晴人からすればかなり苦手な部類だろう。
犯罪者と変態を仲間に加えなければ勝てないほどの敵……マグダスとヴァレリアかぁ。対人戦闘には全く興味がないが、どんなやつなのか気になる。プレイヤーの最上位が歯が立たない訳だから、その二人を基準にすればプレイヤーに対する魔物の強さの最低条件が割り出せるかもしれない。
「ちなみにコロッセオの二人はどんなスタイルなんだ?」
「えーと、ヴァレリアが避けMAGでマグダスが殴りプリーストだな」
「うわぁ……マグダスはいいとして、ヴァレリアのステータス次第じゃMP切れるまで何も出来ないじゃないか」
「プロビデンスの情報によると耐性がないからデバフで潰すのが最適解らしいが、マグダスが邪魔だ。先に処分……っていきたいけど素直に固いし下手するとヴァレリアに纏めて焼き殺される」
またこういう手の板挟みか……。デバフなら麻痺がよく効きそうだな。デバフ解除を仕掛けてくるマグダスに沈黙を撃ち込んで魔法を禁止させ、麻痺からのダークアロー乱射。もしくはヴァレリアをブラックカーテンで盲目にさせてからシャドウスパークで影ごとダメージを与えるのもいいかもしれない。
余った固いだけのマグダスはひたすらにデバフかけてがんじがらめにして潰すか……そうだな、『円環の主』を使ってHPを大幅に削るのもいいかもしれない。MPはそこそこあるだろうが、流石にHPより多いということはあるまい。リソースの削りあいなら『生存本能』などの回復系統スキルをこれでもかと搭載した俺に分があるはずだ。
「あれ、意外に勝てそう……?」
「ヴァレリアの変態挙動ともりもり回復するハゲの体力を見てから言って欲しいけどな……シンジならやりかねない」
「いや、俺のプレイスタイルが完全にメタなんだけど。むしろ負ける要素がほとんど見当たらない」
負けるとしたらヴァレリアの魔法をもろに食らったときだろうが、時差詠唱で予めセットしておいた沈黙を二重捕捉で初手から打ち込めばあとはもうお仕舞いだろう。見たこともない敵だが勝ち筋が多すぎる。というより、デバフに弱すぎだろ。
なんで本当にデバフが使われないのかが疑問だ。
晴人にその理由を聞こうとしたが、それより先に予鈴が鳴った。とりあえず授業に集中するか……。
「やっべ、一限目物理室じゃね?」
「あー、準備しないとな」
「んじゃ、取り敢えずまた」
「オッケー」
―――――
所変わって自宅。昼休みは特に何もなく過ぎて、下校した俺はレポートの山を消化していた。
大体八割は終わったから、あとはもう流れ作業だが、そういう時に限って時間が長く感じられる。イヤホンからは俺の好きな洋楽が大音量で流れており、最初こそテンションが上がって筆がのっていたが、後半はもうこの曲何周目だよ、となってプレイリストを別のものに変えてしまった。しかしその先でもまた同じ事が起きて、また元のプレイリストに戻ってきてしまう。
「うーん、7時かぁ……母さんに早めに飯作ってもらって、ささっと課題終わらしてからゲームだな」
ここ最近ゲームしかしていないせいで、録画した番組やアニメだけが溜まっていくが、仕方ない。
「うっわ、めっちゃ好きな曲きた。テンション上がるわ」
上がったテンションと達成感から、謎の躍りを披露しながらリビングに降りた。
「終わったぁ……」
やはりゲームもいいが学業にもきっちりと励まねばなるまい。将来はしっかりとした真人間を目指しているからな。ワンチャン晴人みたいな才能があれば就活せずにプロゲーマーとして活躍できそうだが。
凝り固まった肩をほぐしながら、スマホに手を伸ばして、久々に掲示板を覗いてみた。
『【はい】ヴァレリア、マグダス攻略スレ【人外】10人斬り目』
『そろそろ北と南どうにかしようぜ その8』
『待って、森の中の青いゲート通ったら変なところにワープされたんだけど 4つめ』
『【ワイこそは】金策について貧乏なワイに教えろください【乞食】 21エヒト』
『料理人だから飯作ったんだけどさぁ…… 12皿目』
『【そこに】VR考察スレ その38【何があるのか】』
『出、出~wクラン盾にしてイキるガキwww 5』
『VR有名人まとめスレ 23』
『【進化を】魔物プレイヤー総合スレ31【目指せ】』
ヴァレリア、マグダススレはまさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化しており、『動きが完全にシャ○』『はぐれメタルと金剛力士』『あのハゲ絶対魔法吸収してるだろ……』などなど、王都に行けさえすれば誰でも挑戦できる第一線の戦闘に、一般プレイヤーが絶望を声高に叫んでいた。
可哀想に……俺はデバフでどうにかできるが、他は恐らく晴人と真っ正面から対峙したときのような絶望を叩きつけられるのだろう。
まず動きが見えないし、すべての攻撃が先を読んで潰される。トラップを見切るのは当たり前で、トラップのトラップ、ブラフすら見切ってくる理不尽の塊だ。そんな彼が苦い顔をする、ということは……想像したくもないほどえげつない相手なのだろう。
なんか途端に自信が無くなってきた。状態異常無効付いてないよな? 耐性は無いけど魔法で弾きまーす、とかだったらキャラデザイナーを殴る。まあ、でも実際耐性があろうとなかろうとヴァレリアの攻撃さえ凌げれば吸収でどうにかなるだろう。
他のスレは……謎の青いゲートを通り過ぎたらシャボン玉の浮いた異次元に飛ばされて帰ってきた、というホラーな物があるな。嘘だ出鱈目だと散々言われているが、こういうのは真偽が分からずとも一旦怖さに身を任せるのがいいと思う。
北と南をどうにかしようと目論むスレにひやりとしたが、どうやらあまり経過がよくない様子で安心した。南はボスが強すぎて、北はヒーラーの不足で進捗がよろしくないらしい。
ヒーラーとタンクは永遠に枯渇するものだ。誰もゲームでまで地味な盾や責任の集まるヒーラーをやろうとは思わないのだろう。ほんの少しだけ悲しくなった。
料理人だからスレは……あー、食材に呪われた素材が入っていたらしく、それを使って出来た料理を味見したスレ主が状態異常『拒食症』になったとのことらしい。可哀想に、どんなものを食べても吐いてしまうらしく、最終的には餓死して治していた。
本人曰く吐瀉物はフィルター付きの人から見るとキラキラしてるそうな。
他に目ぼしいのは……クランを盾に云々のスレだな。どうやら一部のプレイヤーが大型クランに入っていることを自慢し、中規模、もしくは零細のクランを馬鹿にするなどしてマナーを悪化させているらしい。やはりゲームということは様々な人種が入り交じるということで、こういうこともありうるのだろう。人間も苦労しているようだな。
魔物スレは……ほほう、珍しく伸びていると思ったら何人かが進化をして世界が変わったと呟いている。ステータスは大幅に伸びるしデメリットは減るしで、初期町近くにいた魔物プレイヤーは今まで狩られるだけの立場だったのが完全に逆転したと言っている。
その言葉に釣られて必死に進化を目指して協力している魔物プレイヤー達は非常に微笑ましい。応援の言葉を一言残しておこう。
「『進化を目指して頑張ってください。本当に陰ながら応援しています』っと」
コメントを残したあと、本命のイベントスレを探してみると、なんと人間側が四十スレを突破した中、魔物は漸く3つ目を埋めたのみである。
逆に人間側はそんなにしゃべることがあるのか、と聞いてみたいが、プレイヤーの八割は彼らで、その人数は七万人近い。
「数の暴力だな」
イベント戦でもわらわらとプレイヤーが湧いて出てくるに違いない。それを押さえられるかは俺に掛かっている。今回は剣闘士達という心強い味方が居ないのだ。本当に俺が死んだらヤバイ可能性がある。……不味くなればオルゲス達を呼び出すことを視野に入れよう。彼らを出すタイミングも重要になるだろうな。
「こっちにも『大隊長になりました。よろしくお願いします』っと」
会話の流れを確認するのはゲームを一段落させてからでいいだろう。今日はそれほど切迫した用事はないし、それどころか何をしようか迷っている最中だからな。
ちょこっと樹海を探検して、レベルあげのスポットや、面白いエリアが見つかればいいな、程度の認識だ。……これでイベントに巻き込まれたら笑ってしまうが。
「久々のソロプレイを楽しむかー」
何人か居ても楽しいが、一人は一人で面白いはずだ。スマホの電源を切って、終わった課題を片付ける。そして、ベッドの上に寝転がってヘッドギアを装着し、ログインを押した。
さて、楽しもうか。
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