第50話 我こそは円環の主

「シエラ、頼んだ」


「任せてコスタ!……『ブリンク』『ダークアロー』!」


「コンビネーションが抜群ね」


「阿吽の呼吸っつったらこんな感じになるんだろうな」


 巨大な鎌を振り回す巨大カマキリ……確かキラークイーンとかいう仰々しい名前のモンスター相手に、補助無しの二人は完全に圧倒していた。シエラの高速ブリンクですべての攻撃を避けつつ魔法でダメージを蓄積。同じくコスタが攻撃の間を縫ってカマキリの鎌を切り落とし、それによってコスタに動いた頭部をシエラが新しく覚えたのであろう血染めの一閃で切り落とした。


 シエラを放置すれば魔法が雨霰と降り注ぐが、かといって彼女を狙おうとしてもコスタがその隙を見逃さず的確に弱点を射ぬいて相手の長所を崩していく。コスタに狙いを定めれば最初の状況に堂々巡り……完璧なコンビネーションが生み出す究極の板挟みだ。

 攻略するには片方から徹底的に潰すか、数で押すか、それとも奇想天外な一手で意表を突いてコンビネーションを崩すか、だな。


 俺は呪術を撃つだけで完封できるので相性がいいが、カルナは相性最悪じゃないか? ちらりとカルナに視線を送ると、野性動物か何かのような飢えた視線で二人を見つめるカルナがいた。……好戦的過ぎるだろ。素直に怖いわ。

 流石に素手だったらVITの低さも相まってカルナが負けそうだが……うーん、カルナならばもしかしたらがあるかもしれない。素手、二対一、相性最悪でも勝算が見える時点でなかなか頭がおかしい。


 そうこうしているうちに、二人はステータスを振り分け終わり、ちょこちょことこちらに歩み寄ってきていた。


「どう? 少しは寄生呼ばわりされなくなると思うけど……」


「バッチリ過ぎる。むしろ俺たちが居なくても良い説あるぞ」


「ライチさんたちが居るからこそ、こんな無茶な戦い方が出来るんですよ。……正直、槍があればもっと戦いやすいんですが」


 自分の得物である長剣を悲しそうに見つめたコスタ。可愛そうだが武器まではどうしようも出来ない。戦いの終わりの緊張感を抜くようにシエラがふぅ、とため息を吐いた。

 空をちらりと眺めてみれば、木の葉から透けていた斜陽は既に姿を消し、代わりに月明かりが空から注がれていた。ボマーグリズリーを倒してから少しの間、二人に任せて戦闘をさせてきたが、正直なところ驚きが止まらない。


 シエラのスキルアシスト無しの見切りや、コスタの完璧なサポートとここぞというときに……『決め時』を逃さない決定力。どちらとも常人から逸脱している。コスタに至っては本職の装備すら持っていないイレギュラーな状況ですらこの働きなのだ。武器を持たせたらどうなるのか、さっぱりわからない。

 ただひとつ言えることが有るならば、確実に彼らが成長しきれば、イベントで大活躍をするだろう。


 二人にレベルを聞いてみると、9と8とのことだ。明日には進化できるかもしれない。怪物級の新人二人の成長に一人で頷いていると、唐突に通知が来た。


【ギルド『風の民』所属のエクレア様、サイサイダー!様、ソラーレ様によるパーティー『エレメンタリァ!』がエルフの里『フラウトリット』にて『精霊魔法』と『精霊使い』を解放しました】


【スキル:『精霊魔法』は職業:『精霊使い』でのみ習得できます】


「うわーお……信じらんねぇ。このタイミングかよ」


「ふーん……興味ないわね。筋肉魔法とか物理魔法とかなら速攻でエルフの里に突っ込んでいたけれど」


「すごーい……リアルタイム進行式でオープンワールドかぁ。まあ、MMOって言ってるなら普通かなー」


「物理魔法って何ですか……?」


 コスタ、そこに突っ込んだら負けだ。魔法の概念がゲシュタルト崩壊を起こすぞ。多分サイコキネシス的な奴だと思うが……。


「魔法を拳に纏わせて殴るのよ。もしくは魔法で殴ることね。きっと威力が倍になるわよ」


「殴りMAGかよ……それゼロ距離で魔法ぶっぱなしてるのと変わらんからな」


 戦闘の事となると、途端に知能指数がハーフアンドハーフになるカルナに突っ込みを入れると、恐らくメニューを開いたコスタがうわぁ、と小さく声を上げた。


「シエラ、もう夜の十時半近いよ」


「嘘ぉ!? ……うぅ、もっと遊んでたいんだけど……」


 コスタの言葉にメニューを確認すると、現在時刻は夜の十時二十分。普通の学生からしたらそろそろゲームを切り上げて風呂に入り、教科書や課題の整理をする時間帯だ。シエラとコスタが慌てている、ということは……まあ、明日の予定があるとか、食事を取っていなかったとか、色々な事が考えられる。


「すみません……今日はここまでで良いですか?」


「別に問題はないぞ。明日はログイン出来そうか?」


「ちょっと予定が詰まってて無理そうかも……実家のお手伝いが……」


「俺もそれに同行するので……」


「あ、私も明日は無理ね。お馬鹿さん達の顔面にアッパーをめり込ませないと」


「何かお前だけ殺伐としてるな」


 取り敢えず、明日は三人ともログイン出来ないと。久々に一人でゲームをプレイすることになりそうだな。……まあ、貯まってきてしまった課題を終わらせないと、真面目な俺はゲームに集中出来ないからログインの時間自体は遅くなりそうだが。

 何度も今日のお礼を良いながら二人はログアウトした。


 それと同時に地面に突っ伏した二人のアバター脱け殻に、しまった、と思った。


「これ、野生の獣とかに襲われないか? 最悪次のログインが墓地になるぞ」


「確かログアウト後のアバターはオブジェクト判定になる筈よ? ……まあ、プレイヤーに見つかったら興味本意に体を引きずられて何処かに連れていかれるか、経験値にされるでしょうけど」


 それのどこが大丈夫なのかを問いただしたいが、恐らく暖簾に腕押しなので諦めて言葉を飲み込む。取り敢えずモンスターには襲われないようだから、脱け殻をうまくカモフラージュして人目につきにくくしておけば良さそうだな。そこら辺の木の葉っぱを集めてこの中に二人を詰めておく。

 少し手間が掛かったが無事に二人の体が隠れる。……あ、シエラの腕が突き出してる。しまっておこう。


「…………ライチって時々躊躇いもなく無慈悲な事をするわよね」


「え、他にどうしようもないだろ?」


「そうだけれど……シエラ達が目覚めたら最悪の気分よ?」


 信じられないような目でこちらを見つめるカルナに、そんなにヤバイことをしたかな?と思いつつも他にどうにか出来ないか、と模索する。……うーん、魔法……地面……あ。


「いいこと思い付いたぞ」


「あら、どんなアイデアなのかしら?」


 近くの太い木……あった。木なぞこの場所では見飽きるほどある。暗さが増した森の中、太い木の幹に向かってダークアローを撃つ。まさか木が一発で倒れる、とかは無かったからよかった。続けてダークアローを慎重に連発して木に空洞を作った。途中で倒れるんじゃないかと冷や冷やしたが、元が頑丈なのか、無事に持ってくれた。


「あら、なかなか考えるじゃない。運ぶのは手伝うわよ……っと」


「今度の提案はお気に召したようで何よりだ」


 シエラとコスタを詰め込むと、木の中はぴったり埋め尽くされた。近くにあった木の幹も同じく空洞にする。俺とカルナ用だ。


「まだ遅くはないけど、俺もここら辺で落ちとくわ。キリが良いし」


「わかったわ。私も少し体を暖めたら落ちるわ」


「オッケー。んじゃ、お休み」


「お休みなさい」


 さて、このあとは風呂に入って見たい番組録画して寝よう。明日は……晴人に王都の様子を聞いて、一人でこの樹海を探索でもしてみるか。

 夜になり騒ぎだした猛禽類と虫の音に包まれながら、俺はログアウトを選択した。


【ログアウトします】


【……お疲れ様でした】



――――――



「うわぁ、久々に人前に顔を出しちゃった……『あの子』に怒られちゃうかなぁ」


 色とりどりのシャボン玉が不規則に浮かび、無秩序に動き回る場所――世界の裏側で、一人の少女はツインテールを揺らしながら小さく笑った。

 彼女の脳内に有るのは、久々に見た色とりどりで落ち着いた世界と……一人の騎士だ。


「『扉』が珍しく開いたから、ちらーっと見るつもりだけだったんだけどなぁ……まあ、いっか!」


 一つの大きなシャボン玉の上で三角座りをしていた少女は、気を取り直す様に表情を明るく取り持つと、勢いよく立ち上がり、宛もなくさ迷うシャボン玉の上を素足でぴょんぴょんと跳び跳ねて移動した。

 移動しながら何かを探すように視線を振っていた少女は、暫くして自分の目当ての物を見つけたようで、幼くも端正な顔立ちに喜色を浮かべた。


「あったあった! ……ふーん、西に行くんだ。てっきりレグルに会いに行くと思ってたけど……このままだとテラロッサと会うかぁ……」


 ふふーん、と少女はわざとらしく顎に手を当てて考え込んだ。


「レグルはスピカが覗くと凄く怒っちゃうし……」


 赤と青のオッドアイを左右に振りながら少女は暫く考えたが、どうやら堂々巡りに至ったようでうがぁー! と叫んで巨大なシャボン玉に背中から飛び込んだ。ぽよん、と音を立てて少女の体がシャボン玉の上に乗る。

 はぁ、とため息をつきながら、少女は憂いを含んだ視線で空を見上げる。


 少女の見上げた先の空は、シャボン玉の表面のように歪み、濁り、玉虫色に光っていた。そんなサイケデリックな空に訴えるように、少女は呟く。


「早く『あそこ』に帰りたいなぁ……」


 それと同時に目を瞑った少女の瞼の裏に映るのは、先ほど見つけた騎士の姿。架空のそれに向かって、少女は祈るように言葉を紡ぐ。


「いつかスピカをお姫さまみたいに連れ出してよ……甲冑を着た王子様……」


 彼が王子では無いことくらい知っている。けれども、そんな事実を知っていても尚止まらない『――』が、少女の中をひたすらに蠢いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る