第44話 新たな舞台の幕が上がる

 噴水のせせらぎだけが聞こえる静寂の中、ロードの声がそれを斜めに切り裂いた。


「みなさん、顔を上げてください」


 優しさのこもったロードの言葉に、ゆっくりと墓地の全員が頭を上げ、膝を立てた。彼らの目には色とりどりの期待が渦巻いていた。ロードがどんな墓守なのか、これからこの墓地はどうなっていくのか。

 幾千もの期待の込められた視線を受けても、ロードはそれらに背を向けなかった。怯えずに前を向いていた。


「これから先に、何があるのか……僕には分かりません。でも、きっと大丈夫です。……僕は、歴代最高の墓守ですから」


 今までの自分を捨て去ったロードの言葉に、墓地がどっと沸き立った。自信に満ち溢れたロードの姿に見とれていると、後ろから声がかかった。


「もう本当に、最初と別人みたいよね、ロードは」


「本当だよ。……でも、どんなに変わろうがロードはロードだ。それだけは変わらないさ」


「ナチュラルに惚気のろけないで頂けるかしら?」


「す、すまん……謝るから武器を下ろせ」


 さらっと吐いた俺の言葉が気に入らなかった……というよりは俺が不用心だったのだろう。冗談めかしてスレッジハンマーを肩に担いだカルナは俺の転身を見て、上品に笑った。

 ……どんなに上品に笑おうが、体はゾンビだし武器も防具もズタズタだからホラー要素しかないが。

 視線をロードに戻すと、彼女は大勢の期待を背負いつつも、柔らかく微笑んでいた。


 きっとロードならこれからも大丈夫だ。なんてったって、歴代最高の墓守なのだ。きっと、全ての期待を越えてくれるだろう。


「……さて、これからが忙しくなるな」


「そうね。とりあえず、私は武器と防具が欲しいわ。……武器は出来るだけ重量のあるものだと良いわね」


「火力一辺倒ってか、防具つけるVIT足りなそうだな……」


「失礼ね、革鎧までなら着れるわよ……どちらにしても軽装の部類だけれど」


 カルナの言葉に笑って、なんとなく空を見上げた。見上げた空は底抜けに晴れていて、空の端に見える細い雲が空の青を際立たせている。

 ようやく墓地が片付いた……さて、戦後処理のお時間だ。


「ログ見るのが堪らなく楽しみだな」


「ステータスの振り分けもよね」


「間違いない」


 満足感や達成感で体を満たしつつ、ゆっくりと散開していく霊達を尻目にメニューからログを確認した。

 上から順にログを読んでいくと、やはりというか戦闘中に人間側の勢力がエリアボスを倒した通知が残っていた。


古狼エルドウルフがプレイヤーの手によって討伐されました】


【MVPはフルメタ様です】 


【人々で賑わう王都『クレルベルン』への道のりが解放されました】


【住民の態度が大きく軟化しました】


……まあ、いつかは解放されてただろうしな。しょうがないことか。


 いつか必ず古狼は誰かに討伐されていた。それが何日か早まっただけなのだ。だが、出来ればもう少し粘って欲しかったという気持ちがある。人間側のエリアボスを応援するという普通はあまりない構図に、自分が魔物陣営だという事を再確認した。

 王都解放から更に下へ向かうと、恐らく晴人が言っていたエルフの里での戦いのログがあった。


狂酔木人形ウッデンドールがプレイヤーの手によって撃退されました】


【エルフの里『フラウトリット』は壊滅を免れた】


【MVPはRTA様です】


「撃退ってことは討伐はされてないのか……いや、されてたらプレイヤー強すぎるか」


 晴人いわくレベル24のエリアボス……いくら第一線が集まったからといっても、レベルの差とエリアボスの補正、そして月紅という状況はそうそう覆せる物ではない。逆に良く防衛を成功させたな。

 ……もし、防衛に失敗したら里が消えていたかもしれない、と晴人は言っていたが、消えた場合プレイヤーの進行はどうなるのだろうか。もしフラウトリットに『VR』の足掛かりになるようなクエストやフラグがあった場合、根こそぎ消失していたかもしれないのだ。


 ……うーん、考えてもそうそう分かる物ではないな。そもそも『VR』の片鱗の片鱗すらさっぱりなのだ。今考えてもしょうがないか。


 それからは特に何も大きなログは無く、カルナがメルトリアスを打ち倒した事と、俺がメラルテンバルを倒したログの後に、フィールドが解放されました、と通知が来ていたようだ。


「解放……? 浄化ならさっきやったけどなぁ……まさかフィールドに人が? いや、だったら道が解放されたって書かれるだろうし……」


 さっぱり分からん。取り敢えずこの話題については放置するとして……ステータス確認のお時間だ。


「さてさて…………うん?あぁ……」


ーーーーーーーーー

ライチ 男 【死神の親愛】

シェイプオブライフ族(進化可能) 種族Lv26 中級呪術騎士(転職可能)職業Lv28

HP 495/495 MP 765/765


STR 1

VIT 355+160

AGI 1

DEX 10

MAG 380

MAGD 300


ステータスポイント90


【スキル】 SP3

「中級盾術7」「中級呪術6」「心眼3」「持久11」「詠唱加速5」「詠唱保持-」「不動2」「鑑定4」「呪術理解8」「状態異常効果上昇:中」『生存本能』「瞑想2」「魔術理解3」「耐久強化4」「魔力強化5」


【固有スキル】【種族特性】

「物理半無効」「魔法耐性脆弱:致命」「詠唱成功率最高」「浄化耐性脆弱:大」「魔法威力上昇:中」「MP回復速度上昇:大」「HP自動回復:極大」「中級闇魔法7」「変形」「精神体」「生命の形」「禁忌魔法3」

「硬化」「吸収の一手」


【装備】

左手 墓守の盾(両手持ち)

右手

頭 墓守の兜

胴 墓守の甲冑

腕 墓守の籠手

指 白磁の指輪

腰 墓守の腰当て

足 墓守の足甲


ーーーーーーーーー


 種族レベルが4、職業レベルが5上昇している。実は内心あれだけ敵を倒せばもっと上がっているんじゃないか? とか思っていたが、現実はそう甘くないようだ。格下相手には取得経験値が減衰される。レベルが10も下の相手をいくら狩ろうと、豆粒程度の経験値しか手に入らないのだろう。

 それでも一般のプレイヤーからすればとてつもない上がりようだろうが、こちらはそれだけ頑張ったのだ。これくらいは当たり前だと言わせてほしい。


「ステータスは……VITとMAGDに半分ずつ振っとくか」


 その後にMAGを上げていく方針で行こう。ささっとステータスを振ると、カルナがこちらに声をかけてきた。恐らくステータスを確認しているのだろうが、俺からは何も見えない。カルナからも同じく宙を見ているように見えるのだろうか、と思いつつ体をカルナの方に向ける。


「レベルの上がり具合はどうかしら?」


「普通……って所か? いやまあ、レベル的には上々だと思う」


「私は信じられない位上がってるわ」


「幾つ?」


「今は21ね」


 オルゲス戦を終えた後にレベルが10台に乗っていたはずだから……レオニダス戦を込みでも凄まじいレベルアップだ。改めてカルナの様相を見つめてみると、初期装備である革鎧はずたぼろに砕かれ、所々血色の悪すぎる肌が覗いている。

 神をも砕くと豪語していた鎚は分厚い黒鉄部分に、見過ごせないヒビが入っていた。何度も敵を砕き、壁を砕き、魔術師の魔法すら砕いてきたのであろうスレッジハンマーがもう限界なのは、誰に言われずともカルナ自身が良くわかっているだろう。


「……私の武器は、もうダメそうね。この子、気に入っていたのだけれど」


 カルナは珍しくシュンとした表情を見せた。仕方のないことだろう。俺達魔物はとにかく武器防具の類いを集めるのに苦労する。人型モンスターなどは特に苦労するであろうに、それらの入手手段が全くないのだ。少し前にwikiで見た記事には、『初期装備を大切にしよう』の文字があった。

 俺は偶々たまたま墓守装備一式を手に入れられたから良かったが、もしそれがなければ月紅を装備無しの絶望的状況で過ごすことになっていただろう。


 考えるだけでも恐ろしい。噛みつかれ、押し倒されるだけで死が確定するマゾゲーだ。遠方から飛ぶ魔法に冷や汗をかきつつ、ヘイトにビビりながらちびちびと魔法を打ち込む自分が幻視出来る。

 恐ろしい想像を頭を振って散らして、カルナに慰めの言葉をかける。


「武器は使ってたら壊れるもんだ。俺の武器は……一ミリも使ってないが、盾はこの通りボロボロだ。装備は後で外に探しに行こうぜ」


「使ってあげなさいよ、その剣……。まあ、いいわ。この子は惜しいけれど、無理に使っても可哀想だし」


「STRが致命的に足りなくてな……」


 俺の言葉に、少し分けて上げましょうか、なんて笑いながら言うカルナの顔は少し明るくなっていた。どうやら落ち込みからは解放されたようだ。それをしっかり確認して、俺はステータスに視線を戻した。


 えーと? 中級盾術のレベルが3つ上がって覚えたのが『シールドパトラー』と『ハードパリィ』だ。ハードパリィはご存知の通りライトパリィの上位互換……というには少し扱いが難しいかもしれない。ハードパリィは敵の攻撃を大きく弾き返す行動に補正がかかるが、かかる補正は貫通ダメージ減衰とか、スタミナ減少量減少とかで、モーションアシスト等は一切ない。


 盾職ガチ勢は涼しい顔で連続成功なんて事をやってのけるのだろうが、俺のPSははっきり言って普通そのものだ。これは悲しいことに卑下とか謙遜とかではなく、事実そのものでしかないのだ。

 俺のスタイルはあくまでもデバッファー兼用のタンク。技術の無さを魔法と呪術で誤魔化している卑怯な盾なのだ。

 仲間を守る為ならば卑怯だ最低だなどといくら言われても鼻で笑ってやれるが、俺の実力が育たないのは事実。


 PS欲しいなぁ……相手の挙動とか視線で動きを予想できたりしたい。


 無い物ねだりは意味をなさないと知っているが、愚痴くらいは吐いたっていいだろう。さて、もうひとつのシールドパトラーは……ほう、発動から一分間に受けたダメージの十パーセントを、発動後に回復と……微妙だな。あらかじめ使っとくにしても効果が微妙だし、肝心の回復量もフォートレスや自然回復、血染めの一閃で事足りる。

 まあ、メラルテンバルのブレス前に使って復帰を早めるとかには使えそうだ。


 中級呪術のレベルも、同じく3上がっている。覚えたのは『猛毒ヴェノム』と『睡眠スリープス』。効果は大体名前の通りで、猛毒が毒の上位互換で、睡眠は相手のMAGD依存で『眠気』もしくは『睡眠』の状態異常を付与させるということだ。


「そういえば、少し前に覚えた『強酸』一回も使ってなかったな……」


 強酸……存在自体をまず忘れていた。使ったところで敵は防具なぞ着けていないし、混戦で辺りに酸を撒き散らすとか大戦犯もいいところだ。泥沼戦闘の真っ只中に爆撃するようなものだろうし、絶対に使えない。

 強酸君には、いつか対人で活躍の場があることを期待しよう。


 見切りが変化して出来た心眼と、詠唱加速、持久はそれぞれ順調に成長している。持久だけレベル10を越しても変化しなかったが、そもそもレベル10が上限だとは決まって居なかったし、おかしなことではない。

 体幹強化はレベル10で変化するタイプのスキルだったようで、『不動』に名前を変えている。途端に格好良くなったな。


 鑑定はレベルが全く上がらず、代わりに呪術理解のレベルが上がっている。覚えたのが……うん?『並行捕捉セカンドリンク』と『時差詠唱スペースドロー』?


 ……並行捕捉は同時に二つの呪術を使用できて、時差詠唱は呪術を詠唱完了しても発動させず手前で止めることが出来る、と。


 え、待てよ? 例えば呪いと猛毒を並行捕捉かつ四重捕捉で時差詠唱すると、事前に詠唱すれば好きなタイミングで最大八人に状態異常を撒き散らせる……?ここに来て訳のわからない強さを発揮し始めたな。


 何で誰も呪術を使わないんだろう? 今更ながら疑問が隠せない。

 間違いなくここまでいくのに手間がかかりすぎる上、状態異常効かない手合いでは戦力外で、通常介護必須の地雷スキルだからだろうが。

 さて、他にめぼしいスキルは……魔術理解と中級闇魔法、そして禁忌魔法の3つだな。


 魔術理解が3になって覚えたのが二重捕捉。概要は呪術と一緒だ。いつか二重捕捉でダークピラーとか撃ってみたいが、現状それをやるとMPが空になって弾けてしまう。

 闇魔法のほうは……『ダークエンチャント』と『シャドウスパーク』の二つの魔法を覚えた。ダークエンチャントは掛けた相手の武器に闇属性を追加する魔法で、シャドウスパークは闇属性の攻撃魔法だ。

 ん? シャドウスパークの説明に『影に当たってもダメージを与えられる』とかあるんだが……。


 相手に当てなくてもダメージを出せるとか、めちゃくちゃ使い勝手良いな。その分ダメージ少なさそうだけど。

 ……さて、あまり見たくは無いが、禁忌魔法レベル3で覚えた魔法を見ておこう。一応この魔法に命を救われたシーンもあったし、悪くは言えないのが事実だ。深呼吸ひとつに詳細を開くと、そこには一つの魔法があった。


 『生命干渉』……掛けた相手のMAGD依存で状態異常『干渉』を与えることができる。効果時間中、相手は自然回復が出来なくなる……?


 微妙? いや、強い……のか? 相手がパーティーを組んでいたら回復役に普通に回復されるだろうし、エリアボス等が相手だと自動回復などまず関係ないだろう。そもそも状態異常だから弾かれたら……うーん、良くわからないな。

 スリップダメージを与えてじわじわ倒すときとかには使えるかもしれない。まあ、これで漸くスキル全部の確認が出来た。


「SPは宣言通り状態異常効果上昇:大に使って、あとはMP用に残しておこう……さて、じゃあ次は」


 ステータスポイントは振った。スキルも見た。SPも使った。となれば、お次は勿論――進化と転職だ。

 隠しきれない笑みを浮かべつつ、俺はゆっくりと進化先を開いた。

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