第45話 さあ、世界よ廻れ。

 期待を込めつつ、ゆっくりと進化ルートを開く。


「……え、おぉぉぉ……?」


エーテルホロウ元素の亡霊


スターゲイザー星を視る者


ルーン・ライヴズ円環の主』《ユニーク種族》


 ユニーク種族からの進化ということもあって、進化先がどれもロマンに溢れている。エーテルホロウはすべての属性に相対する元素の影……つまり闇属性を操る精神体のようだ。説明を読むと、すべての属性魔法に対する大きな耐性を得る代わりにHPが異常なほど低く、相対する光属性だと初期魔法がかすっただけで即死するオワタ式と化す……めっちゃ魅力的だけどエグいな。


 影に飛び移る、闇魔法で相殺するなどすれば何とか一人でも戦えるようだが、タンクが物理攻撃や魔法の一発で死んだら良くないだろう。……その代わり闇魔法が爆発的に強化され、DPSの権化となるロマン砲を搭載しているが、選択肢には入り得ない。せっかく上げたVITが下がってしまうしな。


「スターゲイザーは……嘘だろ? 視覚消滅ってなんだそりゃ」


 続くスターゲイザーは、圧倒的な魔法の射程距離と威力、そして近づくだけで盲目が付与されるという化け物のような種族だが、代わりに自身が常に盲目状態である、というデメリットを背負っている。


「これあれか……種族スキルに『浮遊』があるから、敵の攻撃が届かない空高くに浮上して流星のごとく超威力の魔法をばらまきまくるってスタンスだな」


 字面に直すとかなり鬼畜だ。攻撃圏外からひたすら魔法を降らせ続けるだけで敵が死ぬ。言うなれば目を瞑って両手に構えたマシンガンを目の前の敵にひたすら撃ちまくるようなプレイスタイルだ。……かなり人間に嫌われそうだな。町の上とかで定期的にそれをやらかしたら指名手配待ったなしだわ。

 屋外でソロプレイならともかく、パーティーのタンクをしている俺からすれば味方を撃ち抜く案山子かかしになるなんて選択は無理だ。


 だが、非常に惜しい。もし俺がタンクをやっていなければ確実に選んでいただろう。それほどまでに合理的で隙のないスタンスだ。


 さて、お次はお待ちかね……ユニーク種族ルーン・ライヴズだ。ユニークからの進化なのにユニークが出ないとかだったら本格的に頭を抱えていたが、どうやら何らかの条件は満たせたようだ。

 ホクホク顔で種族の詳細を開く。


ユニーク種族『ルーン・ライヴズ』

命の形と輪廻の円環を理解し、生命の根源に至った精神体の成れの果て。

本来は存在しえない特異個体ユニーク

膨大な生命を糧に、すべての命を嘲笑いながらその魂を書き変える。

彼の嘲罵ちょうばに時折顔を見せる感情は、どうしてか悲痛な物なのだ。


警告:この種族は死亡する度にステータスが減少します。


 うぉぉ……多分強い。……ん? いやまて、何かとんでもないことが書かれてるんだが。


 相変わらず非常に壮大なフレーバーテキストに苦笑いしつつ、スターゲイザーと同様に現れていた警告表記に目を丸くした。ステータス減少とかマジか……魂が削れる的な判定なのだろうか。どれくらい減るのかにもよるが、かなり厳しい種族だと言わざるを得ない。最悪悪循環に入ればステータスがシェイプオブライフより低くなる可能性だってあるのだ。


 だがしかし、説明に登場する「膨大な生命」が非常に気になる。命の輪郭を冠するシェイプオブライフですら進化後はとてつもなくステータス変動していたのだ。それが更にどう変化するか……見たところ魔法や呪術関連にデメリットや制約が発生するとは思えない。

 要は死にさえしなければ良いのだ。……これから先死ぬことが全くないとは全く保障できないが。どちらにせよこの種族以外はあまり選んでもしょうがない物だし、覚悟を決めるとしよう。


「ふー……はー……カルナ」


「何かしら?」


「お先に行くぜ」


「あら、そう」


 恐らく大量に余ったSPをどう処理しようか悩んでいたカルナに進化を伝えると、淡白な返事と共に小さく手を振られた。それを目に納めてから、ゆっくりと進化先をルーン・ライヴズに設定すると、俺の意識は急速に闇に落ちた。



―――――



 目を覚ますとまたもや真っ暗な空間だった。地面に寝そべったような態勢だったので、ゆっくりと体を起こして辺りを見回してみるが、全くもって何もない。墓守の眠る場所を思い出させる暗さだ。それを言うなら前回の進化と殆んど同じ状況だが。


「暗い……ついでに寒い」


 どこまでも空虚に広がる闇は酷く冷たい。ひたすらに寒いし暗いしでかなり嫌な気分になっていると、最初の時と同じように、空に白い文字が浮かび上がった。たった一文字だけ、こう書いてある。


『 命 』


 続いて、その下にも文章が現れたが、それはパソコンで打ち込んだような綺麗な字ではなく、殴り書きしたような雑な字体だった。


『そんなものは、無意味だ』


 次は上に文章が現れる。一字一字がガタガタと歪んでおり、大きさも位置もバラバラで非常に読みにくい。


『無価値で、空虚だ』


 その言葉を引き金に、『命』の回りに次々とぐちゃぐちゃの文章が浮かび上がった。絵の具を入れたバケツを引っくり返すように、書道の筆を乱雑に押し付けるように、幾つも、幾つも白い言葉が浮かんでいく。


『虚構だ』

『所詮は入れ物にすぎない』

『玩具に等しい』

『有象無象の一つでしかない』

『神秘性なんて欠片もなかった』

『下らない』

『足掻いてばかりだ』

『本当に無意味だ』

『結局は朽ち果てる』

『僕にはどうしようもできない』

『小賢しい上に見苦しい』

『単純なくせに無駄に複雑だ』 

『時々光ることがある』

『それでもやっぱり、無価値だ』

『アホらしい』

『世界だってそうだ』

『残酷極まりない』

『無慈悲で、冷酷』

『そんな世界にさらされる命は、きっと幻想の一部だ』


 何度も何度も何度も。空に、地平線に、地面に、白い文字は浮かび続けた。無意味だと叫び続けて、無価値だと殴り書いていた。

 その様子に途方もない戦慄を感じつつも、どこかそれらの言葉は悲しみに濡れているように感じた。泣きながら叫んでいるように感じられた。


 世界が、白く塗りつぶされていく。誰かが叫んだ声で白んでいく。文字と文字は重なりあい、塗り潰し合い、やがて世界は真っ白な空間と化した。身を縮めるような寒さは、もうなくなっていた。

 あまりに急な展開にしばらくぼおっとしてから、確かめるように言葉を紡いだ。


「結局ここは――」


 何処なんだ? そう言葉を繋げようとしたが、それより先に俺の瞳が白い空間に一人のを見つけた。それを表現するなら、まさしく影。真っ黒な人間が、ゆっくりとこちらを見つめていた。驚きで固まる俺に、影がゆっくりと腕を持ち上げて、俺を指差した。


 それと同時に、その影の真後ろに真っ黒な文章が浮かんだ。先ほどと全く逆の展開に、思わず目を擦った。誰だこいつ……前回しゃべってたシェイプオブライフの中の人か?


『けれど、もし』


 空の字は鉛筆で書いたような情けない文体だった。か細く、小さく、地味で……それゆえに、誰かの小さな願いのような印象を俺に与えた。

 空に、言葉が浮かび続けていく。


『命が煌めくというなら』

 『ああ、そうだ』

『まだ終わらないというなら』

 『忘れていたよ』

『前に進むと言うなら』

 『命がなんなのかを忘れていた』

『這いつくばれ』

 『先へ進もうと足掻くんだね』

『へりくだれ』

 『廻って消えて廻って』

『血反吐を吐いて進め』

 『醜く足掻く物だったね』

『進め』

 『信じられないぐらい醜いよ』

『進め』

 『バカらしい』

『進め』

 『それでも君が前を向くというのなら……』

『そして』


 影は小さく笑った様に見えた。急速に世界が黒に塗りつぶされ、同じく俺の意識も食い潰されていく。必死に開けた瞼の向こう側に見えた文章はたった二つ。


 『いつか、僕を見つけてね』

『 生きろ 』


 それを最後に、俺はまたもや意識を失った。



―――――



「……現実に戻ってきたのか?」


 真っ黒な世界が二つに割れたと思ったら、普通に俺がまぶたを開けただけだった。辺りに墓守の装備が落ちている。視線をあげると、心配そうな表情を浮かべていた。


「進化って他から見るとこんな感じなのね……」


「カルナの場合はすごい早さで体がビルドアップされてたぞ」


「言い方に悪意を感じるわ。……今さらだけれど、貴方の本体を私は初めて見たわ」


 物珍しそうな瞳で俺の本体をジロジロ見つめるカルナ。確かに俺とカルナが遭遇してから、今の今までずっと戦い続けていたから、装備を外した本体などカルナは見たこともないだろう。

 俺自身はあまり体をみられる事に抵抗はないが、ムキムキの女軍人のゾンビみたいなカルナにジロジロ見られているのはかなり怖い。手持ちぶさたになって自分の頬を掻いた時、自分の本体が目に写った。


「おぉ……? 体色が白よりの灰色になった?」


「まるで漂白されたカビね」


「すこし前は真っ黒だったから完全にカビだったぞ」


「ふふふ……進化で浄化されてるわね」


 口許に手を当てながら笑うカルナの見た目と行動のギャップに変な顔をしつつも、自分の手足をしっかりと確認する。少しからだの体積が増えた……? 俺の体はいつも通り地面から生えた枯れ木みたいだが、その色が濁った灰色から澄んだ灰色に変わった。空の雲みたいな真っ白さじゃなくて、表現のしにくい灰色だ。地味だな。


「さて、ステータスを確認……あ」


「どうかしたのかしら?」


「俺、ヤバイかもしれない」


 忘れていた。忘れていたよ。あれほど気を付けていたのに。恐れていたのに……完全に禁忌サイドの進化をしてしまった。

 ステータスへの期待三割、恐怖と緊張七割にステータスを開く。と、同時に、俺はゆっくりと地面に膝をついた。


ーーーーーーーーー

ライチ 男 【死神の親愛】

ルーン・ライヴズ 種族Lv26 中級呪術騎士(転職可能)職業Lv28

HP 855/855 MP 1025/1025


STR 1

VIT 450

AGI 1

DEX 10

MAG 420

MAGD 400


ステータスポイント


【スキル】 SP1


「中級盾術7」「中級呪術6」「心眼3」「持久11」「詠唱加速5」「詠唱保持-」「不動2」「鑑定4」「呪術理解8」「状態異常効果上昇:大」『生存本能』「瞑想2」「魔術理解3」「耐久強化4」「魔力強化5」


【固有スキル】【種族特性】


「物理半無効」「魔法耐性脆弱:大」「詠唱成功率最高」「魔法威力上昇:中」「MP回復速度上昇:大」「HP自動回復:極大」「中級闇魔法7」「変形」「精神体」「禁忌魔法5」「硬化」「吸収の一手」「円環の主」


【装備】

左手

右手

指 白磁の指輪

ーーーーーーーーー


 ステータスの成長は凄まじい。HPはほぼ二倍になったし、MPはなんと四桁に乗ってしまった。VIT等のステータスの伸びも悪くない。一番のニュースは固有スキルの欄から『浄化耐性脆弱:致命』が消えたのと、『魔法耐性脆弱:致命』がランクダウンして大になってくれたことだ。これで少しは即死の危険が薄まる。


 命の形にとって代わる新スキルとして「円環の主」スキルが手に入った。効果が楽しみだ。


……あぁ。


【ルーン・ライヴズは命を弄び、世界を嘲笑あざわい続ける邪悪の化身――】


【故に貴方は……禁忌の沼に身を浸からせた】


「やべぇよ……あとちょいで、ってか多分次下手なことしたら俺のキャラがとんでもないことになっちまう……神から雷落とされそう」


「大丈夫よ。いざとなれば私の鎚……拳が神を殴り飛ばすわ」


「雷速に反応できるとかカルナ強すぎだろ」


「ふふ、下方修正必須ね」


 馬鹿げたことを言って気を紛らわしてくれているカルナに内心感謝しつつ、禁忌のことについて伝えると、彼女は思案顔でしばらくなにかを考えてから、こう言った。


「諦めましょう。どうしようもないわ。流れに身を任せたほうがゲームは面白いわよ?」


 バッサリと切り捨てられて突っ込みそうになったが、よく考えれば全くもってその通りなのだ。俺が禁忌に対して取れる対策はほぼない。ロードに聞いても多分意味はないだろう。対策法があるなら、最初の時にどうにかしてくれてただろうしな。

 俺はゲームを楽しむと誓ったばかりなのだ。ゲームにのまれて本質を見失ってはいけない。


「確かに、どうしようもないか」


 ぼそりと呟くと、カルナは大きく頷いて口を開いた。その表情は期待と喜色が滲んでいる。


「さて、私もそろそろ進化するわ」


「わかった。見てるよ」


「……くれぐれも変なことはしないようにね」


「しないよ」


 即答した。流石に今のカルナに欲情できたらすごいと思う。もしそんな奴が居たら、自己保存本能の化身のような奴だなと、素直に侮蔑ぶべつと尊敬を送る。

 俺の回答にカルナは少し機嫌を悪くしていたが、まあいいわ、と水に流してくれた。


 さて、カルナはこれから進化する。俺はスキルを確認した後に転職をしよう。恐らく上級呪術騎士になるだろう。上級の呪術と盾術が楽しみだ。そのあとはカルナの転職を待ってロードの所に行き、クエスト達成報酬を受け取りにいこう。

 確か纏まった金と、蘇生ポーションのレシピ、ポータルの解放?と絆の輝石とやらを貰える筈だ。


 それからどうするかは着の身着のままでいこう。ダンジョンとか探してみたり、更に北に行ってみたり……王都に偵察に行ってもいいかもしれない。

 これからの予定を立てつつ、二人揃って動き始めた――そのときだった。


「うわぁ! 凄い! 綺麗な景色になってる!」


「姉ちゃん、この場所時と全然違うよな」


 …………え?


「なんか沢山人が歩いてるよ。ドラゴンも居るし、本当に全部変わってるな」 


「嘘!? どこどこどこ!?」


 待てよ……え、マジで? 今、このタイミングで?



 ――知らないプレイヤー二人がフィールドにポップした。



 カルナが驚きで目を見開いている。俺も装備を回収しようとしていた体の動きが完全に止まった。こういう時、俺の頭の回転は非常にスムーズだ。体の動きや呼吸、瞬きに割いていたリソースがすべて思考に向かうのかわからないが、思考が最高にクリアになる。


 人数は二人。片方は騎士鎧を着てて、もう片方はゴーストかレイス。姉と呼んでいるから血縁関係があるようだ。前に来たことがあるということはカルナと同じく復帰勢だろう。

 騎士の装備は多少傷ついているが間違いなく初期装備だ。加えて剣を持っているということは盾士系列ではなく剣士が混じっている。順当に考えれば騎士か暗黒騎士、聖騎士とかだろうか。

 片方は素手で防具は勿論なし。魔法使い系統だろう使う魔法は不死者だから光属性以外……レイスとゴーストが初期に扱えるのは俺と同じ中級闇魔法。


 落ち着け……取り敢えず二人の内一人が人外なのは確定だし、戦闘にはならない筈だ。相手の戦力を分析してどうする。視線の先の二人は回りの景色に見とれてこちらに気づいていない。

 急いで騎士装備の中に憑依して装備する。俺の動きを見たカルナがハッとした様子で武器を構えた。いや、違うわ。なんで戦う感じになってんだ。お前が武器振りかぶると普通に威圧感あるから止めろ。

 慌ててカルナの肩を叩こうとしたら、腕がうまく曲がらない。……ん? いや、これ――


「やべえ、右手と左手の籠手逆に着けてた……」


 逆間接みたいになってしまっている。まずは籠手を外してからもう一度つけ直し――


「姉ちゃん! 後ろ! 誰か居るよ!」


「え? ……うわぁぁぁ!! ぞ、ゾンビだぁ!」


「姉ちゃん、それ前にも言ってたじゃん。そろそろ慣れてよ」


「見て! あの人の鎧逆だよ!?」


 最高に最悪なエンカウントだ。俺の呟き声でバレちまったか……取り敢えず二人に向き直って話をしよう。ゆっくりと体を前に向けて口を開こうとしたが、どうにも違和感がある。

 なんかシャツを前後逆に来たときみたいな……あ、胴体の鎧も前後逆だったぁぁ……。


 やばすぎるだろ。胴体の前後逆で籠手も反対とか素人の作ったロボットか間接を外された幼児用の人形みたいになってる。

 カルナが云々言う前にまず俺のほうが百倍ヤバイ格好してるじゃねえか。俺の様子に気づいたカルナが片手で口許を押さえて肩を振るわせ始めた。めっちゃいい笑顔をしている。この女……。


 叫ぶゴーストの姉と、冷静に突っ込む弟。向かい合うは大笑いしながら片手でスレッジハンマー構えたムキムキの女ゾンビと前後左右逆のアシンメトリー鎧ファッションをした呪術騎士。


 余りにもカオスな状況で、俺が発せた言葉はただ一つ。


「俺は……怪しい者じゃ無い」


「え、そうなんですか?」


「絶対嘘だろ!?」


「うふふ……あははは」


 カルナが笑いながら崩れ落ちた。あとで絶対魔法を撃ち込んでやると心に誓いつつ、警戒を解いた弟と、そんな弟に大声で突っ込む姉の二人をどう処理するかを考え始めた。

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