第28話 金の太陽、銀の大楯。

 最悪だ最悪だ最悪だ。囲まれた上に陣形が崩れている。雑魚は最悪ロードが相手をすれば良い。だがそのロードを守る立ち位置にいるはずの俺はほぼ瀕死だ。この状況で、カルナとロードをサポートしつつ、周りの雑魚を処理するまでレオニダスの注意を引く……?無理ゲーにもほどがある。


 だが、それをやらねば誰かが間違いなく死ぬ。


「カルナ! ロードを守れ! 俺はレオニダスを引きつける!」


「馬鹿じゃないの!? ライチ、あなた瀕死じゃない!」


「俺がやらなきゃ確実に全滅するだろ」


「……分かったわ。任せるわよ、全部」


「ライチさん、カルナさん。来ますよ」


 レオニダスが金の槍を掲げた。穂先には赤々とした月。そして、その矛先が墓守であるロードに向かう。黒い髑髏が顎の骨を鳴らした。


「カノモノヲ討テッ!サスレバ我ラニ勝利ノ美酒ガ注ガレヨウ!」


 周りの取り巻きたちが一斉に骨を鳴らしてロードに詰め寄る。ロードが銀の光でそれらを迎え撃つが、流石に背中までは手が回らない。その白い背を穿とうとした骨どもは、次の瞬間木っ端微塵に砕け散った。


「助かります!」


「いいわよ。大失態をやらかしたのは私の方だし、せめてこの場で挽回ばんかいさせて頂戴?」


「では、背中はお願いします!」


 その言葉を最後に、二人の会話は無くなった。その二人に、迫る大きな影が一つ。眼孔にサファイヤを彷彿とさせる激情の炎を湛えた英雄、レオニダスだ。その金の穂先は、ロードの方に向いている。


「散レ! 墓守ノ血族ヨ!」


「散らせるかよ」


 大分HPはカツカツだが、骨の一つや二つ、止められないで盾を名乗れる訳がないだろう。目の前に立ち塞がった俺に対して、レオニダスは面白そうにこちらを睥睨すると、俺の心の臓に槍を定めた。


「面白イ! 伽藍堂ノ騎士ヨ! 我ニ貴様ノ全力ヲ見セテミヨ!」


「言われなくてもそうするさ! 『ディフェンススタンス』、『フォートレス』、『吸収』」


「猪口才ナ!」


 取り敢えず戦闘開始前に掛けられるだけバフとデバフを用意したが、いつもは頼れる『吸収』が、レオニダスの体に触れる前に金の盾に受け止められ、『抵抗』の文字が浮かんだ。魔法弾くタイプの盾か……? だとしたら相当厄介だぞ?


 レオニダスはこちらの準備が整った事を見抜くと、大地を踏みしめ、金の槍を突き出してきた。俺の残存HPは半分ちょっと。恐らく一発では抜かれないだろう。


「……っく。軽いな」


 鋭い一撃は確かに脅威たり得るが、重さはグレーターゾンビやメルエスに比べて遥かに軽い。代わりに雑魚敵と盾、スピードと知能が備わっているが、盾役をこなす分には何一つ怖いことはない。


「その程度か? 温いぞ」


「ホザケ! ナラバ騎士ヨ、太陽ニ灼カレルガヨイ!」


 槍の穂先から、炎の玉が三つ出現した。ファンネルのように盾の守りきれない側を守るその火球は中々の火力を秘めいているように見える。……魔法まで使うのか。厄介だな。万が一にでも盾で防ぎきれなかったりしたら即死は免れないだろう。なんといっても俺は『魔法耐性脆弱:致命』持ちだ。間違いなくダメージニ倍セールと合わせて一瞬で死ぬ。


 歯を食いしばって盾を構え直した。レオニダスが生み出した火球が変則的な動きを混ぜながらこちらに近づく。上、左、右。どれもこれも時間差がある上に曲がる。更にはそれに合わせてレオニダスが虎視眈々と槍を構えている。隙を晒せば即座に穿たれる。避ければ後ろのロードに火球が向かう。いやらしい行動だ。


「これだから知識を持っているモンスターは……苦手、なんだよっ!」


 一発、ニ発、三発と盾で受け止めた。盾に熱が移動して酷く熱くなっているのを感じる。げぇ、これ生身の騎士だったら盾落としちまうな。この体でよかった。文字通り小さな太陽のような火球を受け止め切った……その瞬間の、その油断にも似た緩み。下から盾を避けて抉るように槍が迫る。くそっ、姿勢を低くして視界を切ったのか!


「……ッ、盾が――」


「甘イ」


 無理やりその一撃を受け止めると、槍が突如その力の向きを変え、押しのけるようにして俺の盾をずらした。深い技巧を感じさせる一撃だ。そのまま金の槍は俺の体の中心を射抜くように突き立てられ、俺はその衝撃に吹っ飛ばされた。


 たちまち抉れるHPに冷や汗が飛び出る。不味いな……同格だろうと侮っていたが、よくよく考えれば俺とレオニダスではレベル差が10近くある。グレーターゾンビはロードの火力、カルナの機転があって初めて対等だったが、今はこちらが劣勢で、一対一で戦わなければいけない。

 何もかも、状況が違いすぎる。死ぬ気でやらなきゃ一瞬で詰む。


 墓守の鎧の胸部装甲をさすりながらレオニダスの方を見る。またもや展開された三つの火球が、こちらを嘲笑うかのように燃えている。金の盾は傷一つなく、金の槍は相変わらず俺を捉えて離さない。そしてその両目に宿る炎には、執念にも似た闘争心がありありと燃えていた。


「サア、来タレ。我ヲ止メルノダロウ? 伽藍堂ノ騎士ヨ。ナラバ、一騎当千ト謳ワレシ我ヲ止メテミヨ!」


「ああ、やってやるよ。この先には絶対に行かせやしない」


 真後ろで銀の光線と唸るような女の声が聞こえた。まだ二人は立て直せていないようだ。せめて二人が落ち着けるまで時間を稼ぐ。泥臭くとも、惨めでも、俺は盾だから。


「……『ダークアロー』」


「ヌ?」


 久々に魔法を打った気がする。今までメルエス、グレーターゾンビと、魔法が殆ど意味をなさない相手ばかりだったが、今回は分からない。使われなかったMP達が大暴れをするだろう。

 俺のダークアローを火球の一つを使って止めたレオニダスだったが、何やら違和感を感じたご様子だ。それにわざわざ付き合ってやる意味も無い。


「『シールドバッシュ』『ダークボール』、『ダークアロー』、『毒』、『魔法耐性低下』」


「クッ! 貴様、騎士ノ格好ヲシテイルガ、魔法使イノ類カ!」


 距離を詰めてダークボール。火球二つを潰したところにダークアローを撃ち込むが盾で防がれた。盾の隙間を縫って足に毒と魔法耐性低下を打ち込んでみると、なんと状態異常がかかった。

 やはりあの金色の盾は魔法全カットっぽいが、代わりに本体には状態異常がかかるぞ。新たな発見にニヤリと笑みを浮かべようとしたが、レオニダスはバカでは無い。遠距離戦がこちらに分があると見ればすぐに近接に持ち替えるだろう。ここからが正念場だ。


「ヌン! ハァッ!」


「くっ……オラァ!」


「太陽ヨ!」


「『ダークボール』! 『ダークアロー』!」


「ヌゥ!」


 巧みな槍捌きと高威力の魔法が俺を襲うが、魔法は魔法で、攻撃は盾を使って全ていなす。しばらく火球の弾ける音、ダークボールの空洞音にも似た音と、ダークアローの折れる音、鉄の打ち鳴らされる音が響き続けた。

 力より技を、そして速さを。そんな思いを感じる槍を捌くのは非常に手こずったが、致命的な隙は魔法でカバーして、なんとか戦闘を続行する。


 俺がやっているのはその場しのぎの戦い方。相手の動きに合わせたカウンター。後手に回り続ける消耗戦だ。それでも俺は耐え続ける。勝利のために、彼女らが雑魚を始末し終わるまでの時間のために。

 ――そして、この墓地の全ての為に。


「この盾、抜かせはしない!」


「イイヤ! 我ガ! 我コソガ撃チ抜ク! 貴様ノ闘志ヲ撃チ抜イテミセヨウ!」


「かかってこい! 赤い月が登るまで付き合ってやる!」


金の槍の向かう先は、銀の大楯。蒼の双眸が、灰色の俺の『目』を、一分とずれずに射抜いていた。

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