◆第八章◆ 砂塵とともに(9)

 黒く焼け落ちた大樹にライフル銃を立てかけ、傍らに一冊の本を寄り添わせる。

 墓標替わりに置かれた一本の酒瓶と六つの石がそれを取り囲んでいた。

「終わったぜ――エレナ。アレンが、それに子供たちが――みんなが正しい結末を綴ったんだ」

 そして――ニールが見守る中、ディーンは一粒の果実を取り出す。

 初めて街に来た日、大樹から摘み取ったオリーブの実だ。まだ若く薄緑だったそれは、すっかり色づき紅緋に染まっている。

 しゃがみ込んで、潤いを失った土を掘り起こす。そして穴の中にそっと紅の実を置き、優しく土をかけた。

 目をつぶるとディーンは紋章を握り、祈りを捧げる。

 終わることのない平和と、聖樹と共に生きる人々の繁栄を、どうかこの地にもう一度。

 いつかきっと――その日は来る。だから強く――強く祈ろう。

 ――――。

 だが――失われた者は決して戻らない。

 エレナも、アレンも、ホセも、子供たちも。皆の顔が浮かび――

 ぽたりとおちた一滴の輝きが、大地に滲みを作った。続く涙が溢れ出して止められない。

 ただひたすらに、何一つ守れなかった己の無力さを懺悔する。

 熱い雫が頬を伝い、悔恨のあとを深く刻み込もうとこぼれ出したとき。

 優しく風が吹き、それを拭い去る。ぱらぱらと本が音をたててめくれ上がった。

「――――エレナ……?」

 目を開け、顔を上げると――

 眩い日射しの中で豊かに萌える大樹と、笑顔で佇むエレナたちの姿が見えた。

 ――――!

 ディーンはとっさに手を伸ばすが――もう。

 もう――それは消えていた。

 幻覚……? いや――あれは……

 ニールが静かに足を進め、ディーンに寄り添う。

「ああ――そうだな、ニール」

 ディーンは天を見上げる。霞んだ晴れ空に青い輝きが舞い――溶けるように消えていくのが見えた。


   ◆◆◆


 砂塵の中に消えゆくその背を見送りながら。

 最後のページに刻まれた言葉が風に乗って響く。

 …………


 追記。

 最後にわたしの奇跡の体験を書き記し、この本を締めくくりたい。

 その人は風のように現れ、わたしたちに平和と勝利をもたらしてくれた。

 そしてどんな困難でも乗り越えられる人間の強さと、素晴らしさを教えてくれた。

 わたしは忘れない。街の為に祈りを捧げ、人々の為に戦った彼女のことを。

 奇跡の出会いに感謝し、そして彼女に敬意を表して。この言葉を贈りたい。


 親愛なる友人。オリヴィア・ディーン・ヴァルハに祝福を。


                          Elena.Price

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TRIGGER’z[トリガー'ズ] -砂塵に散るは神々の懺悔- 破魔 恭行 @kyotaro_masutaka

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