腐れ縁の優秀で黒髪ロングな美少女と平均男子な俺がただ駄弁るだけのお話。

惚丸テサラ【旧ぽてさらくん。】

腐れ縁の優秀で黒髪ロングな美少女と平均男子な俺がただ駄弁るだけのお話。



 先生不在の教室では、自習の時間にもかかわらずシャーペンのカリカリとした音や、ちらほらとクラスメイトの話し声が聞こえていた。



「………………」



 高校生として迎えた二回目の春。もうすぐでテストも近いので、現在俺はなるべく良い点数をとれるように必死に机に噛り付いて勉強していた。


 俺の名前は石動浩太いするぎこうた。苗字が少しだけ格好良いことに関しては密かな自慢なのだが、それを除けば、勉強や運動するにもそのどれもが平均点。さらに容姿も中肉中背、顔面偏差値まで平均ときた。


 小さい頃から特技に秀でている物も特になく、何をするにも下手ではないが上手くも無い。成長すればいずれ、という思いもあったが経験値は上がれど能力値は比例せず、高校二年生になった今でも変わらなかった。


 人間誰しも得意不得意があるが、特に『一芸に秀でた』人間は俺にとって羨望の対象だ。秀でている、ということは強みであり、将来の伸びしろがあるのだから。


 中学から俺のことを知っているいくつかの奴は、いつしか俺のことを『アベレージ』というあだ名で呼ぶ。やがてそれが学年中に浸透していくのは時間が掛からなかった。

 そう呼ばれることに特に嫌悪感は無いのだが、正直まったく嬉しくない。


 内心溜息を吐きながら開いていたページを英文で埋めていると、腕をちょんちょんとつつかれる感触があった。


 顔を上げつつ隣を見てみると、若干申し訳なさそうにしながらもうっすらと笑みを浮かべた女子が両手を合わせて俺を見ていた。



「ねぇ浩太こうたー。歴史の教科書忘れてきちゃったから見してー」

「またか。……ったく、お前のその忘れ癖はいつになったら治るんだよ? ほれ」

「センキュ浩太! 愛してるぜっ!」

「はいはい」



 そう元気に軽口を叩く隣の席の女子の名前は黒川衣華くろかわきぬか。さらさらで絹のような綺麗な黒髪が特徴的で、誰もが振り向く容姿端麗な圧倒的美少女。さらに頭も良く運動神経も抜群、何をやらせても上位の成績を残すほどの実力を秘めている、天から一物どころか二物以上を与えられた存在だ。


 さらに彼女は誰にでも親切で明るく、悩んでいたり困っている人を放って置けない性格。一つの欠点を除いて、そんな性格な彼女であるから非の打ち所がないパーフェクトウーマンとして知られている。


 ……いや矛盾してないか? 周りの認識では完璧に近く優れているらしいが、なんで欠点のこと誰も噂してないんだ?


 俺はふと横切った疑問に首を傾げるが、きっとその欠点は彼女の優秀さによって打ち消されているのだろう。



 そもそも何故すべてにおいて平均的な俺がそんな彼女と親しげに話すことが出来ているのか。



「浩太ー、鼻水でそう。ティッシュ持ってないー?」

「持ってるぞ。……あ、まだ肌寒いしカイロもいるか?」

「いるいるー! さっすが浩太ぁー、小中高一緒なだけあって私のこと良く分かってるねぇ!」

「しかもずっと同じクラスで、席替えしても毎回となりの席になるんだから、そりゃ嫌でもお前のこと分かってくるわ」



 ぺらりとページをめくりながら視線を教科書に落とし、復習する英単語や英文を確認。俺は書き込みを再開しながら何気なくそう答えた。


 実は彼女は季節を問わず寒さを感じる冷え性なのだ。いつからかは忘れてしまったが、俺がカイロを常に持ち続けるようになり、彼女が発するサインを見つけては渡すように心がけている。


 不思議にも衣華きぬかと俺は何をしても一緒になる機会が多い。席替えや部活、委員会や互いの趣味嗜好までも、だ。まさに驚異的な天文学的な確率。


 衣華と関わる確率が高いのならいっそのこと宝くじでも当たって欲しいが……前世の俺はいったいなにを仕出かしてしまったのだろうか。


 俺と衣華の間に謎の沈黙が流れるが、それは数瞬。



「……あははっ、なんかきもー。あっ、でもでも美化した表現を用いるなら『運命』と言ってもいいねぇ? こう、切っても切れない赤い糸で互いが結びあってるぅ……みたいなさ!?」

「おいおいさらっとディスるんじゃねぇ。あとさすがに運命っていうのはこじつけすぎ、俺らはただの腐れ縁だろ? ……女子ってそういうロマンチックなモノに憧れるよなぁ」

「あ、それ差別だよー? 相変わらず浩太は現実主義なヤツだねぇ。……あ、ロマンといえば浩太はなにか夢とかある? そいえば聞いたことないなー?」

「そうだな……宝くじで億超え当選したい」

「それ誰しもが一度は考えるフツウの夢じゃーん!」



 けらけらと声をあげながら顔をくしゃりとして笑う衣華。小刻みに肩が揺れる度に綺麗で艶やかな黒髪がなびく。


 つーか宝くじの一等が当たることなんて低・低・低確率で滅多にないんだから普通の夢じゃないだろうが。ビッグな夢だろうが。ん……いや、ありきたりなっていう意味だとこれは普通の夢なのか。もしかして衣華が言っていたのは将来的な職業って意味だったのか?


 ……まぁいいか。



「そういうなら衣華きぬか、お前は何か夢とかあるのかよ」

「私? うーん、そうだなぁー……」



 ちらりと彼女を見ると、空中に視線を彷徨わせながらうーんうーんと唸っていた。衣華のことだ、きっと優秀すぎて将来的な選択肢が豊富ゆえ悩むのだろう。


 俺は彼女へと意識を向けながらも、ノートと教科書を交互に見ながらテスト範囲を復習していく。

 今まで衣華とは授業の合間休憩や昼休み、放課後にたくさん話をした。大体テレビや動画の話だったり、その中の例えを用いた互いの価値観の話ばかりだったから将来的な話は一切していなかった。


 小学校入学時から身近にいたそんな彼女の夢。気にならないというのは嘘になる。



「ま、"忘れ癖"っていう欠点を除いて何をしても優秀なお前だからな。さぞかし大きな夢を抱いているんだ―――」

「―――お嫁さん」

「………へ?」



 不意に衣華きぬかの口から飛び出た言葉に、俺は思わず握っていたシャーペンをノートの上に落としてしまう。同時に隣の席の彼女へと視線を向けると、衣華はどこか浮かれたようにしながらぽーっと上を向いていた。耳も僅かに赤い。


 呆けた顔をして固まっていた俺。視線の先の衣華はすぐさまはっとしたような表情になると、慌てたように手をわたわたしながら不自然に目を泳がせて言葉を紡いだ。


 ……え、なにその顔。



「って答えてたらフツウにベタ過ぎて逆に面白いよねー、って話よ! もうアイドルかっていうねー!? そもそも私くらいになると料理なんてお店を出せるくらいのプロ級の味だし? 掃除洗濯は効率性を重要視したハウスキーパー並みの実力だしぃー?」

「あ、あぁ……確かに、そうだな」

「あははー、冗談だよ冗談ー! まだ決まってないんだから真に受けないでよぉ恥ずかしいー」

「わ、わかった」



 衣華は廊下側へと顔を背けると、「あちゅいなー」と言いながら自分の片手を団扇うちわのように見立ててぱたぱたと仰ぐ。


 一方、そんな様子の彼女を見て俺は内心酷く動揺していた。心臓をばくばくとさせながら心の中で整理する。



(ちょっと待て落ち着け冷静になれ俺。何の因果かこれまでずっと衣華と隣の席だったが、こんな反応を見たのは初めてだぞ……? これまで衣華の様々な仕草を読み取ってきた俺だけど、彼女が冗談だと口にした『お嫁さん』という言葉は冗談では無くガチトーンだった……。つまり、だ)



 これまで衣華はモテるにもかかわらず、すべての男子の告白を断ってきた。以前中学の時そのことを訊ねたら「だって好きじゃないし、興味ないもん」と言っていたので、色恋沙汰には興味が無いのだろうと思っていたのだが、この様子を見る限り俺を思い違いをしていたのだろう。つまり、だ。



(衣華には、実は想いを寄せる異性がいるのか―――!?)



 俺はいつの間にかテスト勉強そっちのけで衣華のことを考えていたが、彼女はその間に気を取り直したのかちらちらと俺を見ていた。



「そ、そういえば浩太こうたー。私の髪を見て気付いたことは無いかな?」

「気付いたこと……?」

「みてみてー。ふぁっさぁ……!」



 そう言うと彼女は自分の背中に流れる黒髪を根元からすくい上げ、空気に浸すように優雅に払う。絹の糸のように一本一本が艶やかで、細くも芯のある黒髪はさらさらとしながらも濡れたような輝きを秘めていた。


 モデルのようなその仕草に思わず目を惹かれそうになるが、終始浮かべる衣華のドヤ顔で台無しである。

 そして彼女は俺を見据えてを口角を上げた。



「ふふん、これがヒントだゾ?」

「……? 分からないな。俺にはいつも通りさらさらの綺麗な黒髪に見えるんだが……」

「あららそっかぁ、腐れ縁・・・の浩太でもこれは見抜けないかぁー。残念だなぁ?」

「………今日一日匂いが違うのはトリートメントを替えたからか? あと前髪を五ミリ、後ろは七センチほど切ったな? 当然・・、教室に着いた時から知っていたがわざわざ・・・・言うことの程でもないと思って言わなかったんだよ。はいはい可愛い可愛い」

「褒め方がいい加減だ!? 気付いてたんなら言いなよねー!」



 そう言って呆れたような表情になる衣華。そんなの一目見れば分かることだし、わざわざ口に出して言う程のことじゃないだろう。

 一瞬だけムッとしてしまったが、そもそも腐れ縁の部分だけ強調して煽ってきた衣華が悪い。俺とお前は長い付き合いなんだから気が付かない訳ないだろうに。



「もぅー、それにしても浩太ってば私のことよく見てるねぇ? フツウ男子ってこういう細かい変化気が付きにくいのに……あ、はっは~ん。もしや髪フェチ? 黒髪ロングが好きだから変化が分かるんだ?」

「別に俺は髪フェチでもなければ黒髪好きじゃないぞ」



 悪戯っ子のような笑みを浮かべる彼女だけど、俺はそう淡々と告げる。


 俺は別段べつだん黒髪ロングが好きなわけじゃない。かといって嫌いなわけでもない。衣華と一緒にいる時間が長いから普段気が付かない変化でも気付くことが出来るというだけだ。

 何においても平均的アベレージな俺だけど、きっとこの衣華限定の観察眼に至っては彼女と一緒にいる時間が培った特技と言ってもいいのだろう。


 俺自身、努力した証ではないので正直心境は複雑だが。


 ……そういえば衣華ってもともと茶髪に近い黒髪でクセっ毛だったんだよな。それで小学校でいじめられていたのを俺がかばったら良く話すようになって……。


 あるとき、放課後の公園で衣華と一緒にこっそりと持って来ていた少年漫画を読んでいたら、突然彼女は男子はどんな容姿を好むのかを聞いてきたんだよな。当時容姿とか髪型に疎く、大して異性に興味が無かった俺は、大体の男子が好きそうな黒髪ロングって答えて……。


 と考えていたところで、唖然としたような表情で固まっている衣華に気が付く。


 俺がどうしたのかを聞く前に彼女はぽつりと呟いた。



「―――え、浩太って、黒髪ロングが好きなんじゃないの?」

「え?」

「え?」













◇ある自習中の教室でのクラスメイト(女子同士)による会話



「まーたいちゃいちゃしてるよ。中学の頃から思ってたけど、きぬっちとあべれーじん、もういい加減くっつけばいいのにねー。始めはきぬっちの可愛さにちょっかい掛けてこようとした男子がいたけど、この二人の雰囲気がもう鉄壁のバリアで入ってこれないし。あれで付き合ってないとか全恋人に対して失礼だよ」

「二人とも、同じ教室の私たちやそれ以外のクラスメイトが気付いてないとでも思っているのかしら。アベレージ君は普段はぶっきらぼうだけど、衣華と話すときに限っては目元が優しいしなんでも気が付くし。衣華に至っては何をしても優秀なくせに彼の前でだけ忘れ物をするし。それがわざとってことなのばればれなのよね」

「まぁそれがきぬっちの甘え方なんだから可愛いよねー! しかも小中高同じクラス隣の席同士で今までずっと一緒っていうことは……これからも一緒の可能性大でしょ? やっば、やっぱりこれ運命の赤い糸だよ! 何重もの極太線で結ばれてるよ! ……うーん、もういっそ同中の私たちの手で強引にくっつけるしか……!」

無粋ぶすい真似まねはやめなさいぶっ殺すわよ」

「言い過ぎだよ!?」






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