第2話 後架への導き

私です。皆さん、私です。僧侶です。

私、生きておりましたよ。 ごえっぷ。


意識をなくしそうになった時は正直、死を覚悟しました。

誰一人として欠けさせたりしないと宣言しておきながら、まさか私自身が最初の一欠けらになるなんて、笑い話にもならないと。そう思ったのです。ごえっぷ。


私が勇者様と旅立つことが決まったその日、宣託の巫女様はおっしゃられました。

「ただ全てが回収されるにすぎないのだ。無駄な発言は死を招くものと思え。指針はそこにある」

私はなにか無駄な発言でもしたのでしょうか。回収とはいったい誰が、何を。

考えても仕方のないことですね。宣託の巫女様は私に勇者の指針となるようお言葉を贈ってくださったのでしょう。指針である私が欠けてしまうわけにはまいりません。 ごえっぷ。


意識が戻ったその時は、なぜか私だけ全身が水でずぶ濡れになっていたのですが、戦闘が終わった直後のようでした。勇者様のお話だと、魔族を倒し切るまで、そう時間はかからなかったようです。私の残り体力が相当に危なかったようですが、魔族たちが私を集中的に狙っていたスキを突き、手早く終えられたとのことでした。私という存在が、勇者の指針になれていたようですね。

意識がなくなる前にあった、あの気分の悪さは戦闘後に不思議と消えておりました。さて、皆さんも疲れているようですし、癒しの魔法をかけて回るとしましょう。あ、勇者様。また飲まされるんですね。ええ、大丈夫ですよ。はい。 ごえっぷ。


その日は無事に街へたどり着くことができました。ほとんどの街は結界で守られているため、魔族もそう安々と襲ってこれないようです。街の中にいる限り、私たちも安心して休息をとることができるのです。

そういえば、勇者様パーティについてお話できていなかったですね。

勇者様を筆頭に、男戦士、女魔剣士が前衛に立ち、女魔法使いと男僧侶である私が後衛から前衛のサポートを行います。私が気を失ったときは魔族が私たちの後ろから奇襲してきたため、私が集中して攻撃を受ける形となってしまいました。こういった奇襲に備えるため、後衛の二人は前衛とすぐ入れ替われるよう防具は軽いものを使います。ゆえに私はローブとお守りだけしか防具を使えません。まさかそれが仇になるとは。 ごえっぷ


早々に対策を考えねばなりません。幸い、他のメンバーは街に入ってから、新しく使えるようになった特技や魔法がどういったものか、どう使うのが有効的か確認のための練習を重ねています。私は今回新たに手にした力がありませんから、皆さんが特訓している間に対策を練ることにいたしましょう。死角からの奇襲に対してとれる手段は気配を事前に感知することでしょうか。いえ、私は武芸者ではありませんし、そんなことはできないでしょう。少なくとも最初の一撃は受けざるをえないようですね。では、続けてやってくる攻撃に対してはどうでしょうか?見えてさえいればなんとか避けられるかもしれません。実際、最初の攻撃があったことで私は魔族の襲撃に気付くことができました。そこから集中攻撃されたわけですが、一発でも避けていれば気を失うことなどなかったはずです。 ごえっぷ。


私は足を鍛えることにしました。戦士に足を鍛えるには走るのが一番だと聞きました。私は早速、走り始めます。これは、すごく、きついですね。さすが戦うことを生業とした戦士です。これだけ大変な試練を乗り越えてこそ得られる力があるのだというのですね。なにがきついかって、私の場合、やはりこのお腹でしょうか。お腹の中に入っているものが異常に重く、お腹を抱えながらでないと走ることはできません。バランスが崩れてしまうのです。体重も重くなっているせいでしょう、足にかかる負担が多くなり普段よりも速度が落ちています。足を前に進めることがこれほど難しい事とは。そしてなにより、来る!やって来るのです!来てはいけないものが!この焦燥感に耐えた上でなければ、攻撃を回避することなど到底不可能でしょう。常在戦場とはよく言ったものです。私は常に戦い続けねばならないのです。ですが、これは、度し難い!走る訓練をするだけのつもりが、非常にまずい状況です。早く、早くあそこまでたどり着かねば。くっ!これが神の与えたもうた試練というのですかっ!今回の試練だけは、絶対に、私の人としての尊厳を守るためにもっ!乗り越えて見せますっ!!あと少し、もう少しだけ、前に進めばよいだけです。それだけで、私は救われます……と、私を追い越して戦士がそこへ駈け込んでしまいました。


「すまん!緊急なんだっ!」


彼はそう言い残すと扉を閉めてしまいました。ガチャリと、容赦なく締まる鍵の音が聞こえます。私、が、私の方が緊急なんだよぉぉぉ!!!

トイレに、トイレに入りたいんだ……もう、限界なんだぁ……


私は耐えてみせます、この命失おうとも、人としての尊厳は守り抜くのです。

あぁ、気を失いそうです。あぁ神よ…………


オゲロロロラロロロロロララロロロロロ

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僧侶たちの黙示録 らしぇる @frashell

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