異世界で定住しよう

第5話 多種族国家アルガーン

 整備された石畳の地面。異国情緒漂う石造りの建物と立ち並ぶ露店。そこに並ぶ見慣れない食べ物にアクセサリー、武具の数々。そこはまさに。


「すげ……すごい!」


 ファンタジーな異世界だった!


 危ない危ない。危うく地が出るとこだった。俺は女の子俺は女の子。


「でしょ? ここはアルガーンっていう国でね、ヒューマンにエルフにドワーフ、全ての人族が一緒に住んでる珍しくて、世界一にぎやかな街なんだよ」


 手を引きながらケーデが自慢げに説明してくれた。


 確かによく見れば普通の人間のほかに耳の長いエルフや低身長だががっしりとした体格のドワーフ達が交じり、一緒になって活気を作り出している。


「今から行くところはギルドって言ってな、この国で王宮の次に立派なところなんだぜ!」


 ロイもにかりと笑って自慢げに言い、ダイモも頷いている。


 多分この三人はこの国が好きで、誇りに思っているんだろう。


 確かに人はみんな笑い楽しみ、働いている人たちはその仕事に正しく生きがいを見出し活気を作り出しているとすぐに見て取れる。そりゃあ自慢したくもなるだろう。


 俺もこういった風に働いていたら、違った生き方もあったのかもな。


 ――はは。別の世界で少女になって生きるよりも変わった生き方か。是非教えてもらいたいものだ。


 うるせーよ。まあ、これ以上の劇的な変化なんてねぇし、何よりちょっと憧れてたんだ。例えミスの結果だったとしても、感謝してるよ。


 ――……ふん。抜かしよるわ。


 お、照れたか? 今照れたかお前?


 ――煩いわ!!


 お前の方が煩ぇよ!


 ドラグニールといつもの調子で話しながら、ケーデたちと途中で露店の品物に目を引かれつつ歩き、やがて俺たちは彼らがギルドと呼ぶ建物についた。


 ここまでに見た建物はレンガなどの暖色系のものや、薄い茶色の石材の建物が多かったが、このギルドは高級感のある白い石材で作られていた。


 しかし何より、でかい。今の身長が低いこともあるが、窓を見る限り四階建てだが一フロアが高いのか最上階まで見上げると首が痛くなり、横もかなり長かった。


「ほら、こっちだ」


 ロイがドアを開けて中に入ると、俺はその光景に息をのんだ。


 入り口正面の奥には二階に続く幅広の階段があり、右側は中ほどでカウンターが置かれ、奥ではギルドの職員と思われる人が慌ただしく働いている。左側は酒場になっていて、こちらも店員が忙しなく動いている。しかし俺が驚いた理由は職員、店員以外のロイやケーデ、ダイモ達と同じく冒険者の人達にだ。


 重厚な装備や威圧感を放つ武器。鍛え抜かれた肉体を持つ正に冒険者! という人たちが昼間から酒をあおり豪快に楽しんでいる。


 外の風景や軽装備のロイたちの姿は言ってしまえば元の世界でもありえなくはない光景だ。しかし彼ら剣や魔法で戦う冒険者はありえない存在。元の世界とは決定的に違うと告げる衝撃度は正直ドラグニールを見た時と同じくらいだ。


「じゃあ私たちはクエストの報告してくるから……あっちはダメね、悪影響しかないわ。この辺りでちょっと待っててね」


 ケーデは一瞬酒場の方を見て苦い顔をすると、そう言って二人と一緒にカウンターの方へ向かった。


 なあドラグニール。この辺りって魔物が出やすいのか?


 ――どうした急に。


 いや、見た感じかなり強そうな冒険者が多いからさ。戦闘多いのかなって。


 ――ほう。貴様意外と目が鋭いな。まあ当たらずとも遠からずだ。確かに魔物との戦闘は国の周辺でもあるだろうが、それはこの国に限ったことではない。人が国を作り住処とするなら、魔物は人の住処ではないところにいるからな。それに見た目で判断もあまりできんぞ?


 どういうことだ?


 ――奴らの纏う武具には魔力が練りこまれておる。言ってしまえば身に着けるだけである程度強さを得られるというものだ。無論有用なものには違いないが、研鑽せず昼から飲み明かすような奴らだからな。


 あー、まあそうだな。


 俺がドラグニールと話していると、一人の男が話しかけてきた。


「こんなところでどうしたのかなお嬢さん。冒険者ではないようだが」


 多くの冒険者と同じようにがっしりとした体つき。しかし身に着けているのは白い平服で、顔つきも柔和さが感じられた。


「えっと、森で迷子になってたらケーデさんたちに会って、連れてきてもらったの」


 少女の演技もかなり堂に入ってきたんじゃないだろうか。……入っていいのだろうか。


「ケーデ……ああ、ロイたちのパーティか。確か今日が初任務だったが、あの様子では無事成功だったようだな。それに迷子の子も助けるとは追加報酬でもやらんとな……ぬ?」


 男はそういってカウンターにいる彼らを見ながら男は俺の頭を撫でたが、直ぐに怪訝な表情を浮かべた。


「君、何かを憑依させているな? それもかなり高位の……君は一体」


 男が屈んで目線を合わせると、じっと俺の目を覗き込んできた。その目はまるで俺の目を通して中を見ているようでもあった。


「アリアちゃーん、お待た……ギッ、ギルドマスター!?」


 報告が終わったのか、ケーデが手を振りながら駆け寄ってきたが、俺と一緒にいる男を見て目を丸くして声を上げた。


「おお、君たちがこの子を助けてきたんだってな。よくやった。人助けは冒険者の前提だからな。後で何か追加報酬を出すよう言っておくから明日にでもまた受付の子に言ってくれ」

「はっ、はい! ありがとうございます!」


 三人は緊張した面持ちで頭を下げた。


 ギルドマスターって、ギルドの長だよな。なんか専用の部屋にいるようなイメージあるけど、意外とフランクな感じなのかな?


「何故ギルドマスターがこのようなところに? 普段はお部屋にいらっしゃるのに」

「うむ。何やら変わった者が来るのを感じてな。見に来たのだ」


 ロイの質問にギルドマスターは俺に頭にポンと手を置きそう答えた。


 やっぱ専用の部屋あるのか……って、変わった者ってもしかして俺のことか?


「もしかして、アリアちゃんがですか?」


 ケーデのどこか不安げな質問に頷き、ギルドマスターは再び俺と向き合った。


「初めましてお嬢さん。私はラウド。このギルドの長を任されている。君はアリアというんだね? 良ければ君のことを教えてくれないかな?」


 口調や声音こそ優しげだが、その芯にははっきりとした警戒が含まれていた。


「あの……アリアちゃんは記憶が無いみたいなんです」


 ケーデが俺の後ろに回り守るようにやさしく抱きしめてくれる。ケーデほんといい人。好き。


「記憶が……ふむ」


 ラウドは考え込むように小さく唸った。


 まあ正直鵜呑みにはしないよな。自分で言うのもなんだけど怪しさ満点だし。


「でも、この子すっごい強いんですよ。蹴りだけで巨大魔猪ジャイアントボア両断しちゃうし」


 ロイがそう言ってダイモが激しく頷く。


 フォローのつもりなんだろうけど、多分逆効果な気がするよ。


 しかし俺の不安とは逆に、ラウドは興味深げな声を上げた。


「ほう。それは凄いな。……どうだアリア、冒険者になってはみないかい? もちろん危険な仕事だから事前にテストはさせてもらうがね。能力さえあれば子供だからと軽んじられることもないし、上には冒険者用の部屋もあるからすむところも何とかなる。どうだい?」


 ラウドの誘いは願ったりかなったりのものだ。ロイ達も頷いて賛同している。……しかし上手くいきすぎてないか? ラウドの印象はかなり用心深いものだったが、こうもあっさり誘ってくるものだろうか。


 ドラグニール、どう思う?


 ――…………。


 ドラグニール? どうした?


 何度か問いかけてみたが、反応が返ってくることはなかった。どうしたんだろう。あまり間を開けても不審がられるだけだし、元々冒険者になるのが目標だったんだ。


「私、冒険者になってみたい」


 その答えにロイ達は声を上げて喜び、ラウドもにこりと笑って、テストの準備をしてくるから待ってなさいと言い階段を昇って行った。


「テストってどんなことやるの?」

「えっとね。魔力量の検査と、簡単な模擬戦闘かな。試験官さんとちょっと戦って、それで決まるの。勝ち負けじゃなくて内容だから安心していいよ」

「でもアリアなら勝っちゃいそうだけどな!」


 ロイがそう言いダイモも頷く。


 むしろ内容重視の方が心配なんだけどな……。




          ***




「おい」


 ギルドの最上階。その奥の自室でラウドは低い声で呼びかけた。


「ここに」


 ラウドの呼びかけに応じ、ラウド以外誰もいない部屋から男の声が答えた。


「これからテストを受けさせる少女、見極めろ」

「はっ」


 疑問を挟まず、声の主は部屋から気配を消した。


「あの気配、どこかで覚えが……。それに我の目でも見通せぬ憑依体。手元に置く方が監視しやすいかと思ったが、果たしてどう出るか」


 ラウドは革張りの椅子に体を預け、短く溜息を吐いた。

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