第2話 初めての憑依

「ぅわぁぁぁぁああああああああああああああああ!!」


「ゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 目の前の竜の咆哮と変わらない悲鳴は、容赦なく俺を襲い、鼓膜が破壊され耳から血が噴き出し、更には心臓すら停止させた。


「し、しまった。我としたことが……そうだ! おい貴様、これを飲め!」


 竜は目に見えて焦ると爪を自身の体に突き刺し、滴る血を慎重に俺に飲ませた。


「……おぇっ! げほっ……まっず!」


 なんだこれ! ドロリとして熱くて苦くて……。俺は何度もせき込みながらなんとか吐き出すことなく呑み込んだ。


「不味いとは失敬な! 最高の魔力を誇る我の生き血であるぞ!」


 再び降り注ぐ大声に耳を塞ぎながら、俺はゆっくり目線を上げる。


 そこにいたのは岩石のような赤い鱗を持つ、漫画やゲームではありふれた、所謂竜、ドラゴンと呼ばれるものだった。


「……は? いやいやいや。夢か? そうか夢か……ん?」


 無理矢理目の前の事実に納得しようとした時、自分の声がやけに高い、少女のようなものだと気づく。


「ふむ。やはり混乱しておるな。仕方ない、我が直々に説明してやろう。貴様は我の召喚術式に応じこの世界に召喚されたのだ。……しかしよもやこのような小娘が召喚されるとはな」


「召喚? っていうか待て。今小娘って言ったか?」


 どういうことだ? 召喚ってのも意味わからねぇけど、小娘っていうのはもっと意味が分からねぇぞ?


「何を言っておる。その姿は小娘以外の何でもないだろう」


 竜はそう言い俺の目の前を爪でなぞると、目の前に鏡のようなものが現れた。


 そこに写っていたのは明らかにサイズの大きい男物のスーツを身に着けた、長い金髪と碧色の目をした中学生くらいの女の子だった。


 随分かわいい子だな。しかし何だその服。


 そう思って手を伸ばすと、鏡の中の少女も同じように手を伸ばしてきた。


「……は?」


 伸ばした手を上にあげると少女も同じように上げ、立ち上がると少女も立ち上がり……いや待て待て待て。


「はあああああああああああ!? なんだこれ! なんで女の子になってんだよ俺! ……あ、夢だからか。納得だわ」


「おい、思考を放棄するでない。ここは間違いなく現実だ。そもそも何を騒いでおる。見知った自分の肉体であろうが」


「ンなわけあるか! 俺は立派な男だよ! どうなってんだこれ!」


「何? そんなはず……あ」


 俺の指摘を受け竜は俺の足元に顔を近づけた。よく見たら俺を中心に魔法陣のようなものが絵描かれており、竜はしばらくそれを確認し、やがて小さく声を漏らした。


「おい。今あって言ったか? 失敗に気づいた感じのあって言ったか?」


「い、いや、失敗ではない。どうやら本来のものとは違う召喚術だったようだ」


「違うってどんなだよ」


「無作為にあらゆる世界から一人召喚するだけのものと、術を行使した瞬間に死したものを召喚するものと間違えてしまったようだ」


 前者の理不尽さえげつないな。


「しかしこの術で召喚されたということは……貴様、なぜ死んだ?」


「何故って、確か……」


 俺は目を閉じ混乱した頭を落ち着かせ、ゆっくりと思い出す。男が女の人に刃物を振り下ろして、俺がそれを庇って……そのまま死んだのか。


「……なるほどな。この術の対象はただ死んだ者ではなく、他者のために死した者だ。その勇気を称え、召喚時に死の間際に望んだ力を付与される。……貴様、よもや女になることを望んだか?」


「馬鹿にしてんのか!」


 若干引き気味な竜に向かって俺はあらん限り訴えた。……望んでなかったよな?


「ふむ。ではこの爪に貴様の血を塗れ。ほんの数滴でよい。我自ら調べてやろう」


 そういって差し出された爪に、俺はほんの少し指先を刺して先端に塗った。竜はその血を舐めると少し目を閉じ、やがて驚いたように目を見開いた。


「はははは! これは愉快! このような事があるとはな!」


「お、おい。一体どうしたんだよ」


「いや、すまぬ。あまりに奇異なものでな。貴様の力だが、『不老不死』だ」


「不老……不死?」


 不老不死ってあれだよな? 死なないし老いないっていう、永遠生きられるあの不老不死だよな?


「まあ本来は能力として覚醒していない、その可能性がある程度だったのだがな。この召喚術では不老不死などという大それた能力を付与するのはそれが限界だったらしい。しかし我の生き血を飲んだことによってその可能性が開花されたようだ」


「なるほど……待て。じゃあ俺が女になってるのは?」


「単純に我のミスだな。何せ初めての召喚術でな。許せ」


「おい」


 結局こいつのミスなんじゃねぇか。しかし不老不死を開花させられるほどの血を持つ竜って、多分とんでもない奴だよな。それにここ……ただの洞窟だと思ったら何か周りに文字みたいなのが刻んであるし。


「なあ、お前何者なんだ?」


「我か? フフ、本来矮小な人間などには名乗らぬのだが、今日は気分が良い。しかと聞け! 我はドラグニール! かつてこの世界を手中に収めし唯一にして最強の竜である!」


 翼をはためかせ高らかに名乗る竜……いやドラグニール。それってゲームで言う魔王とかラスボスポジなんじゃ……。


「そ、そんな凄い竜がなんでこんな洞窟に?」


「ぬ? いやな、勇者とかいう人間に戦いを挑まれてな。負けはしなかったがこの洞窟に封印されてしまいこのざまよ。いやはや、もうかれこれ五百年は経つかな。はっはっは」


 まじでラスボスじゃねぇか。しかもなんか負けたのに楽しそうに話すな。


「よもや我をここまで追い詰める人間がいるとは思わんでな。あの戦いは楽しいひと時であった……。」


 そう語る竜の目はどこか懐かしさを噛み締めるようでもあった。


「それで? なんで俺を召喚しようとしたんだよ」


「先程五百年封印されたと言っただろう? 流石に暇を持て余してな」


「ちょっと待て。まさか俺暇つぶしの為に召喚されたのか?」


「まあ端的に言えばそうだな」


 おいおいふざけんなよ。……いやでも本来死んでる身なんだし、二度目の生を謳歌できると思えば……でもなぁ。


「ところで貴様、名を何という」


「俺か? 俺は遠野悠斗だ。もっともこんな事になった以上、別の名前でもつけた方が良いかもしれないけどな」


「そうだな。しかしそこは追々で良い。悠斗よ。我は自分の力量も測れず身の丈に合わない行動で命を落とす行為を愚かだと考える」


「…………」


「しかし、他者を助ける為に命を投げ出す勇気。これは賞賛に当たるものだ。我は貴様に最大限の敬意を送る」


「あ、ありがとよ」


 そう言われると悪い気はしないっていうか、ちょっと泣けてくる程嬉しい。


「そこでだ。悠斗、我に憑依される気はないか?」


「……は?」


 憑依? どういう事だ?


 話の意図が見えず首を捻っていると、ドラグニールは説明を始めた。


「この世界は我程では無いがそれなりに危険がある。貴様は不死者だから死ぬ事はないが、死ぬ程の苦しみは味わう事になる。そこでだ。我が憑依し、我の力を使う事で安全にこの世界を生きる事が出来る。どうだ、悪い話ではなかろう?」


 確かに。竜がいるなら他の魔物とかがいても不思議ではない。それにこの体に戦える力があるとも思えないし……。


「確かにそうだが、お前のメリットは何だ? それを聞いてからだ」


「はは、用心深いな。良い心がけだ。なに、ただ外に出たい。外の世界を再び知りたい。それだけよ」


 本当だろうか。いや、短い間しか話していないが、こいつは本質的には悪い奴ではない……気がする。


「わかった。その話受けるぜ」


「おお、そうか! では早速……いや、先ずは貴様の名を決めるか。何か希望はあるか?」


「いや、この世界の主流も何もしらねぇからな。良い感じに決めてくれ」


「ふむ。まあ我も長年ここにおるから多少時代遅れやも知れぬが……そうだな、アリア、などはどうだ?」


「アリア……いいな。よし、俺は今日からアリアだ。……私の方が、いや違和感すごいわ。口調は取り敢えずそのままで行くか」


「よし。では憑依に移るか」


 ドラグニールは爪先を俺の胸元に当て、何か呪文のようなものを唱え始めた。


「なあ。聞き忘れたんだが、憑依される感覚ってどんな感じなんだ?」


「──。──。ぬ? 我も聞いた話でしかないが、憑依する者の魔力量が多ければ多いほど激痛らしいぞ」


「……なあ、お前の魔力量って、少ない?」


「舐めるでないわ。かつて世界を収めた最強の竜種だぞ? 無論魔力量も最強よ。なに。貴様なら大丈夫だ。何せ不死者だからな」



 ドラグニールはまるで騙したような笑みを浮かべ、やがて呪文を唱える声が止まった。


「いや待ってやっぱ無しに──」


 制止も虚しく、ドラグニールの体が俺の体に吸い込まれ始めた。文字通り死ぬ程の激痛と共に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る