第3話 憑依の恩恵
死ぬかと思った。というか死んだ。絶対死んだ。五、六回は確実に死んでた。
――何を言う。不死者の貴様が死ぬわけなかろう。
「だからそれだけ痛かったてことだよ!!」
森の中で木漏れ日を浴びて歩きながら俺は一人怒鳴っていた。
……いや、正確には俺の中のドラグニールに対してだ。
魔力量が多ければ多いほど憑依の時の激痛が大きいとは直前に聞いたが、憑依にかかる時間も長くなるらしい。つまりより強いやつが憑依すれば死ぬリスクが高まる代わりに、成功すればかなりの力を手に入れられるってことらしい。
まさにハイリスクハイリターン。不死者のおかげで俺はノーリスクで得られたわけだが、だからって体を雑巾みたいにねじ絞られる感覚が数時間続くのはもう勘弁してほしい。
「それで、憑依されると具体的にどうなるんだ?」
――そうだな。まず単純に身体能力が上がる。それと魔力量もだな。当然だがこれは何に憑依されたかによって上昇値は変わるがな。
「ふーん。見た目華奢なままでそんな変わった気はしないけど……」
――量より質ということだ。見た目こそそのままだが、中身が研ぎ澄まされたとでも思っておけ。
なるほどねぇ。まあせっかくの可愛い姿がゴリゴリな見た目になっても困るし……あ、でも細マッチョな女の人っていいよなぁ。
――何を下らんことを考えておる。
俺がひと時の妄想を楽しんでいると、呆れたようなドラグニールの声に中断させられた。
「……考え事が全部筒抜けなのはキツイな。プライベートもクソもねぇ」
――別に全てではないぞ。今はお主に我と会話をするという認識が強いからだ。まあそこは慣れだな。
「へぇ……で、後はどんなことが出来るんだ? 身体面と魔力の強化だけじゃないんだろ?」
――後は我の身体面、能力面の能力を使えるようになるということだな。
「能力面ってのは何となくイメージつくが……お前の身体面って?」
――翼を生やし空を駆けたりといった具合だな。
それはいいな。身一つで空を飛ぶのってまさにファンタジーって感じするし。
「じゃあ能力面は、まさか魔法とかか?」
――まあそうだが……何やらやけに機嫌がいいな。
「そりゃそうだよ! 今更自覚するのもなんだけど今まで受け入れてた日常からの脱却! 夢のファンタジー世界! やっと実感が湧いてきたんだよ!」
――そ、そうか、まあよい。我が使う魔法についてはまた教えよう。そして魔法とは別にスキルというものがあってな?
「スキル? 俺の不死者みたいなものか?」
――察しがいいな。スキルの状態は三つに分けられてな。そもそも持ちえない者。秘めてはいるが発現には至っていない者。そして発現している者。憑依で得たスキルはすべて発現するようだ。
「なるほどな。それでお前のスキルってなんだよ」
――我のスキルは『簒奪者』。殺した相手が自身の持たない魔法を使える場合、その魔法を得る能力だ。
簒奪者……確か王位の継承権のないものが王位を奪い取るとかそんな感じだったか。まあこの世界でも同じ意味かどうかは知らないけど。……ん? 自分の使えない魔法を得るスキル、そんでこいつは昔世界を征服したリアル魔王……ってことは。
「……もしかして、お前の使える魔法ってめっちゃ多い?」
――無論よ。それこそ全て貴様に伝えるだけで二日はかかろう。だがまあ、憑依してから日が経てば我が説明せずとも自然と理解できる場合もあると聞く。緊急時以外は必要あるまい。
そんなあるのか……流石に覚えきれる気がしねえから、自然と理解ってのに期待だな。
それから俺はドラグニールと取り留めもない話をしながら当てもなく森の中を歩いて行った。
――おい、止まれ。
しばらくすると、会話を打ち切りドラグニールが制止を促してきた。
「どうした?」
――しばらく先、まだ目では見えぬがこちらへ向かってくる気配がある。三体……おそらく人族だろうな。
「憑依の状態でも力使えるのか?」
――かなり精度は落ちるがな。今のは『気配探知』だ。本来はあの洞窟にいながらこの世界の状況が手に取るようにわかるのだがな。で、どうする?
「人がいるってことは少なくとも近くに人里がある可能性もある。ただ出合い頭にいきなり襲われたらたまんないから一旦隠れるかな」
――えらく慎重だな。
「そりゃ異世界での初めての出会いだからな、慎重になるに越したことはないさ」
そばの木に登り枝葉で出来るだけ下から見えないように隠れてじっと様子をうかがい始めた。
さっきドラグニールが言ってたが、確かに身体能力は上がっている気がする。こんな華奢な体なのに難なく木に登れた。……しかしこの服どうにかしないとな。今は背丈に合わせて袖と裾を捲りに捲って何とかしているが、邪魔で仕方ない。
そうこう悩んでいると、ドラグニールの言っていた三人の人影が現れた。
それは二人の男と一人の女で、男は革の装備を身に着け剣を構え、女はローブを羽織って木の杖を持っていた。
冒険者だ! 冒険者パーティってやつだ!
――煩いわ。しかし奴ら急に立ち止まったな。まるでこの辺りに用があるような素振りだが……。
ドラグニールは彼らの目的に思案しているようだったが、その理由はすぐに分かった。
「どこにいる、姿を現せ! 隠れているつもりか知らないが、魔力でここにいるのはわかっているぞ魔物め!」
「魔物!? 近くにいるのか!?」
――あ。
俺が慌てて周囲を警戒すると、不意にドラグニールが声を上げた。そこかで聞いたようなニュアンスの「あ」だった。
「……おい。お前またなんか失敗してたのか」
――い、いや、これは我のミスではない。憑依に際して魔力が増えるのは先ほど言ったな? これは単純に憑依した者の魔力が上乗せされるからだ。その時その上乗せされる魔力があまりに多い時、被憑依者の持てる魔力容量からあふれるときはその余剰分を憑依者がそのまま受け持ち、被憑依者が魔力を行使する度そちらへ流すのだが……。
「だが?」
――受け渡した分はその者の魔力に変わるが、受け持つ分はそのままだからな。つまり今は我の受け持つ魔力がそのまま我の魔力として表れているな。
「つまり?」
――気配だけで見れは貴様は立派な魔物というわけだ。誇ってよいぞ。世界でただ一つの竜種だぞ。気配だけだが。
「少しは反省しろや!」
ふざけんなよ! つまりあいつ等は俺を討伐しようとしてるってことかよ! 死んじまうわ! ……あ、俺死なねぇんだった。
「……気配を絶ったか。今更遅いぞ!」
……ん?
――「気配遮断」で我の気配を絶った。この出力で断ち切れるか懸念があったが、貴様の中という状態なら十分だったようだ。
「とりあえず当面の危機は去っ……たともいえないかな。あいつ等まだいるし……今の状態ならただの人間だし行けるか?」
――いや、もっといい方法があるぞ?
「なんだよ」
俺が思い切って姿を現すか悩んでいると、何か思いついたようにドラグニールが声を上げた。
――貴様の世界ではどうだったかは知らんが、この世界は所謂弱肉強食。強さがある程度の基準となる。
まあお前みたいな魔物もいるんだしな。少なくとも元の世界よりは重要視されるだろう。
――このルールは魔物にとっては絶対だが、どうやら人間であっても少なからず共通のようでな。
「つまりどういう事なんだよ」
――貴様のような幼子の姿でも力さえあれば一目置かれる、ということだ。
なるほどそういう事か。つまり徹底した能力主義ってことか。確かにうなずける……けど。
「それがどうなんだ? まさかあの三人をねじ伏せろと?」
――そうではない。よいか、我の合図であやつ等の前に飛び降り、回し蹴りをしろ。
「あいつ等に向かって?」
――……実は貴様好戦的ではないのか? 逆側に決まっておろう。良いか? 三、二、一、今だ!
有無を言わせないドラグニールに従って、俺は若干の恐怖を感じながら木から飛び降りた。
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