10.9.すばしっこい


 森の中で黄色い閃光が四つ、遅れて灰色と薄い赤色の狼が追従する。

 先頭には機敏に動きながら攻撃を回避しているすばしっこい魔物が走っていた。


『俺とセダンが回り込む! セレナとマーチ! 右に追い込んでくれ!』

『『やってみる!』』

『行くぞセダン!』

『了解ッ!』


 二匹は一気に右へと走り、まっすぐ突き進んで行く。

 セダンは直線距離を走るのは非常に得意であり、木や岩を足場にするジムニーをすぐに置いて行ってしまった。

 だがそれも作戦の内だ。


 後方ではセレナとマーチが若干左に寄りつつ獲物を追いかける。

 獲物が後方を見やると二匹が左側に寄っているということが分かった。

 右に走れば距離を置けるだろうと考えたのか、獲物はすぐに地面を蹴った。

 左に向かって。


 四匹が追い込んでいた獲物は、そのまままっすぐ逃げていた。

 だがそこで先に別れた二匹が真正面と真横から飛び出してくる。


「チュッ!?」

『もーらったああああ!!』

『そぉおれぇえ!!』


 爪を上から振り下ろす。

 正面から牙で襲い掛かる。

 だがそれは、再び真横にすっ飛んだ獲物に回避されてしまう。


『『なっ!?』』


 想像以上の回避性能。

 細かい機動力はジムニーとセダン以上にあるようだ。


 何とか逃げられそうだと安心して笑った獲物だったが、再び攻撃が仕向けられる。

 黒いワープゲートが正面に現れ、セレナが飛び出す。


『うりゃああああ!!』

『ヂュッ!!?』


 さすがにこの攻撃は回避することができなかったらしい。

 片腕の攻撃が胸部に当たってしまい、纏っていた雷によって若干のダメージが入る。

 だがまだ動けないわけではないらしい。

 すぐに体勢を立て直して、再び逃げる。


 本当にすばしっこい。

 少しでも足を止めてしまえばすぐに遠くへと行ってしまう。


 また追いかけなければならない。

 軽くアイコンタクトを取った瞬間、三匹は再び走り出す。


『くっそぉー! すばしっこい!!』

『セダン! セレナ! 今度は三手に別れるぞ!』

『『了解!』』


 バリバリッと雷を纏い、再び加速し散開する。

 セレナが後ろから追い、ジムニーとセダンが左右から挟み込む形で追い込んでいく。


 まだ追ってくることに嫌気が差したのか、獲物は角に魔力を籠め始めた。

 魔力の感知をする事ができないこの三匹は、獲物が魔法を使おうとしていることに気付くことはなかった。


 ズドドドドドッ。

 地面が隆起して壁が出現する。


『『『おわああああああ!?』』』


 慌てて止まろうとしたが、加速していた為急には止まれない。

 三匹は体を土の壁に強かに打ち付ける羽目になってしまった。

 跳ね返って地面を転がってしまう。


 がばっと立ち上がって臭いを追う。

 だが水魔法を使用したのか、まったく臭いを追えなくなっていた。


『く、くそぉ……!』

『ま、魔法使えたのかあいつ……。お父さん教えてくれよ……』

『いつつつつ……』


 三匹はとりあえず逃げたであろう方角へとまた走り出した。


 一方、逃げ切った獲物はもっと距離を取ろうと走り続けていた。

 後ろから追ってくる気配はない。

 ようやく撒くことができたようだ。


『氷結魔法!』

「ヂュッ?」


 地面が一気に凍った。

 驚いてすぐに走り出そうとしたが、つるつると滑って走ることができない。

 地面はどんどん氷っていき、足場はどんどんなくなっていった。

 走ることができなければ、逃げることはできない。


 そう考えたマーチは、後ろから付いてきていたラムダに一つ頼んだのだ。

 そこでシグマが獲物に向かって走り出す。

 足に炎を纏っている為、氷が解けて足場が露わになる。

 しっかり地面を踏みしめることができるため、身体能力強化の魔法を使って噛みつく。


『はぁあっ!!』

「ヂュチュッヂュッ!!!!」

『ふんぬうううう!!』


 しっかりと喉を狙って食らいつく。

 だが自分の体より大きい得物だ。

 体重はこちらの方が少ないので、暴れられるとすぐに体が振り回される。


 しかし力はこちらの方がある。

 絶対に離しはしないと、顎に力を籠め続けた。


『シグマ頑張れ!! 氷結魔法!!』

「ヂューッ!?」


 ラムダが氷結魔法で足を凍らせ、動きをできるだけ封じる。

 次第に四肢も凍ってしまい、完全に動きを封じることができた。

 しかしまだ生きている。


 そこで、マーチが跳躍して魔物の背中に乗った。


『シグマ! は、離れて!』

『おう!』

『雷魔法!! 放電!!』

「ヂヂヂッヂッヂヂヂッヂッヂヂッヂヂヂヂ!!?」


 纏雷の強化バージョン、放電。

 動けない代わりに雷を自分の周囲に展開する魔法だ。

 それは数秒しか続かなかったが、それでもこの魔物を仕留めるのには十分だったらしい。

 カクリと頭が地面に落ちた。


 それが狩り終了の合図だった。


『『よっしゃああああああ!!』』

『や、やったぁ……』

『マーチすげぇー! あったまいいー!!』

『追いつけなかったから狩れないと思ってたよー! いえーい! マーチの作戦で狩れたぁー!!』

『えへへ……』


 ぴょんぴょんと跳ねて喜びを表現する。

 マーチは褒められ慣れていないのか、終始照れ臭そうにして尻尾を振っていた。


 遅れたやってきた三匹は、この様子を見て驚いた。

 まさかこの三匹が狩ることができるとは思っていなかったのである。


『うえー!? お前たちがやったのか!?』

『『フッフッフッフ』』

『どうやったんだ……。凄いな……』

『ま、まぁそれはいいんだけどね……。これ、どうやって運ぼう……』

『『『『あっ』』』』


 セレナ以外の四匹は、自分よりも大きな体を有している魔物をどう運ぶか全く考えていなかった。

 ここからライドル領には相当な距離がある。

 これを引きずって帰るのは至難の業だ。


『私ワープ使えるよ』

『『あ、そうか!!』』

『え、でもリーダーの居る場所まで持って行けるの?』

『うん。道は覚えてるし』

『おおー!!』


 一気に解決した運搬方法に、皆が喜ぶ。

 新鮮なまま渡すことができれば一番いいと、セレナはすぐにワープゲートを開いて道を繋げた。

 全員で一気に運び入れ、六匹はライドル領へと帰ってきたのだった。

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