9.26.違う魂


 畑が広がっている土地に、数件のぽつんとした小屋がある。

 その中で一つ、少し大きめの家があった。

 どうやらこれがレンの家らしい。


 ここからでも本の臭いがするんだが。

 いやこれ何の臭い?

 土? 砂? ……いやこれ紅茶か?

 混じりすぎだろどうなってんだ。

 うん、臭いわ。


「レンおばさーん! いるー?」

「……前から思ってましたけど、レンさんのことおばさんって言うのベリル様くらいですよ?」

「そうなんですか?」

「ええ……」


 ふーん……。

 でもぶっちゃけ特級魔術師とかよく分かんないしなぁ。

 世界に二人、だっけ?

 どれくらい凄いんだろうね。


 しばらく待っていると、扉がゆっくりを開かれた。

 眠そうに目を擦るレンがのそりと顔を出し、俺とガルザを見て目を覚ます。


「なんだってんだい!?」

「寝てた?」

「少しねぇ。で、これはいったいなんだい……?」

「聞きたいことがあって……」


 ベリルは簡単にここに来た経緯を説明した。

 それを聞いて彼女は嘆息したが、手で「待っていろ」とジェスチャーをして家の中へと入っていく。

 とりあえず何か持ってきてくれる……のか?


 相変わらずあの婆さんはよく分からんな。

 でもこの本の臭いからして、相当な量の本を持っているということは分かる。

 魔術師だから多くの知識が必要だったんだろう。


「あのレンさんがここまで素直に協力してくれるとはな……」

「え、普通じゃないんですか?」

「いやいや、あの人あんまり人に教えたがらないですよ? 話を聞こうとしてもまずは雑学云々って感じで、結局知りたい事なんて教えてくれないんです」

「……昔に何かあったのかな」

「特級魔術師ですよ? それを知った人はこぞって教えを乞いに行くでしょうね」

「ああー……」


 んー、その気持ちはなんとなく分かるなぁ。

 名声が轟きすぎて困ることって、絶対何かしらあるよね。

 でもベリルには甘いと。

 子供が好きなのか?


「余計な詮索はしない方が身のためだよ」

「ウッ」


 扉から出てきたレンは、数冊の本を手に持っていた。

 どれも古い書物のようだが、一冊の本からは……あの毒の臭いがする。


 無意識に毛が逆立った。

 すぐにガルザとセレナ、ハバルとベリルを後ろに下げ、警戒する。

 風魔法を使って毒の臭いを飛ばし、こちらに来ないように調整した。


「どどっ、どうしたんですか!?」

『リーダー!?』

『……毒の臭いがする。あの本から』

『『えっ!? 毒!?』』

「「毒!?」」


 ここに居る奴らの中で、本拠地のに充満していた毒の臭いは俺しか知らない。

 普通だったら警戒なんてできないよな、これ。

 ……で、どういうつもりなんだ。


 ベリルとハバルの言葉を聞いて、レンは納得したように頷いた。

 俺の行動の意味が分かったらしい。


「フェンリル、あんた結構物知りだね。この本から毒の臭いがするのは正しいよ。毒の花の黒い蜜で文字が書かれてるからね。でも毒気はないから安心しな」


 そう言って毒の臭いがする本を開いた。

 こいつはあの花についても知っているかもしれないな……。


 とりあえず警戒を解いて、その場に座る。

 確かに毒が発生していたら、近くにいたベリルや、その本を持っていたレンに何かしらの影響はあるよな。

 あの臭いだったからびっくりしたんだよ……。

 仕方なくね?


 で、持ってきた本には何が書いてあるんだ?


「エルフが書いたと言われているフェンリルについての本。あとは悪魔関係の本さね」

「あっ、それ……」

「これは古い文字で書かれてるから、あたしじゃないと読めないだろうね。調べながらだったら分かるだろうけど」


 よくもまぁそんな都合のいい本があったもんだな!

 ていうか毒の花の蜜で文字を書くって何……。

 エルフ狂ってんのか……。


 毒はもうないって言ってたけど、つまり昔は発生してたってことなのか?

 黒い花ってもうあれだよな。

 メイラムが枯らしたやつ……。

 臭いも同じだし……って、あれそんなに昔からあった花なの?


 もしかして、エルフあの黒い花育ててる……?


「簡単にこの本を要約するよ」

「ありがとう!」

「コホン。フェンリルは大昔から存在しており、エルフ、ダークエルフは浸食されている森を救ってくれるフェンリルを崇拝していた。一生は短いが、フェンリルが死ぬとエンリルの子供からフェンリルの幼体が産まれる。……一生は短いって言っても、それはエルフたちにとっての短いだから、人間にとっては相当長いと思うけどねぇ」


 あ、まじっすか?

 んじゃ俺もう少し長く生きられるのかな……。


「エンリルを統べるフェンリルは、人間だけは許しはしない。その理由は過去に仲間を殺されたからである。その記憶は代々引き継がれており、エルフの間でも人間は敵として認識している」

「記憶の引継ぎ……?」

「レンさん、そんなことが可能なんですか?」

「引き継げるわけないだろう? 人間に仲間を殺されたフェンリルがエンリルにそう教え、エンリルが子供を産んでまた教え、フェンリルが産まれてまた教えを繰り返しているだけさ。勝手に解釈しただけだねぇ」


 ……そうなのかな?

 そうだとすると俺のこの状況はどう説明したらいいんだろうか?


 記憶の引継ぎ……。

 有り得ない話ではないと思う。


 ん?

 もしかしてその引継ぎが上手く行われなくて、急遽俺の魂がこのフェンリルの体に?

 どうしてそうなったのかは分かんないけどね。

 ……ってことは……。


『あの声……』

『? リーダー?』


 俺にだけ聞こえた、あの声。

 一体何なんだと思ってはいたけど……あれが本当のフェンリルの魂?

 もしかして今俺の体に二つの魂が入ってる?

 え、ちょっと待って分かんなくなってきた。


 もしあの声が本当のフェンリルの魂だったとしたら、人間恨んでるんだよな?

 だったら何かしらの抵抗があってもおかしくはないと思うけど……。

 それができない程に弱ってんのか?


 いやいや、だとしたらあそこで仲間の危機を教えてくれるか?

 あ、でも恨んでるのは人間だから仲間は助けようとするのかな。

 ……それだけでただでさえ弱ってる魂の力使って伝えてくるぅ?

 これも憶測の域を出ないけども……。


『んーーーー……』

『リーダー?』

『リーダー。リーダー??』

『ん? あ、なんだ?』

『いえ、何か考えておられたのでどうしたのかなと思いまして』

『ちょっとな』


 この話をしてもこいつら分かんないだろうしな。

 伏せておいても問題ないだろう。


「はい、フェンリルについてはこんな感じだね」

「「短っ」」

「本なんてそうそう長いもんじゃないよ。次は、悪魔についてだね」

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