9.4.Side-ハバル-標本室
城の抜け道を辿っていくと、外に出た。
ガルザはそのまま臭いを辿って歩いていく。
さすがにここまでは追って来ないようだ。
そのことに一安心しつつも、警戒は怠らないように武器だけはしっかりと握っておく。
「さすがにここまで城の中で暴れたらこっちまでは来ないわな……」
ここからでも騒ぎがよく聞こえてくる。
ただでさえ戦争の影響で約一万五千の兵士を失っているので、こちらに裂くことのできる兵力は少なかった。
たった二百の兵士とはいえ、魔物とで二年間も戦っていたテクシオ王国兵に単体で勝てるはずもなく、本当にいいようにかき乱されているらしい。
城の中に入った兵士は数えるくらいしかいなかったというのに、ここまでできるものなのかとハバルは感心した。
王子も捕まえたことだし、向こうは完全に任せておいても問題はないだろう。
今はガルザの後ろを追いかけることに集中する。
『……少し遠いな』
「そうなのか。まぁゆっくりいこう。俺たちのやることはもうこれだけだろうからな」
『だが大丈夫なのか? あれだけの数でここまで大きな棲み処を制圧できるものだろうか』
「既に王子を人質に取っているから大丈夫だろう。ほら、今はこっちに集中してくれ」
『分かった』
ガルザはまた臭いを嗅いだ。
臭いが強くなっている方へと足を運ぶ。
城から脱出し、綺麗な家が並んでいる場所に出てきた。
この辺は貴族街だろう。
豪華な服を着た人物やどうしてそんなに装飾を付けているのか分からないような馬車など様々なものがある。
彼らは総じてハバルとガルザを見て驚くか、城の騒がしさに不安を抱いているようだ。
やはり我が身が可愛いのだろう。
この辺にいる人間は誰一人として城へと向かおうとしない。
自分の兵士には自分を守ってもらわなければならないため、待機命令を出しているようだ。
貴族はどこもこんな感じだなと嘆息する。
『……この辺だ』
「え? まじか」
ガルザが足を止めた場所は、貴族の家だった。
だが家の中に誰かがいる気配は一切ない。
そんな場所もあるのかと不思議に思いつつも、魔法を使って塀を飛び越える。
ガルザも跳躍して壁を蹴り、塀を乗り越えて着地した。
「誰もいないのか?」
『ああ。ここには毛皮の臭いしかしない。あと、血の匂い』
「血の匂い?」
『あの屋敷からだ。中に入ると血の匂いで鼻が利かなくなる。ハバル、何とか探し出してくれ』
「このくそデカい屋敷を一人で探せって? 冗談か?」
『こういう場所はよく分からんからな』
「まじかぁ……」
頭を掻きむしったハバルだったが、策がないわけではない。
こういう貴族の家は宝物庫や鑑賞部屋のような部屋があるはずだ。
保管するのであればそこだろうし、その部屋さえ見つけてしまえばあとは簡単だ。
しかし、血の匂いがするというのが引っ掛かる。
明らかにこの屋敷で何かが行われいるたのだ。
殺人か……それとも何かの実験か。
それだけでこの屋敷の主はまともではないということだけは分かる。
普通に死体が転がっているだけならいいのだが……その場合は既に事後処理なども終わっているだろう。
できれば後者でありますようにと願いながら、屋敷の扉を開ける。
中を見て分かるのだが……周囲に血は飛び散っていなかった。
死体もなく、普通の部屋。
ただ使われていない大きな屋敷であるということが分かるだけだ。
『地下から強い血の匂いがする』
「前者かよぉ……」
絶対に地下には行きたくないなとは思ったが、ハバルが今探している物は地下にある可能性が高い。
なんせエンリルの毛皮だ。
高価すぎるものを大切に保管しないわけがない。
宝物庫も地下にあることが多いので……やはり探すなら地下からだ。
心底嫌だなと心の中で叫ぶが、ガルザが先に進んでしまうので自分もついていかなければならなくなった。
少しは人の気持ちも考えてくれとは思う。
『うっ……なんだこの混じったような臭いは……』
「どうした?」
『いろんな獣の血の臭いがする……。大型から小型まで様々だ……』
「血の匂いって魔物や動物によって違うのか?」
『食ってるものが違うからな』
「へ、へぇー……」
関係あるのだろうかと首を傾げながらも、ハバルは地下へと降りる階段を探す。
ガルザが臭いの強い場所まで案内してくれたので、この辺にあると踏んで探していると、二階へと上がる階段の下に、地下室への階段が続いていた。
探さなければ分からない場所だ。
ガルザがいなければ見つけるのに時間が掛かっていただろう。
何もいないということは分かっているので、そのまま地下へと降りていく。
人間の嗅覚では血の臭いは分からないが、ガルザにとってはここまでくると辛いらしい。
何度も顔を振るったりしているが、臭いの元は断てないだろう。
「大丈夫か?」
『げぇ……。なんで人間は平気なんだ……』
「お前らみたいに鼻は良くないからな」
『リーダーがここに来なくてよかった……ゲホッ……』
オールならもっと辛かっただろう。
ガルザは大丈夫だと最後に伝えてから、また足を動かした。
階段を降りていくと小さな扉がぽつんとあった。
それに手を掛けて押しやれば、ギィイイ……という音を立てて開く。
地下室はやはり暗い。
ここはまだ地上の光が届いているので問題はないが、奥は全く見えなかった。
なので階段の一番下に備え付けられている燭台を手に取り、それに火をつける。
そこで火になるような物を持っていないということに気が付いた。
「……しまったな」
『どうした?』
「火打石を忘れた。多分この屋敷に火になるような物があると思うから……」
『必要ない』
バリバリッと角に雷をため込み、それを蝋燭に近づける。
稲妻が走って、蝋燭に火が灯った。
「ああ、雷でもいけるのか」
『リーダーの智恵だ。上手くやれば肉も焼けるらしいぞ』
「雷魔法で料理とか考えたことないわ……」
何はともあれ、灯りが手に入った。
おそらく地下には燭台が何本もあるはずなので、手に持っている明かりを頼りに部屋を歩いていく。
予想通り燭台を見つけることができたので、それに火を移して明かりを確保する。
「ん?」
灯りを灯した瞬間、その近くに何かの毛皮があることに気が付いた。
なんだろうと思って手に持っている明かりを近づけて毛皮を見てみると、途中までいったところで巨大な獣の顔がこちらを向いた。
「ぬおおおおおお!!?」
『なんだ!?』
「び、びっくりした……。頭付きの毛皮だ……。なんだ? この動物……」
もっとよく確かめようと、近くにある燭台すべてに火を移す。
ずいぶんと明るくなった部屋をもう一度見渡してみれば……。
「なんだ……この部屋」
大量の毛皮、標本が大量に並べられている部屋だった。
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