9.5.Side-ハバル-すべての毛皮


 丁寧に引っ張られて張りつけられている毛皮。

 内臓をくり抜かれて標本とされている魔物。

 商品化されている毛皮の服やマフラー、手袋に鞄。

 さまざなな魔物、獣で作られた物がこの部屋に並べられていた。


 ガルザが言っていた臭いの正体がこれで分かった。

 ここは数多くの動物、魔物の毛皮を剥ぎ取り、こうして保管している場所なのだ。

 よくこんなに集めることができるなと逆に感心する。


 ハバルはまだ照らされていない場所の燭台に火を移す。

 見える場所が増えていくにつれて、毛皮の量も増えていった。


「これは……」

『妙な人間だな。食べられないものを大切に取っておくとは』


 違いすぎる価値観に何とも言えない気持ちになるが、気を取り直して目的の物がないか探し出す。

 しかし、それはすぐに見つかった。

 広い地下室の一面に、でかでかと張りつけられた黒い毛皮と白い毛皮があったのだ。


 ここまで大きな魔物はそうそう居ない。

 それに……今ハバルが手に持っている毛皮と同じ色をしている。

 十中八九これがフェンリルの両親の毛皮なのだろう。


 一部が切り取られて削られてはいるが、大方これで取り戻したといえる。

 すぐに張りつけられている杭を抜き、それを畳んで肩に担いだ。


「おっも……」

『白い毛皮は俺が持とう』

「頼む……」


 白い毛皮をガルザの背に乗せる。

 とりあえずこれで目的は達成した。


 しかし問題が浮上する。

 これからどうやってテクシオ王国兵と合流すればいいのだろうか。

 あとで探しに来てくれるとも思えないし、レイドのこともすっかり忘れていた。

 これは面倒なことになったぞと思いながら、一度黒い毛皮を置いて考える。


『どうした?』

「……仲間との合流方法を考えていなかった……。レイド様も結局見なかったし、今城に戻っても毛皮を抱えたままじゃ戦えないしな……」

『確かにそうだ。……ん?』


 ガルザが何かに気付いたようで、壁に張り付けられている二つの毛皮の臭いを至近距離で嗅ぐ。

 一つはボロボロになっている灰色の毛皮で、もう一つがどす黒い色の毛皮だ。

 どちらも一度腐敗したようなものだったが、それでも使える部分を何とか修復し、薬品などを使って綺麗に洗われていた。

 とても小さな物なのではあるが、それからは微かにリーダーであるオールの臭いがする。


『……ハバル。これも持ち帰ってくれるか?』

「ん? これか? 小さいから持ち運びには問題はないが……」

『じゃあ頼む』

「分かった」


 ガルザがこうしてものを頼むのは珍しい。

 すぐにその二つの小さな毛皮を懐に仕舞う。


「これは?」

『……それから微かだったがリーダーの匂いがした』

「! ……昔の……フェンリルの……仲間か?」

『可能性はある。俺はその時リーダーと会ってはいなかったから当時の状況は知らないが……』

「俺が責任を持って持ち帰ろう」

『頼む』


 今懐に入れた毛皮を一度取り出し、ポーチの中へと移動させる。

 しっかりと紐で結んで落ちないようにした後、何度か飛んで確認した。

 こちらの方が落とす可能性が低いのだ。


 しっかりと確認した後、もう一度これからの行動を考える。

 この毛皮を持って移動するのは骨が折れそうだ。

 なのですぐにでも味方と合流できればと思うのだが……。


「こうなってしまったら、向こうの騒動が収まるのを待つしかないかもしれないな」

『……とりあえずここから出ないか? そろそろきついんだが……』

「そうだな。よし、とりあえずこの屋敷には誰もいないし、一室を借りて騒動が終わるのを待つとしよう」


 畳んだ毛皮を肩に担いハバルは、腹に力を入れてそれを地上へと運ぶ。

 風魔法で少し浮かせているというのに、まったく軽くならない。

 どれだけ重いんだと歯を食いしばり、何とか階段を登り切る。

 それだけで息が切れてしまった。

 これを持ちだして逃げるのはやはり不可能だ。

 大人しく味方を待つのが得策だろう。


「ぜぇー! ぜぇー! お、重すぎだろ……げほっ……」

『大丈夫か……?』

「さっき壁から剥がした時は……そんなに重くなかったはずなんだがな……」


 一体何が変わったというのだろうか。

 地面に座った状態で毛皮を触ってみる。

 だが特に変わった様子はなく、その原因は分からなかった。


「ガルザ……この毛皮のマントも持ってくれないか……」

『いいぞ。そこに置いておいてくれ。移動するときに背中に乗せてくれたらいい』

「分かった……」


 とりあえず待ちだ。

 まったく派手なことをしてくれたなと嘆息した後、ハバルは目をつぶって眠る。

 ここには誰も来なさそうだし、ゆっくりさせてもらうことにしたのだ。


 そんな彼をガルザは横目で見る。

 呑気だなと思いながら見つめた黒い毛皮からは、ギラリとした怪しい目玉が一瞬見えた。

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