8.46.胸をなでおろす


 俺は不安を抱えながら、ライドル領の兵士がいる場所までゆっくりと歩いた。

 俺以外の戦いも見ているだろうから、最悪の場合はレイやウェイスも恐れられてしまうかもしれないな。

 まぁ……あれだけ暴れてしまっては当然かもしれないが……。

 できれば人間たちが俺たちを今まで通り迎え入れてくれることを信じるだけだ。


 俺とベンツ、そしてレイとウェイスは少し歩いて人間たちの前まで歩いてきた。

 彼らの側には三狐とガルザが座っており、ヴァロッドが怪我の手当てをしてもらっているようだ。


 ヴァロッドは俺たちが戻ってきた事を確認すると、すぐに立ち上がって笑ってくれた。

 駆け足で俺の前までやって来て、目を合わせる。


「フェンリル。素晴らしい戦いだった。ありがとう」

『そういう約束だったしな。っつても、声は聞こえねぇか』

『約束だから気にするなってさ』

「む、そうか。ふははは!」

『……え?』

『『え!?』』


 俺たちはベンツに目を向ける。

 なんでこいつ人間の言っている言葉が分かるようになっているんだ?

 いや、それはもう一つしかないよなぁ!?


『べ、ベンツおまっ!! ヴァロッドと契約したのか!!?』

『『ええーーーー!! ベンツ兄ちゃんがーーーー!?』』

『そうしないといけない状況だったんだ……。セレナと同じ簡易血印魔法だから別にすぐにでも解除できるよ』


 いやぁーそれでもそれは結構勇気いるぞ!?

 はー、まさかベンツが人間と簡易血印魔法とはいえ契約をするとはな……。

 考えを変えようとしてくれているのが手に取るように分かってお兄ちゃん嬉しいですよ。


 だったら通訳はベンツに任せることにするか。

 ガルザもいるけど、近くにいる奴にしてもらった方が効率いいしな。


 そこで、俺はふと他の兵士を見る。

 見るのは少し怖かったが、彼らの表情を見れば俺たちに抱いている感情を大方読み取ることはできるだろう。

 意を決して見てみれば……彼らは一切怯えてはいなかった。

 むしろ、この戦いを本当にエンリルだけで終わらせてしまったことに安心しており、さらに期待しているようにも見て取れる。


『これは……』

『聞いてみるよ。ヴァロッド、兵士は大丈夫か? 僕たちのこと怖がってない?』

「はははは! そりゃ大丈夫さ! ここまで来るのにこいつらは不安を抱えていた。それは今からサニア王国の兵士とやり合わなければならないっていう恐怖心があったから生まれたものだ。本当にお前たちに戦いを任せるとは思っていなかっただろうしな! だが……」


 ヴァロッドは兵士を見る。

 兵士はヴァロッドがこちらを向いたことに気付き、背を正す。


「本当にお前たちだけでやってのけてしまった。それだけ強い味方がいると、こいつらは安心してるんだ。お前たちを怖がるなんて、そんな事はしないさ。むしろ、称賛している!」


 最後の言葉はやけに強調されていた。

 それを聞いた兵士たちは、武器を掲げて声を上げる。


 盾を持ち直したヴァロッドが、それを大きく天へと掲げた。

 大きく息を吸い、勝利の宣言を口にする。


「我らの勝利だ!!」

『『『『おおー!!!!』』』』


 兵士たちは嬉しそうにして叫んでいる。

 エンリルがもたらす幸運を手放さなかったからこそ、この勝利はもたらされたものだ。

 それを今ようやく、彼らは理解して俺たちという存在を認めてくれたのだろう。


 ここまできたか~。

 なんか、長かったなぁ。

 ライドル領の領民も初めはおっかなびっくりだったけど、セレナとメイラムのお陰で次第に俺たちという存在が浸透していった。

 そっからガンマたちが来たことには驚いたけどな……。


 多分向こう側も無事に戦闘は終わっている事だろう。

 強いて言うなら物資の運搬に手こずっているくらいかな。


 いやぁ、でも本当に怖がられてなくてよかった。

 こいつらとなら、本当に子供たちが平和に暮らせることができる未来を作れるかもしれないな。

 信じてよかった。

 いや、本当に。


「もうすることはないな?」

『ああ、もうない。あとは帰るだけだ。だがテクシオ王国の援軍はどうする?』

「お前たちの強さは領民に証明された。今度はお前たちだけで討伐しに行ってもらって構わない。そこからは任せろ。俺たちの出番だ」

『ああ。期待している』


 政治的活動はすべてこいつに任せるしかないからな。

 戦争に勝ったということなので、それによる賠償や有利になる制度なんかをバンバン作ってもらいたい。

 もしあれだったら俺たちの名前を使って脅してもいいぞ!

 安心できる未来が作れるなら、俺は名前くらい使われたっていいしな。


 んー、そうだな。

 テクシオ王国の援軍はまた今度でもいいだろう。

 到着に時間が掛かるだろうしね。


「では今日は引き返すとするか。領民を安心させなければならないからな」

『分かった』

「お前たち! 帰る準備だ! 帰ったら宴を開くぞ!!」

『『『『おおおおーーーー!!!!』』』』


 勝利の宴会だ。

 俺たちにも何か食べさせてくれたらいいなぁ~。

 あ、そうだあの蛇まだ残ってたな。

 それ解体してもらって食べさせてもらうことにするか!


『レイ、お前の狩った蛇ってまだいたよな』

『いるのいるの! あれ食べるのー!?』

『おう。折角の勝利だ。美味いもの食って楽しもう』

『やったのー!』

『ハァーおわたぁ……』

『ウェイスは案外臆病なんだね。知らなかったよ』

『ち、ちが! 本番に弱いだけだよベンツ兄ちゃん!』


 かもしれないね~。

 フフ、これでまた平和なひと時が流れそうだな。


 もしうまくいったら、子供たちに来てもらってもいいかもしれないね。

 完全に移動することは考えていないが、今本拠点にいる仲間たちにも人間に慣れさせておきたいし。

 バルガンとかは無理だろうけどね……。


 兵士たちは帰還の準備をし始める。

 それもすぐに終わるようなので、あと少しすれば出発することができるようだ。

 早いね~。


 その時、濃い魔力が後方から流れてきた。


『!』

『兄ちゃん!』

『レイ、ウェイス! 下がって人間を守れ! 界! 空間魔法を頼む!!』

『『分かった!』の!』

『結界ですね! 任されました!』


 指示を聞いた三匹は、すぐに行動する。

 界が俺とライドル領の兵士の間に結界を作り、レイとウェイスが防衛に入る。

 俺とベンツが前に出てその濃い魔力を警戒した。


 ライドル領の兵士の中にも濃い魔力に気付いた者が数名いるようだ。

 警戒してその方向に武器を構える。


『おい、こりゃ……』

『セレナの……ワープ魔法……?』


 以前セレナの適性魔法を見た時に、セレナは巨大なワープゲートを作り出していた。

 それとほぼ同じものが、ここに出現していたのだった。

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