8.47.転移魔法から……
だがこのワープゲートはセレナのものではない。
魔力が違うのだ。
しかしこれは数十人、いや数百人が闇魔法を使って無理矢理空間をこじ開けているものだということが分かった。
合唱魔法的なものがあるのだろうかと思ったが、今はそれを気にしている場合ではない。
俺とベンツは、そこから出てくるであろう何かに注意する。
警戒し、爪を地面に立てて戦闘態勢をとった。
しばらくすると、甲冑の音が聞こえてくる。
一人の兵士が旗を持ってその中から出てきたあと、止まらない波のように兵士が止めどなくワープゲートから出てきた。
足並みは揃っており、よく訓練されている兵士だということが見て取れる。
一番初めに見た旗は、テクシオ王国のものだ。
俺は彼らを一目見て理解した。
この兵士たちは、他国兵士に比べて数十倍の強さを持っている。
テクシオ王国はエンリル狩りを行ったあと、魔物が溢れ出して土地が侵食されてしまうという危機的状況にまで追い詰められている領地だ。
だが彼らはその領地を守るために、日夜戦闘を繰り広げている兵士たち。
二年の月日があれば、人一人の人間を屈強な戦士にすることができる環境が整っていたのだ。
兵士の一人一人を見てみても、魔力量は他国の兵士とは比べ物にならない。
馬に乗っている隊長格と思われる人物は、そんな兵士たちの三倍ほどの魔力を有しているように思える。
先ほど戦った、あの冒険者よりも質がよさそうだ。
強者の重圧というものが、ライドル領の兵士に襲い掛かる。
数、圧、技術、すべてをもってしてもこちらは劣っているのだ。
『二年でここまで変わるか』
『でも僕たちの敵じゃない』
『確かに』
でもあのワープゲートを作っている魔術師には注意しなければならないな。
さっきまで戦っていた女冒険者の様に、魔力をかき乱して魔法を霧散させることができる人間もいるかもしれない。
そうなれば肉弾戦で戦わなければならないので厄介だ。
でも深淵魔法は問題なく使えたな。
戦うのであれば初手でそれを使うとするか。
『! 兄ちゃん、あの人間が付けるやつ……』
『防具のことか?』
『あれ、反射のなんたらとかいってたやつじゃない?』
『エンチャントが付与された防具か!?』
目を凝らしてよく見てみれば、確かに胸元当たりの箇所が紫色の変色していた。
あれはエンチャントされている防具だという証……。
隠していないということは、隠すだけの価値がない防具なのか、それともバレたところで関係ないほどの自信があるのか……。
もしくはわざと見せてたりするかもな。
やっべ、今まさに俺がその術中にはまってるじゃねぇか。
警戒……しないとな。
てなると迂闊に重力を使うと俺にまで返ってくる可能性があるな。
何が付与されているか分からんから迂闊に手が出せんぞ……。
ワープゲートからはようやく兵士が全て出てきたようだ。
兵力の総数は千……といったところか。
テクシオ王国は援軍を出すだけの余裕はあまりないだろうからな。
だがこれだけは出せるのか……。
兵士はその場に並んだまま何もしてこない。
そう指示されているのだろう。
すると兵士が動いて隊の間に一本の道が作られた。
そのあとワープゲートから馬車が出てくる。
ずいぶんと豪華な装飾を施されたものであり、この屈強すぎる兵士たちに囲まれてなんだか浮いているように見えた。
「なんだあれは……。テクシオ王国の兵士だということは分かるが……」
「ヴァロッド様! エンリルがやっつけてくれますよね!?」
「その辺は心配ない。だが……なんだか妙だ」
「同意するね」
彼らの様子を見ていたヴァロッドとディーナは、そう感じていた。
なぜこのタイミングなのだろうか。
タイミングが良いのか悪いのか分からない。
だがもしライドル領が領地で防衛の構えを取っていた場合、彼らはサニア王国と合流をすることができていただろう。
この出兵という形は間違っていなかった。
馬車から一人の男が降りてくる。
豪華すぎるとはいかないが、明らかに貴族や王族が身に着けるような服を着ていた。
そして頭には……冠が乗っていた。
『……え? 王族?』
『なにそれ』
『国の中で一番偉い人間。ヴァロッド的立ち位置』
『全然見た目違くない?』
『う、うん』
まぁこいつはなんていうか……特別だし。
馬車からは後三人の白衣を着た男性が降りてくる。
何処かで嗅いだ臭いがした。
何時だったか覚えていないが、臭いというものは何故か覚えているものだ。
「……ライドル領領主、ヴァロッド・ライドルはいるか」
王らしき人物が、ヴァロッドの名を呼んだ。
何をするつもりかは分からないが……とりあえず目の前にある結界を解かなければならないだろう。
界を見て、解除するように促す。
そうするとすぐに結界は解除された。
だが何が来てもいい様に警戒しておかないとな……。
「ヴァロッド様……」
「少し、行ってくる」
盾を持ち、甲冑の位置を直したヴァロッドはずんずんと歩いていく。
俺とベンツの間を通り抜け、最前線に立った。
「ライドル領領主、ヴァロッド・ライドルだ。テクシオ王国国王、ファイアス・コネグリフ様とお見受けする」
「いかにも……。我がファイアスだ」
「用件はなんでしょうか。敵同士、そう話すことなどないと思いますが」
「……違うのだ、ヴァロッドよ……。違うのだ」
「違う……?」
ファイアスが片手を上げる。
すると連れて来た兵士全員が武器を仕舞い、もしくは地面へと置き、片膝をついて首を垂れた。
白衣を着た三人も同じように、片膝をついて首を垂れる。
この状況に驚いたヴァロッド。
だがこの行動を理解することができず、ファイアスの言葉をただ待った。
彼は心底後悔しているように、だがそれでも確かな意志と覚悟を持って、ヴァロッドと目線を合わせる。
「我は、戦いに来たのではない。この戦いを、止めに来たのだ」
「……と、いいますと」
「予定ではここにサニア王国の兵士がいるはずだった。もしいた場合は即刻殲滅戦を行い、その後にサニア王国を滅ぼす予定だったのだ」
「!?」
ちょっと待て、これは俺も聞いた方がよさそうだ。
『ベンツ、来い』
『え!? だだ、大丈夫なの?』
『ああ。まぁ何が来ても大丈夫だしな』
あれはテクシオ王国国王だ。
恨みのある国ではあるが……もう仇は討った。
それに……懐かしい臭いの原因が気になる。
俺は通訳のベンツを連れて、ヴァロッドの近くへと歩いていった。
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