7.30.感謝


 小さな声が聞こえた。

 少し体が揺すられている気がする……。


 パチリと目を開けてみると、三狐が俺の顔に何度も何度も体当たりをしていた。

 なんだと思ってゆっくりと首を持ち上げてみると、胸あたりに痛みが走る。

 だがすぐに収まった。


 ……あれ……?

 俺なんでこんなところで寝てるんだっけ……。


『『『オール様ぁ!!』』』

『どうした三狐』

『『『どうしたもこうしたもありません! ガンマ殿が!』』』

『……あ!!』


 そうだ!

 俺ガンマに吹き飛ばされて気絶してたんだった!

 あれからどうなった!!


『ガンマは!?』

『『『あっちで蹲ってます!』』』

『ベンツは大丈夫か!?』

『『『大丈夫です!』』』


 こいつらが気絶していなくてよかった。

 ていうか潰れてなくてよかったぜマジで。


 周囲を見渡してみると、大きな亀裂が地面に入っていた。

 建物が数個倒壊したようだが、そこに領民はいなかったので怪我人は出ていないらしい。

 血の匂いがしないから分かる。


 そこで、ベンツとガンマの匂いも確認できた。

 ベンツは足に怪我をしている様だが、かすり傷なので問題はないだろう。

 そしてその隣に、ガンマがいた。

 伏せて耳を下げ、しょんぼりとしている。


 反省の色を見せているということは分かるが……どいつが止めたんだ?

 俺は完全に止められなかったからな。

 流石にあいつの身体能力強化の魔法には勝てん……。

 ああ、今思えば沼でも作っておけばよかったかもしれないな。

 三狐と一緒に発動できる物ばかり考えていたからなぁ……。


 さてと、人間は大丈夫か?

 って思ったけど……地面から人間の血の匂いがする。

 あとなんか片腕が落ちているが……というか王族はどこ行った?

 あれだけいた兵士たちは?


『……その前に、ガンマだな。乗れ、三狐』

『『『はい』』』


 三狐を背中に乗せ、亀裂の入った地面を修復しながらガンマの所に歩いていく。

 よくもまぁこれだけ暴れたものだ。

 しかし、これだけの被害で済んだのは幸運だったな。


 俺が気絶してから深淵魔法による重力は解除されていただろうし、何の枷も付いていないガンマの暴走。

 どいつが止めたのか本当に気になるところだ。


 歩いている内に亀裂の入った地面の修復は終了し、二匹のいる場所に来ることができた。

 すっかり自我を取り戻したガンマは、目を閉じて耳を下げている。

 寝ているわけではないようだな。


『ベンツ、大丈夫か?』

『うん。結構痛かったけどね。手加減してくれてよかったよ』

『……』

「……」

『レイドか。何してんだこいつ』

『『『オール様。レイド殿がガンマ殿を止めたのです』』』

『へぇ?』


 ガンマの顔をじっと見ながら座っているレイドがいた。

 なんだか難しい顔をしている。


 しかし、こいつがガンマを止めたのか……。

 よくもまぁ、俺たちより小さい人間がこいつを止めれたものだ。

 前から結構遊び相手にはなってたみたいだけど、それがこんな形で役に立つとはな。

 あとで通訳を立てて礼を言っておこう。


 だがこうなってしまった以上、問題が出てきた。

 あの後どうなったか全く分かってはいないが、あの血を見るにやってしまったのだろう。

 俺だって理性を保つのはギリギリだった。

 本当はあいつを殺したい衝動で一杯だったさ。

 多分、それはベンツも同じだろうな。


 ぶっちゃけ、こうなっても仕方がなかったと思う。

 ヴァロッドもこうなることが分かって、ここにあの馬鹿を呼んだわけではないだろうしな。

 俺だって、こんなこと予想できるはずもない。


『ガンマ』

『……すまん……すまん……兄さん』

『……いいさ』

『よくねぇよ。俺は、兄さんが考えていた未来の子供たちの為になるこの共存を……壊したんだ……。俺は馬鹿だから難しいことは分かんねぇけどよ……駄目だったってことくらい分かる……』


 ……まぁ実際、サニア王国からの支援は完全に不可能になっただろう。

 それに加え、ここにいるエンリルは狂暴だと言われてもおかしくはない。

 いや、そう言われる可能性の方が高いか。

 これが周辺諸国に通達されれば、俺たちの存在は勿論、俺たちと生活をしているライドル領の領民も危険視されるかもしれない。

 匿っているのと同じだからな。


 交易路が途絶えるのは、何として避けたいところではあったが、こうなってしまった以上本当に俺たちだけで生活をしていかなくてはならない。

 他にもまだ国はあるだろうが……王族の横の繋がりは広く、そして深いだろう。

 これは予想なのでヴァロッドに聞かなければ分からないことなのだが、それでも最悪な事態を想定しておいた方がよさそうだ。


 全ての交易路が断たれ、支援はない。

 俺たちはここにいる領民だけで生き抜いていかなくてはならず、更にはその領民すらも危険視される可能性がある。

 ここを去る者もいるかもしれない。

 領民の減少は、領地の在り方を変えてしまうだろう。


 そもそも俺たちをこれからも受け入れてくれるかどうかすら怪しくなっている。

 他の仲間たちも人を殺すのではないか。

 そう思われても不思議ではない。


『……確かに、お前がやってしまったことは取り返しがつかないことだ。これからの人間との関係も、怪しくなってくる』

『……ッ』

『だが、俺はお前に……礼を言わなければならん』

『は?』


 ガンマはようやく目を開け、首を上げた。

 俺の言ったことが理解できないという表情を向けている。

 それはベンツも同じだった。


 だが、こいつには確かに礼を言わなければならないのだ。

 俺は一拍おいてから、ガンマに向かって言葉を放った。


『俺たちの代わりに怒ってくれて、ありがとうな』

『……ッゥ……ウグゥウウウ……!』


 ガンマは、二度目となる涙を見せた。

 俺は怒れなかった。

 いや、怒ってはいたが、それを行動には移すことができなかったのだ。


 どうなるか分かっていたから。

 牙を向いてはいけないと、理解していたから。

 それによって何が起きるか、把握していたから。


 俺は、感情に任せて行動はできなかった。

 だから親の毛皮を見ても、何もすることができなかったのだ。


 それを代わりにやってくれた。

 怒ってくれた。

 牙を向いて攻撃をしてくれた。


 これからのことを抜きにして考えてみれば、牙を向くのは当然のことだ。

 だから俺は、ガンマに礼を言う。

 俺ができなかったことをやってのけてくれたガンマに。


『ありがとう』

『グウウウ……ウウウウ……!』


 ベンツもガンマに礼を言う。

 嗚咽と爪を地面に突き立てる音だけが、その場を支配している気がした。

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