7.29.阻止……


 オールを首の力で別方向に吹き飛ばしたガンマが、一直線にカレッドに向かってくる。

 牙を向いた大きな狼に敵意を向けられているということをようやく悟ったのか、驚愕の表情を露わにしておぼつかない足取りで馬車へと向かう。


 だが障害物のない道を走るガンマは、ただでさえ足の重い人間を逃すという失態は犯さなかった。

 流石にヴァロッドも止めにかかるが、今は盾を持っていない。

 自分の力だけで何処まで耐えることができるか不安だったが、腕だけで何とかするしかなかった。


 しかし、ガンマはヴァロッドを飛び越えてカレッドに迫る。


「ひえああああ!!」

「「カレッドさ──」」

「グルガァアアア!!」


 カレッドを後方へと引き戻そうとした兵士がガンマの前に立つが、大きな腕に踏み潰されて言葉が途切れた。

 鮮血がトマトの様に弾け、カレッドに更なる恐怖心を植え付ける。


 大きく腕を振るいながら逃げていたが、ガンマはそれにようやく追いついた。

 そして、頭を狙って噛みつく。

 しかし噛みつかれる寸前、小さな小石に躓いてしまい頭に噛みつかれるということだけは避けることができた。

 その代わり、バランスをとる為に後ろに振り上げてしまった左腕は綺麗に噛み千切られてしまう。


「うああああ!? うで! 腕がぁああああ!! 血!! 血!! 余の血がああ!! 腕がああ!」

「グルルル……ガルアアアア!!!!」

「灰のエンリルよ! 止まれ!!」


 ようやく追いついたヴァロッドが、ガンマの尻尾を掴んで止めさせる。

 それを邪魔に思ったガンマは足で蹴とばそうとするが、ヴァロッドは微動だにしなかった。

 それに違和感を持ったため、ゆっくりと後ろを振り返る。


 すると、ヴァロッドは光の盾に守られていた。

 邪魔をするなと理解できない唸り声を上げて睨みつけるが、これ以上は本当にマズいことになる。

 既に大変な事にはなっているのだが、最悪な事態だけは何としてでも避けなければならないのだ。


「お前たちの痛みは良く分かる! こんな事は予想していなかった! 私にも責任はあるだろう! だが待て! 今は堪えるのだ!」

「ガルアアアア!! グルアアアア! ギャルアアア!!」

「頼む! ここまで来たらもう何をやっても変わらない! 私はお前たちを敵にしたくはない!!」

「ガアアアア!!」


 会話は一切できていないだろうということは、ヴァロッドでも分かっている。

 人間の言葉を聞けるのは、あの白いフェンリルとセレナだけ。

 灰のエンリルは言葉を理解できないので、今はただ叫んで訴えているだけだ。


 だが今はそれでいい。

 とにかく時間を稼がなければならなかったからだ。

 フェンリルと黒のエンリルは今動けない。

 黒のエンリルはもう少しで家屋から脱出ができるようだが、今すぐにとはいかないのだろう。

 フェンリルは……気絶しているのか動かない。

 今動けるのは、ヴァロットだけしかいないのだ。 


「今の内に下がれ!! でないと本当に死ぬぞ!!」

「あぐああああ……うぅ……!」


 騒ぎを聞く付けた兵士や、馬車の近くで待機していた兵士たちが一斉にこちらに押し寄せてくる。

 痛がってはいるが、カレッドはなんとか自分の足で逃げることができているようだ。

 これであれば、最悪な事態だけは避けることができる。


 あとは……灰のエンリルを何とかしなければいけなかった。

 だが今使用しているこの防御魔法の持続時間は短い。

 どうにかして早期決着……いや、落ち着かせなければならない。


 問題は多くあった。

 会話ができない、通訳もいない。

 興奮しているエンリルをどうやって止めればいいのか、皆目見当もつかないのだ。

 それにこのエンリルは竜の攻撃よりも強い攻撃を持っている。

 何か一つでも間違えれば、自分の身が危険であった。


(どうする……!)


 他の兵士では手も足も出せないだろう。

 今すぐこいつを殺せと言われても、無理がある。

 拘束すら難しいのだ。

 それは先ほどのフェンリルの魔法で把握している。


 手加減しているのか、興奮で頭に血が上っているのか、なんにせよ今あの炎魔法を使っていないことに感謝こそすれど、状況は芳しくない。

 こうして考えている間にも、灰のエンリルはヴァロッドに攻撃を仕掛けてくる。

 耐えれてあと数回ほどだ。


「止まってくれ!!」

「ガアアアアアア!!」

「伏せろヴァロッドおおおお!!」

「!!」


 右側から聞こえたその声に反応し、すぐに尻尾を持ったまま伏せる。

 すると手から尻尾がするりと逃げてしまった。

 何が起きたのかを確認すると、灰のエンリルは少し遠くへと吹き飛ばされており、今は爪を地面に食い込ませて吹き飛ばされるのを防いでいる。


「レイド……!」


 そこには、防具だけを着たレイドが立っていた。

 戦闘態勢だけを作って、灰のエンリルに構えている。


「よー耐えたな! あとは任せろい!」

「すまん! だが気を付けろ! 灰のエンリルは自我を失っている!」

「見たらわかるってんだ! 避難誘導はよ!」

「応!」


 役割は速攻で決まり、すぐに行動に移る。

 レイドは灰のエンリルと対峙し、ヴァロッドは避難誘導をする為に大声を出して指示を飛ばした。


「っしゃこい!」

「ガアアアア!!」


 灰のエンリル、ガンマは大きく腕を振りかぶって攻撃する。

 それを避けることなく、レイドは握り拳を作ってそれを打ち返した。

 だが流石にガンマの本気を受け止める事はできず、膝をついてしまう。


 しかし、レイドはそれに微かな喜びを感じていた。


「いいね!」

『!? ……あっ……』


 がむしゃらに攻撃をしていたガンマ。

 最後にレイドに打ち込んだ攻撃は、確かに手加減はしていなかった。

 二年前、手加減ができなかった時、地形を壊したあの攻撃以上の力を使用したはずである。

 それをレイドは攻撃だけで相殺した。


 小さな人間が自分と同じ力を持っていることに驚く。

 そのおかげで、今戦っているのがあの人間ではないということに気が付いた。

 自分が今何をしていたのか、すぐに把握し周囲を見渡す。


 そこには家屋からようやく出てきたベンツと、気絶しているオール。

 三狐が一生懸命起こそうとしている。

 壊れ、鮮血の飛んでいる地面。

 肉塊となった人間が鉄と一緒に埋まっており、周囲の人間は恐怖の目を向けていた。


 流石のガンマでも、分かったことがある。

 耳を下げながら、レイドから数歩後ずさった。


『……やっちまった……』

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