7.31.弁解


 ライドル領は、騒がしかった。

 誰もがこれからどうなってしまうのかという不安を募らせていたからだ。

 領民を安心させたいヴァロットではあったが、まずは俺の所に来てくれた。

 丁度俺も話したかったところだ。


 どうやらベリルとセレナを呼んできてくれていた。

 少しこの場を離れていたらしい。

 そして到着すると同時に、先ほどあったことを事細かく教えてくれた。


 ガンマが暴走した後、避難誘導は速やかに行われ、領民に怪我人はいなかったらしい。

 だがしかし、王族の腕はガンマによって噛み千切られ、回復魔法が使える者に付き添われながら帰ってしまったそうだ。


 まぁそれが普通だろうな。

 襲われてずっとここに滞在したいとか絶対に思わないだろうし。

 しかし魔法を使うんだったら、怪我がある程度まで回復するまでは残っていればいいものを……。


 ヴァロッドは王を攻撃してしまったことにより、連れてきていた兵士に俺たちを殺せと命じられないかひやひやしていたらしいが、彼らの中にもガンマや俺たちの戦いを見ていた者はいるはずだ。

 あの戦いを見てすぐさま突っ込んでくる奴は、相当なバトルジャンキーだよ。

 まぁそういった奴はいなかったようだな。


「しかし、これでサニア王国からの支援は見込めない」

『……すまん』

「私だって、自分の両親の皮があんな風に使われていたら怒るさ。想定外なことだったんだ……」

『それはそれだ。今回の非はこちらにあり、俺たちは今ここに居づらい状況にある……。結果として、人間を攻撃し、殺してしまったからな』


 ヴァロッドがどう言おうと、やってしまったことは変わらないのだ。

 彼一人が許しても、他の領民はあの豹変ぶりに恐怖を感じてしまっているはずである。


『それに……』

「いや、いい。言わなくても分かっている。この一件で私たちの立場は非常に厳しくなった。最悪な事態も覚悟しておかなければならない……」


 それ……って……。


『お前、戦争をするつもりか?』

「……」

『俺たちが引き起こした問題なのだぞ? 何故お前がそこまでするのだ。このままではお前は勿論、領民だって立場が危うくなるのは分かっているだろう』


 俺がそう言っても、ヴァロッドの表情が変わることはなかった。

 戦争をするということは、俺たちを庇うということだ。

 確かに守ると約束はしてくれたが、ここまでの害をなしても尚、何故守ってくれるのだろうか。

 それが不思議で仕方がなかった。


 ヴァロッドは表情を変えないまま、俺の方を見る。


「俺たちのためなんだ」

『……』

「騙しているようで申し訳ないが、今お前たちの力を手放してしまえば、ライドル領自体の存亡が危ぶまれる。今はフェンリルたちがいるから迂闊には手を出せない。だがお前たちを手放せば……責任追及は真逃れる事はできず、武力行使でも確実な敗北を迎えることになるだろう」

『……そういうことか』


 考えてみればそうだ。

 アストロア王国からの支援を絶った今、ライドル領は自給自足の生活に変わった。

 領民も良くやってくれているが、一番貢献しているのは俺たちエンリルの狩りである。


 荷運び、土地の整備も俺たちがいるからこそここまで早く作業を進めることができた。

 今、このライドル領を人間たちだけでやりくりしていくのは不可能に近い。


 俺たちが居なくなれば、領民や周辺諸国の警戒心は一気に薄れるだろう。

 だがそれを逃すことは絶対にしない。

 サニア王国の王族を怪我させてしまったのだ。

 騙したと言われても、相手が魔物なので弁解をするのは非常に難しい。

 その結果、その責任をヴァロッドは受けることになってしまうのだ。


 それを避けるためには俺たちの協力が絶対に必要。

 このライドル領を廃らせないためにも、必要なのだ。


『ま、力を貸すと約束したからな。俺はお前たちの方針に合わせる』

「助かる。だがまずは……」


 そう言って、ヴァロッドは街を見た。

 騒動が収まり落ち着いてところで、領民が様子を見に来ていたのだ。

 彼らに事情を説明しなければならないだろう。


 弁解できるかどうかは分からない。

 だがヴァロッドは、俺たちを信じてくれている。

 であれば俺も信じておかなければならないだろう。


「聞け! 皆の者!!」


 ヴァロッドは大きな声を上げ、領民に先ほどあったことを伝えていく。

 そしてこれからのことも。


 ガンマが王族に手を出したことにより、支援は見込めない。

 狂暴なエンリルとして見られているはずなので、それを匿い、領地に居座らせているとして、ヴァロッドは勿論、領民の皆が危険視される可能性。

 支援が見込めない以上、ここで生活をしていくにはフェンリル、エンリルの力が不可欠。

 最悪の場合は戦争をする可能性すらあること。

 そしてガンマが暴走した理由を、最後に事細かく話してくれた。


 領民は、ざわつきながらもその話を最後まで聞いた。

 現状が最悪な事には変わりがない。

 なのでヴァロッドは、この領地を去っても大丈夫だと伝えた。

 それを誰も責めはしないという言葉を最後に置いて。


「私は、フェンリルと約束をした。守ると。それを果たせるかどうか今となっては分からないが、最後まで尽くそうと思う」

『……なぁヴァロッド。逃げていいって言うけど、逃げ場なんてないからな? 既に領民すら危険視されてんだから、どこからも受け入れられないぞ?』

「……あっ」

「お父様……」


 おい。

 なんでそこでガバるんだよ。


 ベリルの通訳もあり、俺の言葉は周囲にいた領民全てに届いた。

 それに笑う者もいれば、頭を掻いて呆れている者まで様々だったが、結局は全員が仕方なしに仕事に戻る。


「頼むぜヴァロッド様……」

「逃げ場がないならここにいるしかないじゃない」

「戦争になったらどうなるかわかんないけど……ねぇ……」

「うん……。エンリルが居たらなんとなかるんじゃない?」

「あの地震って灰色のエンリルがやったんだろ? どんだけ馬鹿力なんだろうな……」

「まぁ仕方ねぇよな。親殺されてんだもん。ああなるのが普通だろ」

「いやいや、今俺たち危険なんだって。それには変わりねえからな?」

「そうだよ! サニア王国と戦争とか負けるに決まってるよ!」

「かもしれねぇけど……」


 いろんな意見が飛び交っている。

 やはりというべきか、否定的な意見の方が多い。

 だが何処に逃げても意味がないということから、諦めている者もいるようだ。


 不安なのは仕方がないだろう。

 だが領民を一気に安心させることができる方法が一つある。


『戦争に勝つしかないな』

「ああ」


 暴力は全てを解決するみたいですね。

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