6.36.話し合い


 その場に取り残された仲間たちは、各々が様々な考えを巡らせていた。

 オールが言った事であれば、それは間違いはないのだろうという狼。

 自分の私情を抑えられず、どうしていいか分からなくなっている狼。

 そうなった場合の動きを懸命に考えている狼や、子供を守る為であればと納得する狼など様々だ。


 小さな子供も話し合いに参加していたが、良く分かっていないようでとりあえず眠ったりしている。

 いつもであれば可愛らしいと愛でる所だったが、親狼はこの子たちの事を想ってまたオールが言った言葉を考えていた。


『……ガンマ』

『んだよ』

『随分機嫌が悪いね。やっぱり兄ちゃんの言った案は受け入れがたい?』

『……俺ももう親なんだ。兄さんの言いたいことは痛てぇほど良く分かる。……分かるんだ。分かってんだよ……!』


 ガンマは爪を立てて地面を割る。

 無意識に力が入ってしまった事に気が付き、地面から手を離した。


 仕方がないなぁ、と言った様子でデルタがその地面を直す。

 このままでは子供たちが怪我をして危ない。

 ガンマはデルタに「すまん」とだけ言って、大きなため息をついた。


 故郷の大地にいた狼たちは、まさかこんなことになるなど思ってはいなかっただろう。

 そして仲間の殺害現場を見てしまったオールが、このような提案をするなど夢にも思っていなかったはずだ。


 だがベンツは分かっていた。

 オールがどれだけの不安と戦って、この提案を皆にしたのかという事を。

 並大抵の事ではあのような提案はできるはずがない。

 仲間を思いやる覚悟がそれを上回ったからこそ、この場でそう言ったのだ。


 しかし、未だ私情と戦っている狼は多い。

 知れずと親を殺された狼、親の顔をほとんど見ることなく離ればなれにされた狼がいるのだ。

 記憶がないとはいえ、その匂いはしっかりと覚えているだろう。

 もう二度と同じ匂いはしないのだ。


 その原因を作ったのは人間。

 だがそれは過去の事だと割り切れる狼は非常に少ない。


(だけど、あの説得は効いたみたいだよ。兄ちゃん)


 ベンツは今のガンマの様子を見て、そう思う。

 あれが無ければこうはなっていなかったはずだ。

 子供の未来を作るという言葉は、少し卑怯だとは思ったが説得するには非常に強力な武器となった。


『シャロ、デルタ、ニア、ライン、レイン。君たちの今の考えを教えてもらってもいいかい?』

『私は、オール兄ちゃんの言った事を信じる』

『私もよ』


 ニアとレインは、自分のお腹を見ながらそう言った。

 これから産まれてくる子供を想っての事なのだろう。


『僕も……信じるよ』

『僕も信じるかな。だってさ、オール兄ちゃんが今までやって来たことで、間違ったことって一回もないじゃん。レイたちの新しい棲み処の提案も大成功したし、故郷からここに来るまでの道もすごく安全だった。これまで一匹も欠けることが無かったのってさ、全部オール兄ちゃんのお陰だと思うんだよね。だからさ、今回も信じていいと思うんだよ』


 ドロの言葉の後に続くように、ラインが今考えていたであろう言葉を並べてそう言った。

 このラインの言葉が決定打だった。

 全員の目の色が変わり、お互いを見て小さく頷き合う。


『フッ、まさかラインがそんな事を言うとはな』

『う、うるさいなぁ。ガンマ兄ちゃんが一番渋ってたじゃん』

『今もだ。わりぃが俺はやっぱり人間は許せねぇ。だが兄さんは信じる。一匹ぐらい、気を緩めずに奴らを見張っておいた方がいいだろうからな』


 そっぽを向きながらそう言うガンマだったが、とりあえずオールの提案には乗ってくれるようだ。

 素直ではないが、ベンツもまだ人間は許せそうにない。

 その考えだけは同意し、後はオールに任せることに決めた。


『じゃ、兄ちゃんに伝えてくるよ』

『ああ。後は兄さんに任せよう』


 ベンツは洞窟の外に行ってから姿を消し、オールの元へと向かって行った。

 これ程にまで早く全員の意見が一致するとは思っていなかったが、今回はラインのお陰だろう。


 それからはオールの指示を待つことになる。

 レイたちはあの第二拠点へと戻り、狩りを続行しながら周辺の調査をすることになった。

 今はオールを信じ、これからを見守ることにする。


 まだ気を許す事は出来なかったが、これが人間との協力の最初の第一歩となるのは間違いのない事だった。

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