6.35.守るために


 洞窟の中に全ての群れの仲間が集まった。

 俺の兄弟、ベンツとガンマ。

 縄張り争いで敵リーダーを倒した時に、その群れの中にいたシャロたち兄弟五匹。

 その後に産まれたレイたち兄弟六匹。


 この棲み処に来て仲間になったスルースナーの群れ八匹。

 一角狼のヴェイルガの群れ四匹。

 いつの間にか背中にいた三狐三匹。

 ここでの生活の中で産まれた子供、九匹。


 その全員が今、俺の方を向いて話を待っている状況だ。

 まだ産まれていない子供もいるので、この群れはもっと増えるはずである。

 その事を嬉しく思いながら、俺は考えていた提案を皆に話すことにした。


『まず聞きたいことがある。お前たちの人間に対する考えを聞きたい』


 この場にいる殆どの狼はその事に対して首を傾げる。

 人間の事を知っている狼は実は少ない。

 俺たち兄弟と、シャロたち兄弟しか知らないのだ。


 レイたちは当時幼く、あまり覚えてはいないだろう。

 他の狼たちもまた、人間とまともに対峙したことは無い。

 あの少年、ベリルが初めての接触相手となっていただろう。

 それも極々僅かな時間ではあったが。


『『『私たちは人間を良く知りません』』』


 一匹として口を開かないこの現状を見かねたのか、三狐が初めにそう言ってくれた。

 こいつらも人間の事は知らないのか。


『僕はあんなか弱い生物、食べにくい食料としか考えていません』


 一角狼のヴェイルガがそう言った。

 前に一度、人間を侮るなとは言っておいたはずなのだが、あまり真摯に受け止めてはいない様だ。

 まぁその考えは実際に対峙しないと変わるものでは無いのだろう。


『俺だぢも、知りまぜん。ヴェイルガど同じ意見でず』

『ああ……そうだな……』


 スルースナーとメイラムも同じ意見のようだ。

 その下についていた狼も、それに頷いて同意見だと肯定する。


 レイたち兄弟もそれに近い反応ではあったが、こいつらは人間に自分の親を殺された事は知っていた。

 なので嫌悪はしている様だ。

 それが普通なのかもしれないけどな。


『俺は……嫌だな……。あいつらのせいで、あの棲み処を追われたんだから』

『そ、そうだね……』

『棲み慣れた場所を移動するのって、とっても大変。もう、私はあんな旅したくはないわ』


 シャロ、デルタ、レインの言葉に、他の二匹も同意する。

 そしてそれに便乗するようにして、ガンマが声を上げた。


『俺は許さねぇ。俺たち家族を殺した奴らを許すわけにはいかねぇ』

『……それに関してはガンマに少し同意するかな。少なくとも関わり合いたくはない』


 昔からの考えは、変わっていない様だな。

 変われと言う方が無理な話かもしれないが。


 だが考えを聞けて良かった。

 これからの方針に必要になってくるからな。

 今の状況で俺の考えを言い出すのには非常に勇気のいることではあったが、これが家族を守るための最善策だと俺は考えている。

 俺たちだけではない。

 今後産まれてくる子供たち、はたまた子孫……未来永劫安全に暮らしていける世の中にしたいのだ。


 反発は受けるだろう。

 それは覚悟の上だ。


『皆の考えを教えてくれて感謝する。その考えを聞いたことを承知で、俺は人間との協力関係を築こうと思っている』

『兄ちゃん!?』

『おい兄さん……そりゃどういう事だよ……』


 驚いたのはベンツとガンマ二匹だけではない。

 シャロたち兄弟とレイたち兄弟も驚いていた。


 他の皆はどうしてそんなに驚いているのか、あまり理解できていないようだ。

 過去に起きたことを考えれば、人間との協力など絶対にしたくない事だろう。

 それは、俺も分かっている。


『人間を殺すのは簡単だ。この土地を離れ新しい棲み処を見つけることも、簡単ではないが可能。だがそうなったとして、俺たちの人間と言う脅威が完全に排除されるわけではない』

『僕たちの存在をばらす……。でもそれだとまた殺しに来るんじゃないの? 僕たちが変わったとしても、人間が変わっていなければその策は意味ないよ』

『変わっていないのは俺たちだけなんだよ』

『え?』


 そこで、俺は人間の里から仕入れてきた情報を全員に共有した。

 俺たちの故郷……人間はそこをテクシオ王国と言っていたのでそう呼ぶが、そこは俺たちがいなくなったために魔物で溢れかえっているという事。

 人間たちがエンリルたちの重要性に気が付いたため、また同じことが起きないようにと俺たちを狩ることを良しとしない者が現れているという事。

 それがあの少年の里の領主の考えである事。


 人間たちは、俺たちに対する考えをこの二年間で大きく変えた。

 だがそれだけではまだ弱い。

 密猟者、不届き物の冒険者などがまだ狙ってくる可能性がある。


『……そ、そうか……。そうなるのか……』


 ベンツは俺がやろうとしている事の意味を素早く理解してくれたようだ。

 流石と言うべきか。

 自分の考えに囚われず相手の考えの意味を理解する。

 本当にいい弟だよ。


『お、オール兄ちゃん……』

『……なんだシャロ』

『こんな事あんまり……言いたくないけど、オール兄ちゃんは……オート様の事覚えてないの……? リンド様や、ロード様……ルイン様は? 忘れちゃったの……?』

『忘れられるわけがないだろう。俺はその現場を見たんだぞ。今でもあの人間共のにおいが鼻にこびりついている。また会えば絶対に間違えずに殺せる程には覚えてるんだ』

『じゃあ何で……』


 俺はシャロの目をしっかりと見て、答える。


『死んだ狼を慈しむのは大切な事だ。だが俺はそれよりも、リーダーとして今生きている家族を大切にしたい。お前の言う事は最もだ。その考えは間違ってはいない。これは今までどんな仲間もやって来たことが無かったことだ。不安もあるだろうし、反発も覚悟していた。だが俺の代で、不毛な意味のない戦いを無くしたい。脅威を減らし、次に産まれてくる家族が安心して暮らせる未来を、作りたいんだ』


 これが今、俺が人間と協力関係を築こうとしている理由だ。

 人間の脅威がある限り、何処に行っても、どれだけ人間を殺しても、その脅威は絶対に払拭されることはない。


 だが人間は、俺たちに対する考えを変えた。

 その考えを利用しない手はないのだ。

 しかしそのためには俺たちが変わる必要がある。


 勇気のいることだ。

 難しい事だというのは俺が一番分かっている。

 すぐに受け入れてくれるなどとは考えていない。

 非日常が時間が立てば日常となるように、この考えもゆっくり浸透していってくれればそれでいい。


 シャロは俺の言葉を聞いて、目の色を変えた気がする。

 だが気のせいであったかもしれない。

 俺が考えを改めて欲しいと思っているが故の幻覚だったかもしれないのだ。

 こういうのは自分の良い様に解釈してしまうものである。


『まだ時間はある。皆少しだけ考えてみてくれ』


 俺は全員をこの洞窟に残し、気まずい空気の中を逃げる様に外へと向かってしまった。

 後は皆次第だが、俺は仲間を信じている。

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