6.33.なぜ、どうして、有り得ない


 人間の里を遠目から見ていた一人の男が、木の上で爪を噛んでいた。

 肌は黒く耳が長い。

 その色に相反すような明るい色の服を身に着けているが、それは普通の布のような素材であり硬い素材は一切使われていなかった。


 黄色い瞳が先程通って行った少年をしっかり捉えていたのだが、その懐にあの時のフェンリルの魔力が宿っている事に首を傾げ続けていたのだ。


「何故……? 何故? なぜな、ぜ? どうじでだ? 有り得ない」


 目をギョロギョロと動かしながら、自分の頭の中で思考を巡らせ続ける。

 あの少年はフェンリルであるオールと接触し会話をした。

 人間風情の身でありながらそのような行為は万死に値すると、自らが弓を射て仕留めたはずである。


 あの毒は人間には解毒できない力のある毒。

 数は量産できないが、どの様な処置をしていても確実に仕留めることのできるダークエルフの里に伝わる秘薬に近い効果のある物であった。


 その毒を入れられたというのに、生きている。

 それは有り得ないことで、ダークエルフであるフスロワを非常に困惑させる結果になった。


「何故フェンリル様の魔力が……? どうして……?」


 少年の服の中には、小さな別の魔力があった。

 彼の魔力総量が大幅に減少しているからこそ見つけられたものではあったが、あれは確かにオールの魔力だった。


 フスロワは服の中にオールの作り出した小さな土狼がいることは知らなかったが、その魔力があるという事は、あの時にまたオールと接触したという事が読み取れた。

 矢を射た後、オールはこの少年に接触したのだ。

 そして生きているという事は……治療をしたのだろう。


 フェンリルとエンリルが治療に当たったというのであれば、生きているというのも不思議ではない。

 だが何故人間を治療したのだろうか。

 それをフスロワが知るわけもなく、その行動を理解することが全くできなかった。


 だが何か理由があるはずである。

 人間にあれだけの事をされて、許せるはずがない。

 今も昔もそれは受け継がれているはずなのだ。


 何かを掴まされたのか、それとも弱みを握られたのか……。

 あの少年が生きていても何のメリットもないはずである。


「ああ、そうか……。人間がいるからいけないのか」


 フスロワはふと思う。

 どうして自分がこんな事で深く考えているのかと。

 もう少し簡単に物事を見ればよかったのだ。

 そうすればこのような無駄な時間を過ごさないでも済むようになる。


 人間がいるから、フェンリルであるオールは何かを考えているのだ。

 それが無駄な事であることに気が付いていない。


 であれば、自分が気付かせてあげなければ。

 それか、その無駄な存在を抹消してしまえば解決してしまう。

 自分がフェンリル様であるオールの所へ直々に行くのも迷惑だろう。

 ここは自分たちの力で解決してしまうのが一番である。


「あの村、壊そう。人間がいるからいけないんだ。いなくなれば、フェンリル様は平和にここで暮らせるんだ」


 もうオートの時の様な事態には陥らせはしない。

 彼は彼なりの意志を持って、事にあたろうと決意した。


 その為に何をしなければならないか、彼は十分に承知している。

 里に戻ってこの事を報告。

 ダークエルフはフェンリルを崇拝しているような種族だ。

 それと会話ができるフスロワの言葉は村長であろうが誰であろうが信じることだろう。

 後は実行するだけである。


 フスロワは木から木へと飛び移りながら、ダークエルフの里へと足を運んだ。

 ここからは少し時間がかかってしまう。

 兵と兵糧を準備するのに少し時間がかかってしまうが、フェンリル様の事であれば村の全員が参加してくれることだろう。

 女子供関わらず、である。


「待っていてくださいフェンリル様。悩みの種を消してごらんに見せましょう」

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