6.32.変わらなければならない


 笑い話もそこそこに、真剣な表情になってレンは溜息を吐く。

 彼女は他の三人が知らない事を知っていたのだ。


「話を戻すよ。ベリル……道中から記憶が無いのは分かったけど、どうして森に行ったんだい? ギルドにも顔を出していなかったって言うじゃないか」


 それを聞いてベリルは、あからさまにしまったという表情を表に出してしまう。

 そこを突かれるとは思っていなかったのだ。


 記憶がないというが、森に入った理由は覚えていてもおかしくないというレンの推測だったのだろうが、それが今回は一番聞かれたくないものになってしまっていた。

 いきなり話を作るのも可笑しな話なので、変なことを口走ってしまえばボロが何処かで必ず出てしまうだろう。


 だがこいつ、本当に誰にも俺たちの事を言わなかったんだな。

 今修羅場だけど、約束は守ってくれていた様だ。

 俺としてはそれで良いのだが、他四人の人間にとっては重要な事なのでこの質問からベリルが逃げる事は出来そうにない。


「え、えーっと……。ざ、座学が嫌で抜け出したんだぁ……はは、はははは」

「ヴァロッド! しっかり座学はさせないと駄目だろう!」


 レンの怒りの矛先は、座学をさぼっているベリルではなく何故かヴァロッドへと向けられた。

 人差し指を向けて真剣に怒っている様だ。


「何故私が責められるのだ!?」

「ちゃんと両立させれない教育をしているあんたが悪いよ! いいかい? 座学ってのは本当に大切な物なんだよ! 本一冊書くのに書き手がどれだけの苦労をしていると思っているんだ! その著者の人生が書きとめられているんだからね!」

「……いや待て、それと教育に何の関係があるんだ」

「一人の人間が経験して書き出した知識の書物! 読み込んで損なんて絶対にないんだよ! 座学勉学は絶対に役に立つんだから教え込みな!」

「お、おう……」


 最後は剣幕に押されて軽く頷いてしまったが、言いたいことを言ったのかレンは満足したようだ。

 ずかっと椅子に座って鼻を鳴らす。


「で、ベリル」

「な、なにレンさん」

「どうしてフェンリルとエンリルの話の本なんて読んでたんだい?」

「うぇ!?」


 図星を突かれた様にして露骨に驚いてしまう。

 レンの言葉を聞いて他の三人は首をかしげている様だ。

 知らないというより、何故それを知っているのかという事と、何故ベリルがフェンリルとエンリルについて調べようとしていたのかが普通に気になっているらしい。


 てかそんな本あるんか?

 まぁ人間の世界にならそう言うのもあってはおかしくはないか。

 こいつも調べようとはしていたんだな。

 普通の考えではあるけど。


 あーでもこの流れマズそうだなぁ……。

 普通にバレますやん。

 どうしましょ。


「いやあの、えっと……な、ナタリアさんにテクシオ王国の事を聞いて……それで気になって……」

「テクシオ王国って言うと……何処だっけ」

「レイド……そろそろ周辺の国の名前と場所くらい覚えてくれ……。ここから北西に一ヵ月進んだ場所にある大きな国だ」

「ああー! 今やべぇことになってるっていうあのな!」

「それを知っていて何故ピンとこないの」


 何だって……?

 テクシオ王国って言うと、俺たちの家族を殺した人間共がいる場所の筈だ。

 そこが今やばいことになっているだと?

 も、もう少し詳しく聞かせてくれ。


 レイド、と呼ばれたオレンジ色の髪を持つ巨漢はギルドマスターのディーナに小突かれたが全く動じてはいない。

 話の続きを聞くべく少しだけ待ってみる。


「確かエンリルがいなくなって、森から魔物が溢れてるんだったよな」

「その通り。汚染されるほどの規模でね」


 へぇ、今向こうそんなことになってんのか。

 まぁざまぁみろっていう感じだけどな。


 でも汚染という単語は初めて聞いたな。

 魔物が溢れ続けるとそんなことになるのか。

 聞くからに酷い状況になるんだろうけど、俺たちのいる所では絶対にそんな事にはならないだろうな。

 だって魔物って俺たちにとって食料だし……。


「そして、ようやくエンリルたちの存在の重要性が証明されたな」

「みたいだねぇ。テクシオ王国の研究者はよく頑張っていたね」

「その辺は知らないが、同じ過ちを犯さないようにと全ての国に資料を送った事は称賛に値する。私も全て目を通したぞ」


 ……おん?

 研究者が俺たちの事を全ての国に……?

 俺たちの存在の重要性?

 何の話をしているんだこいつらは。


「もうあのエンリルという狼を殺そうとする者は現れなくなるだろうな」

「だが高級品なんだ。密漁とか絶対起こるぞ? そういう条約も何もないから今は自由になんでもできる」

「有り得ない話じゃないな。まぁここでは絶対にさせはしないが」

「領主様が言うと説得力あるね。期待してるよ」


 勝手に盛り上がる大人たちを見て、何とかなったと安堵するベリル。

 俺はその服の中から様子を見ていたが、どうにも人間の考えは完全に変わってきているらしい。


 今まではただの高級品として狩りが行われていたが、俺たちが人間に知らず知らずにもたらすその安全はどの国にとっても手放しがたい物であったようだ。

 だがもし見つかった場合、レイドが言っていたように密猟が発生する可能性がある。

 そうなればまた移動するかその人間共を殺さざるを得ない。


 だがそのどちらをとっても、いい方向には進みはしない。

 移動するのは良いが、また長い期間の旅に加えて見つかるかどうかも分からない良い土地を当てずっぽうに探していかなければならないのだ。

 それは二年前の旅で経験し懲りている。

 あの大地をもう手放したくはない。


 人間を殺した場合、危険だとして排除される可能性が高い。

 そうなれば今人間たちがエンリルの存在は重要だとする派閥と、危険だから殺さなければならないという派閥とで分かれてしまうだろう。


 これを避けるにはどうすればいいか……。


『俺たちが変わるしかないのか……』


 俺はここで、視界共有を切った。

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