6.26.大騒動
夜……いつまでも帰ってこないベリルを心配し、父親であるヴァロッドは普段の冷静さを完全に消失させて町中を走り回っていた。
『ベリルー!! 何処だ! 何処に居る!!』
元冒険者であるヴァロッド。
装備も何も身に着けていない状況での移動速度は、常人のそれを凌ぐ。
後ろから追って来た部下を完全に置き去りにしている状況だ。
いつもであれば夕食より前には戻ってくるはず。
だが今日は帰ってくる様子どころか、その気配すらない。
一体何処に行ったというのだろうか。
まずは冒険者ギルドに直行した。
ベリルはよく冒険者ギルドで依頼をこっそり受けているという事は知っている。
そこにいる者であれば何かを知っている可能性があった。
だが森に行ったとしても死ぬような危険は絶対にないはずだ。
そこはせいぜいゴブリンが少数出る程度で、それ以上の危険はない。
約一年前に比べて大幅に魔物の数が減ったのだ。
それにより生態系も変わり、今では魔物より動物の方が多い環境の森となっている。
今のベリルの実力であれば、絶対に帰ってこれるはずであった。
それは稽古をつけてもらっていた指導者も言っている事だ。
ヴァロッドから見てもそれは事実であった。
同年代の中では一位二位を争う実力が、今のベリルにはあるのだ。
夜の冒険者ギルドは宴会騒ぎとなっている事が普通。
今晩も同じであり、灯りが外に零れて中では楽しそうな声が聞こえていた。
そんな所に扉を蹴破る勢いで入って来たヴァロッドに、何事かと近くにいた冒険者たちが目線を向ける。
「「「!? ヴァロッド領主!?」」」
一つのテーブルを囲んでいる冒険者たちがそう言ったと同時に、遠くで騒いでいた冒険者も目線を向ける。
そこには確かにここの領主、ヴァロッドがいた。
「お前たち! ベリルを知らないか!!」
ギルドの食堂中に響くほどの大声量でそう問うた。
すると先程までの宴会騒ぎが嘘のように静かになり、小声で何かを話している者が増えていく。
突然静かになった冒険者を不思議に思ったギルド職員のナタリアがひょこっと顔を出す。
ヴァロッドを見て驚いたが、対応しないわけにはいかない。
すぐに手を拭いてパタパタと奥から出てきた。
「ヴァロッド様! どうされたのですか?」
「受付嬢か! ベリルを知らないか! 今日依頼を受けてはいなかったか!?」
「べ、ベリル君……?」
今日の記憶を遡ってみるナタリアだったが、彼はここに姿を見せに来てはいない。
小さく首を横に振って、来ていないと付け加える。
「あ、あの……ベリル君は……」
「あいつまだ帰ってこないのだ! ここに来ていると思ったのだが……!」
「え、て……てことは……行方不明!?」
ナタリアの言葉を聞いて、冒険者たちは一斉に騒めき始める。
彼らの中でもベリルの存在を知っている者は多く、その頑張りを期待、応援している者も少なくはなかった。
良く話しかけてくれて、冒険に必要な物などを聞いて来たり、武器に関しての事などを若いながらに聞いたりして意欲をよく示していたのだ。
なにより領主の息子という立場であるので、有名人の変わり者であることには違いなかった。
知らない者は今この辺りにはほとんどいないだろう。
そんな彼が行方不明だと知って、黙っている冒険者たちではなかった。
「ヴァロッドさん! 何処に行ったとかも分からないんですか!?」
「今のところ手掛かりはない……。朝早く抜け出したことは分かっているのだが……」
「着ていった服とか、持って行った物で場所を把握する事は出来ないのかしら?」
「……失念していた!!」
ベリルが帰って来ないという事に動揺し過ぎていて、そんな事は頭からすっ飛んでいた。
確かに手掛かりは今それしかない。
すぐに戻ろうとしたと同時に、入って来た巨漢の男にぶつかってしまった。
いい勢いで突っ込んでいったので、少しよろめいてしまう。
「ヴァロッド様! やっと見つけたぞ!」
顔を上げてみると、そこには見知った人物が立っていた。
急いで走って来たのか、だらだらと汗をかいてしまっているが息を懸命に整えている。
その人物はヴァロッドよりも一回り大きい体つきで、筋肉質の男性だ。
今は防具を付けてはいないが、服の上からでも隠し切れない程の筋肉が見え隠れしている。
短髪に切りそろえた濃いオレンジ色の髪の毛が特徴的だが、それは帽子で隠していた。
手に持っている大きな片手斧は彼の愛用している武器だ。
いつもは二つ持っているのだが、今日は一つしか持っていない。
「レイドか!」
「メイド長の話を聞いてから行ってくれよな! ベリルの坊ちゃんはメイド長に弁当を作ってもらったらしいんだ! 向かったのは森だよ森! 服もなかった!」
「も、森か! すまない失念していた! 今すぐ探しに行くぞ!」
「ちょっと待ってくれ……少しだけ休憩……」
「置いていく!!」
レイドはここまで走って来た疲れもあって簡単に突き飛ばされてしまった。
武器も持たずに行くのかと言って止めようとしたが、既にヴァロッドの姿は見えなくなっている。
防具を着ていないあの男は速過ぎるのだ。
「話は聞かせてもらったぞレイドさんよぉ!」
「ぜぇ……はぁ……なんだ……?」
まだ比較的酔っぱらっていない冒険者たちが、各々の武器を持って立ち上がっていた。
チーム同士が何処に向かうかを相談し合い、できるだけ探せる範囲を広くするように展開するらしい。
どうやら、森に行くという話をしている様だ。
「なんだお前たち……」
「領主様一人に探させるわけにはいかねぇよなぁ!」
「そうだぞー。俺たちはベリル様に期待してんだ。行方不明って聞いて黙ってる奴はここにはいねぇぜ」
レイドが話を聞いている最中にも、冒険者同士の話は着々と進んでいき、既に捜査隊が完成しつつあった。
準備のできた物からギルドを出て出発し、ベリルが向かったと思われるカラッサ大森林へと足を運んでいく。
彼らの活動場所はこの安全過ぎるカラッサ大森林とは全く違う場所だ。
そこは比較にならない程の強い魔物がいる所であり、ここにいる冒険者の実力は他の場所から見ても引けを取らない程である。
そんな実力者が捜索をしてくれるというのだ。
心強いことこの上ない。
「おれもぉいくぅ~」
「わらひも!」
「うっせぇ酔っぱらいは黙ってろ!」
酔っ払いだけは放置して、他の全員は捜索へと向かって行く。
レイドはその背中を見ながら、未だ整わない呼吸を落ち着かせていた。
「いやぁー……。ヴァロッド様もそうだが、ベリルの坊ちゃんにも敵わねぇなぁ」
よいしょと言う掛け声で立ち上がり、彼も冒険者と同じ様にカラッサ大森林へと向かって行ったのだった。
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