6.23.Side-ベリル‐背後より


 翌日。

 ベリルはメイド長に頼んでまたお弁当を作ってもらった。

 受け取ってからすぐに出発し、あの場所へと向かって行く。


 何回も通えば道も大体理解する。

 比較的安全な道を選びながら、誰も付いてきていないかを確認しておく。

 この時間帯はギルドでの受付で混む時間帯だ。

 なので森の中には誰もいないだろう。


 ただでさえ安全なこのカラッサ大森林。

 低級冒険者が一人で森の中に入ることも珍しくなくなった。

 完全に冒険者活動としての足掛かりとなる基礎を勉強する森となっている。


 そんなカラッサ大森林も、あのエンリルたちがいなければできなかったはずだ。

 二年前まではそれなりに強い魔物が領地付近でも湧いていたのだから。

 この森は相当変わったと言えるだろう。


 足取り軽く目的地へと向かっていると、水辺を横切った。

 そう言えば弁当は準備してもらったけど水を用意するのを忘れていたのを思い出す。

 携帯用水袋を取り出して、それに川の水を入れていく。


 とても綺麗な水なので、このまま飲んでも大丈夫だと昔父親に教えてもらった。

 水が綺麗な場所では森や薬草なども育つが、魔物も湧いてしまう。

 汚染された土地では水の色が変わってしまって飲めなくなるらしい。

 毒が含まれてしまうのだとか。


 こんな綺麗な森がそうなってしまうのは絶対に嫌だなと思いながら、ベリルはまた覚悟を改める。

 絶対にエンリルたちに何かをしてあげなければならない。

 今日の会話はどちらにとっても非常に大切なものになるはずだ。


 屋敷を出て約二時間。

 今日は少し遠回りをしてしまったので、到着時間も長くなってしまった。

 やはり白いエンリルはまだいない。

 だが待っていれば来ると思うので、その辺に腰を下ろしてのんびりすることにする。


 しかし、この辺はごつごつとした岩が多い。

 今いる所はかろうじて森と呼べる程度の場所だが、少し先に行くと木が一本もない枯れた土地となっている。

 この奥からエンリルはやってくるのだ。


 枯れた土地に棲み処を作っているはずはないだろうし、この奥にはもっと広大な森があるのかもしれない。

 となると魔物は村近辺じゃなくて森の奥地から湧いてやってくるのだろうか?

 また今度父親に聞いてみることにしよう。


 ヒョウッ。

 トスッ。


「……?」


 何かが背後から飛んで来たようで、丁度背の横腹付近に当たったようだ。

 なんだと思って振り返ってみるが、そこには何もない。

 では一体何なのだろうかという考えに至る直前、横腹に激痛が走った。


「ぐぅっ!? な、なに……!?」


 痛いのを我慢して目を開けてみる。

 すると、腹部から鋭く細い矢じりが背中を貫通して飛び出していた。


 痛みと言うのは、理解してから更に激しい痛覚が襲ってくる。

 自分の現状を理解してしまった瞬間、耐えがたい激痛が走った。

 まだ小さな体に、この傷は相当堪える。


「──ぁー……! ぁぁー……!」


 息を吸おうとするが、喉が細くなって詰まり上手く声が出せないし、息もできない。

 掠れた高い高音が喉から零れるだけだった。


 痛みに耐えれずベリルはドサリと倒れてしまう。

 強く傷口を押える為に更に激痛が走るが、今は何も考えていられない。

 とにかく痛みを堪えようと必死になっている。


 すると、微かではあったが背後から足音が聞こえて来た。

 矢が突き刺さっていて背後を見ることは叶わなかったが、不思議とその声だけはしっかりと聴くことができた。


「人間がフェンリル様と対話するなど、万死に値する」


 その声には静かな怒気が含まれていた。

 声色は少し低かったため、男だと判断できる。

 しかしそれ以上の事は全く分からない。

 それよりも痛みに耐える事に必死になり過ぎて頭が全く回らなかった。


 そんなベリルを無視して、男は話を続ける。


「急所は外してある。殺すのは簡単だが、フェンリル様と対話したその罪の重さを感じながらゆっくりと逝け。我らの毒は人間の魔法では解毒できまい。ただその矢の痛みで気絶しないことを祈る。痛みを感じられず死んでしまうからな」


 それを最後に、男は踵を返して来た道を戻って行ってしまった。

 振り返ることも、足を止めることもせずに。


 もうどれだけの時間痛みを耐えたのか定かではなくなってきている。

 時間的には二分も経っていないのだが、体感時間では一時間以上耐えているような気さえした。

 これからどうなってしまうのかという不安感が押し寄せる。

 毒という言葉を聞いて脈拍が上がる。


 非常にゆっくりと薄れゆく意識の中、最後に感じたのは持ち上げられる感触だけだった。

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