6.13.Side-ベリル-情報収集


 これでもない……これでもない。


 そんなふうに呟きながら、館にある書庫でエンリルについて記載のある文献を漁っていた。

 専門家に聞くのが一番良いのだろうが、彼らの事は隠し通さなければならない。

 今この状況でも、見られれば少し面倒くさくなりそうだと思いながら、できるだけ早く見つけれるように、そしてすぐに片づけれるようにと一個本を取っては戻しを繰り返して調べ物をしていた。


 ナタリアの話を聞いて憶測を立ててみたのだが、恐らくあの狼はエンリルでテクシオ王国から逃げて来た個体なのだろう。

 であれば、人間にそれ相応の恨みを抱えているはずである。


「何で僕は逃がしてくれたんだろう……」


 領主としての教育を受ける中、ベリルは父親から人の恨みなどについての話も聞いていた。

 奪い合いなども行われるのが日常のこの世界。


 その中でも一番良く覚えているのは、冒険者活動をしていた時の話だ。

 悪い奴というのはやはりいる様で、信用していた人に裏切られたパーティーの一人が全員を殺してしまうという惨い話。

 詳細は避けるが、当時ヴァロッドはそれに頭を悩ませていたらしい。

 盗賊のリーダーになってしまった様だし、恨みは怖いなと幼いながらに理解していた。


 だからあのエンリルたちの痛みも、なんとなくではあるが分かる。

 普通であれば排除対象の自分を、どうして生かしたのか。

 よく考えてみてもそれだけは分からなかった。


 だからこうして文献を漁っている所ではあるのだが……。

 どうしてか中々見つけることができなかった。

 そもそもエンリルについての文献は非常に少ないのだろうか?


「んー……」


 だめだ、見つからない。

 それらしいところを全て探してみたが、あるのはこの土地の歴史や地図、後はあんまり興味のない小説などであった。


「坊ちゃん!」

「!!?」


 ビクゥッと体で驚きを表現するほど驚いた。

 丁度書物を仕舞ったところだったからよかったものの、急に大声で呼びかけるのは止めて欲しい。


 振り向いてみると、そこにはこの館のメイド長が立っていた。

 困り果てたような表情を向けながら、大きなため息をつく。


「何処に行っていたんですか? 座学のお時間ですよ」

「うげっ……」

「今日は逃がしませんからね。はい、こちらへ」

「うぐぐ……仕方がないか……」


 本当はもう少し調べたい所ではあったが……まぁここにはエンリルについての書物がない事は分かった。

 後は外にある古本屋さんの店主にでも話を聞いてみることにしよう。

 だがそれは……今日は無理そうだ。


 今日の座学は何だったか、と思いながら外に出ている時に調べれる所に行けばよかったと後悔したのだった。



 ◆



 夜になり、食事の時間になった。

 だが今日の食卓は少し寂しい。

 何故かというと、今母親が違う領に出向いており、仕事をしているからだ。

 なので今日は父親とベリルだけの食事となる。


 勿論周囲に使用人はいるが、彼らは一緒には食べない。

 いつもの事なので気にはしていないが、食卓に家族が一人いないだけでもやはり静かになるものだ。


「今日はどうだった?」


 赤い髪を持つ短髪の男性が、そう話しかけてきた。

 彼こそがこのライドル領の領主、ヴァロッド・ライドルである。

 赤い髭が少しばかり強面の顔を更に怖くしているような気がするが、こう見えて優しいのだ。


「今日は薬草を取りに行きました。ゴブリンとも戦いましたよ」

「ほぉ、あの辺でゴブリンが出るのは珍しいな。普段はホーンラビットしか出ないというのに」

「四匹でしたけど、そんなに強くなかったです」

「そりゃそうさ。なんせ私の息子だからな。戦闘のセンスがあっても不思議ではない。はははは」


 細身ではあるが、大人の大きな手で頭を撫で繰り回される。

 その手は昔ほどゴツゴツとはしていなかったが、それでも力強さを感じられた。


 とりあえず狼が出たという事は避けておいて、ゴブリンは自分が倒したという事にしておこう。

 普通であればあの程度の魔物は自分でも狩ることができるのだが、あの時は子供エンリルを守りながらだった。

 防戦一方だったのでどうなることかと思ったが、あの大人のエンリルが来てくれて本当に助かったと思う。


 ヴァロッドから何かを聞けないかと考えてみるが、なかなか思い浮かばない。

 とりあえずテクシオ王国の話をすればいいかもしれないと思い、様子をうかがないながら聞いてみることにした。


「お父様、そう言えば冒険者ギルドでテクシオ王国の事を聞きました」

「む、そう言えばお前には此処の情勢しか教えていなかったな。そうか、他の国の情勢についても興味が出始めたか」


 満足そうにうんうんと頷くヴァロッドだったが、メイド長はやっぱり外にいたのかと眉間を抑えて呆れているようだった。

 だがこうして領主であり父親でもあるヴァロッドが許しているのだから、何も言えないらしい。

 それをしめしめと思いながら、話を再開する。


「今向こうは魔物で溢れかえっていると聞いたのですが……本当ですか?」

「ああ、本当だ。エンリルが討伐されてから二年。周囲に魔物が湧き始め、更には国の城壁付近からもわき始めるようになったようだ。土地が汚染されているのだよ」


 土地の汚染。

 これは魔物が増えすぎたことによって起こる現象だ。

 だから魔物は定期的に一定数間引かなければならない。


 元々はエンリルが人間の代わりに魔物を間引いてくれていた。

 それが無くなり、森の奥で増え続ける魔物が一気に外へと向かい始め、ついにはテクシオ王国近辺の森は魔物が湧く領土へと成り代わってしまったらしい。


「解決する方法はあるのですか? それに、増援などはいかなくても良いのです?」

「打開策はとにかく魔物を間引き、汚染されている土地に魔物を入れないことだ。後は自然の力が治してくれる。増援は残念だが、この領から兵を向かわせるのは厳しい。場所が遠すぎるからな」


 こういう時、元冒険者の知識は非常に役に立つ。

 領土を発展していくのにも、ヴァロッドの冒険者知識は非常に役に立ったと聞いている。

 こういう頼りになる存在に、ベリルも憧れていたのだ。


「そうなんですか……」

「まぁ元はと言えば、テクシオ王国の奴がエンリルを討伐してしまったことに原因がある。自分の尻拭いは自分でするさ。だがあの研究者は優秀だ。一早くエンリルの存在の重要性に気が付いていたからな」


 そう言いながら、ヴァロッドはステーキを切って口に運ぶ。

 よく噛んで味を堪能した後、ワインで流し込んだ。


「ふぅむ、今日のは渋いな」


 だがそのままワインを飲み干し、口を布で拭う。

 ベリルも食事を終えて、自室に戻ることにした。


 もう少し話を聞いていたかったが、領主は多忙だ。

 こういった食事の時でなければあまり話もできない。

 少し残念だったが、もう少しだけ自分の力で情報を集めてみることにしよう。


 明日は、古本屋に行くことにする。


「また、抜け出さないとな……!」


 座学をさぼることに力を入れ始めたベリルだった。

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