6.14.Side-ベリル-手がかり
朝になって早速館を抜け出したベリル。
丁寧に布団の中に布団を入れておいてあたかも自分がそこにまだいるかのように細工をしているので、時間は稼げるだろう。
いつもの冒険者服に着替え、短剣を腰に差して準備完了。
すぐに準備できるようにするのが冒険者だという父親の教えの元、着替えさえ終わってしまえばあとはすぐに出発できる。
確かに身軽なのは大切な事だなと思いながら、朝食を買う為のお金だけを持って街へと駆けだした。
目指すは古本屋。
本当であれば酒場に行ってみたいが、流石に子供で行くと浮いてしまうし難癖付けられても面倒なので行かない。
領主の息子とだけあって多少は顔が効くだろうが、そこまで権力を行使したくはなかった。
改めてライドル領を見渡してみるが、結構広い。
国と呼べるほどの大きさとまではいかないものの、建物もしっかりとした石作りが基本となっており、様々な店も立ち並んでいる。
少し外に行けば広大な畑が見えた。
小さな石塀しかないのが少し心もとないが、あるのとないのとでは全く違う。
だが着々と工事が進められており、いずれは大きな城が立つ予定である。
その完成が自分が二十歳になる頃だというのだから、楽しみで仕方がない。
古本屋に向かっている最中ではあるが、遠くから声が聞こえた。
道行く人全員がベリルの顔を知っており、気軽に声をかけてくれるのだ。
「坊主ー! また抜けだしたのかーい!?」
「調べものするんだー!」
「そうかー! きぃーつけろよー!」
「おじさんも畑仕事頑張ってねー!」
お互いが手を振りながらそう言い合う。
こういうの良いよなぁ、と思いながら目的地へと向かって行く。
古本屋は町中にはなく、畑仕事をする農家の付近にあるのだ。
珍しい所にある物だなと初めは思ったのだが、そうやらその店主は農家としての仕事もしている様で、古本屋は趣味なのだとか。
趣味だけでよくあそこまでの本を集めることができるなと感心した記憶がある。
なにせ家中本だらけなのだ。
それだけ本が好きなのだろう。
だが本はそれなりに高価なものだ。
農民の仕事をしている人が、何故あそこまでの本を集めれたかどうかは未だに分からない。
街の人全員がその理由を知らないのだ。
不思議なこともあるものである。
その古本屋にようやくたどり着いた。
普通の家だが、しっかりとした石作りの家で外には農具がたくさん置かれている。
コンコンとノックすると、暫くした後のそーっとした動きで女性が出てきた。
おばさん、と言うにふさわしい容姿の女性であり、首にはいくつものお守りがいくつもぶら下がっている。
少しだけ背が曲がっており、いつも疲れ切っているような表情が特徴だ。
畑仕事から帰ったばかりなのか、服には少し泥が付着しているようだった。
「レンおばさん、おはようございます」
「ほー? 珍しいお客もあったもんだねぇ。領主様の息子様が、一体こんな所に何の様だい?」
無表情だった顔から一変し、朗らかな笑顔を見せてくれた。
なんだか楽しそうにしている様だ。
「調べ物がしたくて」
「うーん、あんたの館にないんじゃ、ここでも欲しい物は見つからないと思うが、まぁ入りな。飲み物でも準備するよ」
「有難う」
言われるがままに中へと入って行く。
少し泥の匂いがしたがそれもすぐに慣れた。
部屋の中は玄関付近以外ほとんどを本が埋め尽くしていた。
様々なジャンルの本があり、それこそ読めない本も多く見受けられる。
流石にこの中にはあるだろうと思い、とりあえず読める本から手に取ってその題名を読んでいく。
「薬学……魔術経典……魔術施行術……医学に建築法……?」
「ほぉう。若いのにそこまで文字が読めるのかい。座学は良いよぉ。今のうちにしっかりと身に付けときな」
「う、うん……はははは……」
今まさにその座学をさぼってここに来ているとは言えるはずもなく、必要のないと思った本を元の位置に戻しておく。
レンは何処から取り出したのか、紅茶を注いで綺麗な机の上に置いた。
本だらけだが、生活に必要な所にだけは置いていないようで、調理場や机には一切ない。
とりあえずそこに座り、紅茶を飲む。
そう言えばお金を持ってきたけど気が急いて朝食をとらずにここに来たことを思い出す。
すきっ腹に紅茶が流し込まれる感覚が良く分かった。
「でぇ? 何を探しているんだい?」
「あ、それは秘密」
「秘密ぅ? 気になるねぇ」
「ダメダメ、極秘調査なの」
「フフフフ、まぁ好きにしな。じゃあ邪魔しちゃ悪いから、あたしはもう少し畑を弄ってくるよ」
「あれ? 今帰って来たんじゃなかったの?」
「忘れ物を取りに来ただけさ。じゃ、ごゆっくりね。本の扱いだけには気を付けるんだよ」
「はーい」
そう言って、レンは外に出て行ってしまった。
気を使ってくれることに感謝しつつ、エンリルの文献が書かれた本がないかを探していく。
読めない本がいくつかあったが、それは一応表紙だけを見てから中を見るかどうかを決める。
こういうのには絵が描かれている事が多い。
絵で何か判断できれば、それが有益なものになるかもしれない。
暫く探ってみたが、読める言葉の本は全滅だった。
だが、読めない本の表紙に狼の姿を模したであろう本をようやく発見することができた。
すぐに開いて中を確認する。
そこには、長々とミミズのはったような字が書かれていて内容は全く分からなかったが、挿絵がいくつもあったので、絵本を読んでいるのに近い感覚を覚えた。
内容としては小さな狼と大きな狼が何匹か描かれており、その中の黒い狼と白い狼が子供を作っている物だ。
数匹の子供の内、一匹だけが真っ白で、その個体が成長するにつれて他の狼よりもさらに大きな狼になっている。
兄弟たちよりも大きくなっている様で、最終的にはその群れのリーダーになっている絵本になっているようだった。
「……あれ、もしかして……」
近くにあった紙を手にし、個体の上に書かれている文字を全て真似してみる。
恐らくこの文字は個体の名前だろう。
これが分かれば、あの狼たちの事も何かわかるかもしれない。
文字の種類も聞いてみよう。
少しでも読めるようになれば、もっと情報が集まるかもしれない。
すぐに戻って家庭教師に話を聞いてみよう。
レンはいないので、そのまま帰ることにする。
勿論本は元に戻しておいて、何を調べたのかを分からない様にしておく。
これで問題ないはずだ。
ベリルは文字を書いた紙を懐に入れ、館に戻った。
その後ろ姿を丁度帰って来たレンが見ていたが、何も言わずに家の中に入る。
部屋の状況を見て、狙いを付けたかのように一冊の本を手に取った。
遠い東洋の地の文字で書かれた古い本だ。
エルフが書いた物なのではと噂されている本ではあるが、その存在を知る者はもう少ないだろう。
「……エンリルとフェンリル、ねぇ……。秘密にするような事かね。まぁ構やしないけど」
ポンとその辺に本を置いて、出した紅茶のカップを片付けた。
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