6.12.Side-ベリル-面白い話


 比較的安全だと思われている森。

 ライドル領の真隣にある大森林はカラッサと呼ばれており、低級の冒険者がよく活動している場所だ。

 綺麗な森であり、ライドル領の近くという事もあって手入れが良くされている。

 奥に行くほど手は入らなくなっているので、その辺は魔物も多い。


 だが冒険者を生業とする者であれば、誰もがこの森で基礎を学ぶ。

 それはこのライドル領の領主、ヴァロッド・ライドルの息子、ベリル・ライドルも同じであった。


 使用人たちには危ないので冒険者の真似事など止めておきなさいと再三言われているのではあるが、父親であるヴァロッドは元冒険者であり、ベリルはそれに憧れていた。

 領主の息子という事もあり、剣術指南もしてもらっている為、この辺の低級冒険者の中では一番強い。


 今日もこうして使用人の目を盗んで冒険者活動をこっそりとしているのだが、まさかあの大地であれほどにまで強い狼を見ることができるとは思ってもみなかった。

 ゴブリンに襲われている子供狼を見かけた時は咄嗟に助けに入ってしまったが、もしそうしていなければ自分は喰われていたかもしれない。

 そんな考えに至ってしまうが、あの白い狼は人の言葉を理解する。

 それも人間くらいに賢い存在だ。


 ベリルは胸の高鳴りを抑えきれず、常にバクバクと心臓を打ち付けていた。

 帰路についてもあの圧倒的な存在感を有す狼を見た時の感動が忘れられない。


「凄かったなぁ……。でも秘密。僕とあの狼たちだけの秘密!」


 小さくそう呟き、特別な存在を知り合えた事に喜びを覚える。

 だがそこでふと思う。


 今までこの辺で狼を見たという情報は一度として入っていない。

 領主の息子なので、そういったことも良く耳にする機会が多いのだ。

 父親の仕事を勉強している時、そんな話を聞く。


 それに冒険者としても活動しているので、周囲の生態系は把握しているつもりだ。

 大きな魔物はこの辺にはいないはず……だよね?


「調べてみよう」


 急ぎ足で館に戻る。

 だがその前にギルドによって採取してきた薬草を納品しなければならない。

 ついでに話を聞いてみてもいいかもしれないなと思ったが、悟られるのも良くないだろう。


 できるだけ遠まわしに聞かなければならなさそうだ。

 そう思ったベリルは、まずギルドでの情報収集をすることにした。


「また……使用人さんたちに怒られるなぁ~」



 ◆



 ギルドに到着したベリルは、今日の依頼である薬草を納品する。

 数個、薬草にならないただの雑草が混じっていた様だが、数には余裕があったので依頼自体は達成できた。


「今日もお疲れ様。また怒られるんじゃないの?」

「多分怒られます。バレない様に家に入らないと」

「大変ね。領主様はこのこと知っているんだよね?」

「はい。それは大丈夫です」


 父親のヴァロッドは元冒険者。

 なので息子が冒険者活動をする事は特に咎めたりしていない。


 家族や使用人からはやいのやいのと言われているようではあるが、適当にあしらっている。

 強くなってもらいたいという願いがあるらしい。


 とは言え、ベリルはここまで自由にやらせてもらうだけの努力はしてきた。

 礼儀作法をはじめ、領主としての勉強や剣術指南など、この十五歳になるまで頑張って来たのだ。

 今でも疎かにはしていない。

 が、やはり座学をするよりこうして外に出て何かをしている方が楽しいのは事実。

 最近はそっちを少しさぼりがちである。


「よかった。そうじゃないと私とんでもなく怒られちゃう」

「はははは……。あ、そうだ。最近何か面白い話とか入ってないですか?」

「面白い話?」

「はい。この辺でなくてもいいですよ」

「この辺じゃなくても良いの?」

「はい! 近辺の事だけではなく、周辺諸国の情勢も知っておきたいですから」


 我ながらいい口実だと思う。

 ギルドの受付嬢、ナタリアは「勤勉で偉いね」と褒めながら面白い話が何かなかったか、頭の中を探っていく。

 少しの間思い出していたようだが、そこでふと何か良い話が合ったようで、にこっとしながら教えてくれた。


「ああ、それならすっごいびっくりするような話があるわよ~!」

「どんなのですか?」

「エンリル討伐隊のお話」


 エンリル。

 初めて聞いた単語に首を傾げる。


 エンリルはお伽噺などでも出てくる有名な動物なのだが、ベリルは英才教育で育てられてきた為、そう言った絵本などのお話はあまり知らないのだ。

 ナタリアはエンリルの事を知らないベリルに驚いたようだったが、丁寧に教えてくれた。


「エンリルって言ってね、フェンリルの末裔である狼がいるの。それがテクシオ王国で発見されたんですって。二年以上前の話なんだけどね」

「へぇ! そうなんだ!」

「でもね、今テクシオ王国って魔物があふれかえっている危険な国なんですって」

「どうしてですか?」

「エンリルって、魔物を間引いて間接的に私たち人間の脅威を取り除いてくれているの。テクシオ王国の学者さんがそう発表したみたいでね?」


 そこから、ナタリアは今のテクシオ王国の現状を教えてくれた。

 先程も言った様に、今あの国は魔物が大発生しており、毎日討伐隊が組まれて魔物たちと戦っているのが現状らしい。

 今まではそうではなかったのだが、それはエンリルがいたからこそ平和であったに過ぎなかったようだ。


 二年前に討伐隊が編成され、エンリルが数十匹狩られた。

 その毛皮は極上品であり、売れば高値で取引される程のものである。


 だが当時、エンリルが人間にもたらす力を知らなかった人々は、遠慮なしに狩りを始めてしまった。

 結果としては殆どを狩りつくし、今では影すらも見ないらしい。

 狩りつくしたか、それとも逃げて移動したかは分からないが、もうあの辺りで見る事は出来ないだろうと学者は語っている。


 そしてこの二年間の間で調査が行われ、エンリル討伐隊が帰ってきた時期から今日までの記録をし続けているらしい。

 魔物の増加傾向が止まらず、エンリルの存在の大切さをその学者は語ったようだ。


「ていうお話。今向こうは深刻な人手不足らしいわ」

「へ、へ~……」

「あのカラッサの森も昔は結構危険な森だったんだけど、今では低級な魔物しかいなくなったし、もしかしたらこの辺に来ているのかもね」


 来てます。

 取り繕った笑顔が崩れない内に、お礼を言って館へと帰ったベリルであった。

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