3.56.何故ここに?


「スー……ス~……プス~……」

『…………可愛い……かわっ……可愛い……』

『兄ちゃんうるさい』

『ごめんなさい』


 いや、仕方ないじゃないですか可愛いんですもの。

 何で寝てるだけなのに子供ってかわいいんでしょうかね。

 俺には理解が出来ません。

 可愛い。


 そして見てくださいこの天国を!

 全員が俺にくっついて寝ているのです!

 ふっふっふ……あのお父さんが見たらさぞ怒るだろう……!

 いやまぁ理不尽極まりない事は変わらないんですけどね?

 慣れたけどさ。


 と、まぁそんな天国を楽しみながら、俺も寝たいんですけどね。

 うん、残念ながらまた胸の辺りに子供がいるのですよ。

 頭を地面に置くことが出来ないので、今日も徹夜確定です。

 有難う御座いました。


 ベンツは俺の隣で一緒に徹夜してくれてます。

 仲間がいつ帰ってきてもいいように、とりあえず起きておきたいのだとか。

 それに比べて、ガンマはがっつり寝ている。

 狼って夜行性じゃなかったっけ。

 まぁ別にどっちでもいいけどさ。


 とは言え、ガンマは今日も子供たちのご飯を一生懸命作ってくれた。

 このまま料理に目覚めてくれたら、俺は言うことないんだけど、やはり炎魔法は使ってくれない様だ。

 悲しい。


 俺は今日一日、子供たちの特訓をしていたな。

 子供たちの成長は著しく、もう殆ど完璧に自分の適性魔法を使いこなせるようになったのではないだろうか。

 だが、まだ一つの魔法しか使う事は出来ていない。

 これから視野を広げ、様々な魔法を覚えさせていく予定だ。


 ロード爺ちゃんの言っていた、子供の成長が楽しみだという事がなんとなくわかった。

 確かに嬉しいし、楽しいものだ。

 なにより、自分が教えてここまで成長してくれたんだと実感できることが何よりのやりがいとなる。

 頑張れ子供たちよ。

 俺が全部教えてやるからなっ!


『……えっ?』


 この場所にはあってはならない匂いが、俺の鼻を突く。

 何故ここに?

 どうしてここがわかったんだ?

 あり得ないし、あってはならない状況。

 俺は一瞬思考が停止する。


『? 兄ちゃんどうしたの?』

『! …………べ、ベンツ。聞いてくれ。人間がこっちに向かってきている』

『え……?』


 数はそんなに多くない。

 だが、着実にこちらに向かってきている事は明らかだった。


 人間は仲間たちが食い止めているはず……。

 というより、全員を殺しているはずだ。

 ここにその匂いが来るという事はあり得ない話である。


 だが、俺の鼻は人間が来たという事をしっかり伝えてきた。

 現実逃避は許さないと言わんばかりに、シルエットすらも映し出す。

 その姿は間違いないく、人間だ。


『ベンツ、頼めるか?』

『うん』

『倒したらすぐに戻ってこい。数は十人』

『分かった』


 子供たちを起こさないように、ベンツは少し離れてから魔法を使って消えた。

 ベンツらしい配慮だ。


 だがちょっと待ってほしい。

 どうしてここに人間が来たのだろうか。

 前線部隊とは別の部隊がたまたま来た?

 その可能性は十分にあるが、あそこまでの距離があるのだ。


 俺が罠を張った所は、拡張した縄張りの外。

 そのを人間たちが通ってきたとしても、縄張りの端っこからここまでは相当な距離がある。

 狼たちでさえそこまで行くのには時間を有するのだ。

 人間たちが歩いてこれるような距離ではない。


 だが、現に人間はいる。

 魔法を使ったのかもしれないが、それにしては動きが遅すぎる。

 歩いているのだから、それも当たり前なのだが……どうやってここまで来たのかが全く分からない。


 しかし、本当の問題はそこではない。

 仲間はどうなったのだ。

 仲間は陣形を整えて、人間たちを包囲していたはずだ。

 人間が動けば匂いで分かる為、このような数人の取り零しも起きないはず。

 だが、どういう訳か人間はここに来ている。


 考えてどうこうなる話ではない。

 百聞は一見に如かずだ。

 一度様子を見に行かなければ、手遅れになりかねない。


『ただいま』

『おう。どうだった』

『うん、弱かったよ。僕が見えてなかったみたい』


 こちらは何とかなった様だ。

 それならばとりあえず問題はない。

 しかし、気になってしまった為、俺はもう見に行かなければ落ち着かなかった。

 仲間が心配だ。


『すまんな子供たち』


 俺は子供たちを無視して立ち上がる。

 コロンコロンと転がって、寒いことに気が付いた子供たちは、子供たち同士で固まってまた寝始めた。

 いつもならここで顔が綻ぶところだが、今そんな余裕はない。


『ベンツ、子供たちを頼む』

『うん、分かった。兄ちゃん、見に行くだけにしてね』

『ああ』


 そもそも俺は人間を殺せる度胸がないので、そうならざるを得ないのだ。

 適任と言えば適任だろう。


 俺はワープゲートを出現させ、その中を通る。

 ワープする先は、戦場より少し手前の場所だ。

 そうしておけば、見つからずに済む可能性もある。


 俺はワープゲートを通り抜け、仲間たちの元に向かった。

 何事もないといいのだが。

 そうは考えるが、不安が全く拭えない。

 人間たちに引けを取らない狼たちがいるのだから、問題ないとは思うのだが……。


 そう思いながら、俺はワープした。

 どうやら、遠くでまだ戦っているらしい。

 音のする方へと、皆の無事を祈りながら俺は走っていった。 

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