3.55.殲滅戦


「はっはっはっはっはっは! 俺の勝ちだぜぇええい!」

「……煩い……」


 人間たちの目の前で、何度も何度もバルガンが攻撃を繰り返すのだが、一向に攻撃が届く気配がない。

 何か透明の壁に邪魔されて攻撃が出来ないのだ。


『どうしたバルガン!』

『こ、攻撃が届きませぬ!』

『どけ! 水魔法・水弾!』


 ナックが珍しく水魔法を使用して攻撃する。

 バルガンはその声を聞いてすぐに飛びのき、人間たちの射線を開けた。


 ナックの水弾はそれなりの威力があるようで、鋭い音を立てながら人間たちに接近する。

 だが、やはり見えない壁にぶつかって弾け飛んだ。

 物理攻撃も、魔法攻撃も通さないらしい。


『どういうことだ!』

『わ、分かりません! で、ですが……闇魔法を使うと色が見えましたぞ!』


 バルガンがその壁の色をしっかりと目視できていた。

 どうやら同じ魔法を使用すると、壁が見えるようになるらしい。

 オートはそれを聞いてすぐに闇魔法・魔法吸収を使用して、壁を見る。


 その壁は人間の立っている位置を境に上へと伸びており、それが半球体状になっていた。

 つまり、ドーム状になっているのだ。


 周囲の狼たちの様子を、オートは目視で確認する。

 すると、人間たちは壁の外へと逃げていけているのだが、狼たちはその壁にぶつかって止まっていた。

 どうやら人間はこの壁を抜け出せるようだが、狼は逃げ出すことが出来ない様だ。


 脱出することのできない牢。

 攻撃は勿論できないし、魔法も貫通しない。

 だが、人間側からは攻撃をすることが出来ているようだ。

 狼たちはその攻撃を回避したり、魔法を使ったりして防いでいる。


 この壁は一体なんだ。

 何時から出現していた?

 一体どういう魔法なんだろうか。


 だが考えても何も始まらない。

 今はこの状況を何とかしなければ。


『ナック! 闇魔法なら突破できそうか!』

『やってみましょう! 闇魔法・屍の牙!』


 ズォオオっと地面から狼の頭が出現する。

 闇魔法でできている壁であれば、同じ闇魔法であれば通用する可能性があるのだ。

 屍の牙は人間に向かって突撃する。

 地面を這っていた屍の牙が壁に接触した瞬間、屍の牙は消滅した。


『!? な、なん……!』


 オートはその様子をしっかりと見ていた。

 屍の牙は壁に接触するまではその原型を保っていたが、触れた瞬間、吸い込まれるようにかき消されてしまっていた。

 それは魔力を吸い込んでいるようにも見える。


『……あの壁……魔力奪取が付与されている? ……!』


 すると、少し妙なものを見つけることが出来た。

 だが、それをみてオートはこの壁の本当の意味を理解することができた。

 壁は、どんどん収縮していっていたのだ。


『不味い! 皆! 魔法を撃つのを辞めろ! 回避だけに専念するんだ!』

『!? どういうことですかリーダー殿!』

『この空間……魔力を吸っている! その度に壁が近づいているぞ!』

『厄介な……!』


 オートの掛け声は全員に伝わったようで、魔法の使用がされなくなった。

 だが、人間たちは絶えず攻撃を仕掛けてくる。

 そして……壁の収縮は未だ収まらなかった。


 オートはこの魔法を見て考える。

 魔法を放つと、その使った分の魔力が壁に吸収され、壁は収縮していく。

 自分たちが魔法を放たなくても壁が近づいてくるという事は、この空間に入ってきた魔法全てが吸収されているという事になる。

 つまり、人間が魔法をこの空間に放ってくる限り、収縮は止まらない。


「おーおー! すごいすごい! しっかり発動したんだね~」

「俺を誰だと思っている。しかし、ここまで小さくなるのには結構時間かかったぜ全くよぉ」

「あははは! ザックぼろっぼろじゃん!」

「ほっとけ!」


 何やら会話をしているが、そんな物を聞いていられるほどこっちに余裕はない。

 人間たちが放ってくる攻撃をよけながら、一体どうすればこの空間から脱出できるかをオートは考えていた。


 しかし、目線だけはその人間の方に向けることが出来る。

 何故向けてしまったのだろうか。

 そう思ってしまう程のものが、冒険者の手には握られていた。


『ッ!!!!』


 道理で姿を見ないと思った。

 あの声も、この戦いの中で聞くことが出来なかったのも、頷ける。

 年老いた狼が二匹。

 人間に尻尾を掴まれて、引きずられていた。


『何してたんだよ……! 何やってたんだよ親父! お袋!』


 ロードとルインはその声に返事はしなかった。

 ただ静かな骸となり、しっかりと目を閉じている。


 狼たちがその声に反応し、人間を見る。

 そこには確かに、群れの最強の一角を担う狼の姿が見て取れた。

 人間の近くにいるというのに、起き上がろうとしないその姿を見て、誰もが死んでいると認識できる。


「なぁ。後は任せてこっち片付けちまおうぜ?」

「そうね! それがいいわ!」


 人間たちは、何人かが集まって狼を分け始めた。

 一定の間隔を取ったのを確認し、人間は腰に付けていた小さな鉄の塊を手にする。

 そこからは地獄の様な光景が続いた。

 解体作業だ。


「グラアアア!!」

「ガルァアアア!!!!」


 狼たちが仲間の死体を弄ぶなと吠える。

 だが、人間たちが狼の言葉を理解するはずもなく、声を無視して静かにゆっくりと解体していった。


 胸から腹にかけて線を入れる。

 死んでから時間が経っているのか、血は噴き出なかった。

 そこから腸を掻き出し、内臓を全て外に出していく。


 死んだ狼は勿論、ロード、ルイン、そして……リンドも解体され始めていった。


『貴様らああああ!!!!』

『出せですぞ!! ここから出すのだ人間共!! 噛み殺してくれる!!』


 狼たちは見たこともない形相をして、壁をとにかく殴り続ける。

 怒り狂った狼たちは、もはや誰にも止められない程に暴れまわった。

 だが、それを壁に阻止されてしまう。

 その間にも、どんどん狼たちは解体されていく。


『……ッ!! …………!!!!』


 言葉が出てこない。

 これをロードとルインは経験したのだ。

 どうしたって精神を保てるような光景ではない。


 正気を失っている狼たちに、容赦ない攻撃が降りかかる。

 体は傷つき、足は吹き飛ばされ、眼球がつぶれる。

 今オートに聞こえている音は、仲間の悲鳴だった。


『っ!? ぐあああ!』

『! バ、バルガン!』


 群れで一番防御力の高いバルガンの左足が吹き飛ばされた。

 それに気が付いたナックは、ようやく正気を取り戻したようで、すぐにナックに駆け寄る。


『バルガン! 変毛で足の傷を閉じろ!』

『ぐっ! ……グゥウウウ!』

『クソ! 俺としたことが! リーダー!』


 そこでオートも現実に引き戻される。

 ようやく状況が整理出来てきた。

 だが、もうこの状況で勝つのは絶望的である。


 負け。

 そんな言葉が脳裏に響いた。

 状況を整理したからこそ、今のこの状況を打開する方法が見つからないと悟ってしまったのだ。

 だが、それでもナックは諦めていなかった。

 最後の悪あがきをするのを。


『リーダー。提案があります』

『……なんだ』

『今回の戦いは俺たちの負けです。ですが、悪あがきをしましょう』

『…………あれを使うのか』

『どうせ死ぬのです。構いません』

『…………ッ! そうか……ッ!』


 苦渋の決断だった。

 オートは大声で遠吠えをする。

 その意味は……。


 全員、この場で今すぐ死ね……であった。




【後書き】

 ロードはオートの父親です。

 狼のリーダー継承は、元リーダーの肉を食う事で継承されます。

 それは親子だからといって、変わるようなものではありません。

 では何故オートはロードを食っていないのか……。

 さて、どうしてなんででしょうか。

 ※設定はちゃんと考えてある為、本編に間違いはありません。

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