3.57.何故気が付かなかった


 近づくにつれ、人間たちの声や魔法を放つ音などが大きくなってくる。

 俺は大きくなる音を頼りに、走る方向を決めて走る速度を上げた。


 向こうでは一体何が起こっているのか。

 人間が殺されているところなど、俺は見たくはないし、仲間がやられているところも見たくはない。

 それはこの戦いにおいて絶対に避けては通れない道ではあるが……どちらも俺にとっては大切な存在だ。


 結末を見に行くのは、どちらにせよ怖い。

 だが、嫌な予感が脳裏をよぎるのだ。


 進んでいくと、なにやら黒いドーム状の結界の様な物が見て取れた。

 一体あれはなんだろうか。

 恐らく闇魔法の一種なのだろうが、闇魔法一つの魔力では作ることはできなさそうだ。


 匂いで周囲を確認しようとして見るが、血の匂いや焼ける匂いなどが混じり合っており、碌に情報を収集することが出来なかった。

 これは目視での確認をするしかなさそうだ。


 俺は出来るだけ慎重に近づき、気配を消して草陰に潜む。

 ゆっくりと移動しながら、頭を出して周囲の状況を確認した。

 俺の体は白い為、この暗い場所でも人間たちからは目視で確認されてしまうだろう。

 とは言え今は戦闘中。

 こちらに注意を裂く程、人間たちに余裕はないはずだ。


 なので、しっかりとその戦いの様子を確認することが出来た。

 出来てしまった、と言ったほうが正しいかもしれない。

 そこには想像を絶する光景が広がっていたのだ。


 正面には、ドームの中に数十匹の狼の死骸が転がっている。

 明らかに絶命しているであろう狼、そして四肢の一部が欠損している狼、未だ痛みに耐えて転がっているが、止めと言わんばかりに人間が魔法を撃ちこんでその命を狩った。

 人間の死体も数多くあったが、何故かこの時はそんな物は目に入らなかった。

 ただ、今まで過ごしてきた仲間が死んでいるという事実を、受け入れたくないと拒絶していたのだ。


 なんだこれは。

 夢なのだろうか。

 以前は何事もなかったように帰って来た狼たちが、今は蹂躙されている。

 そんなはずはない。

 今まで通り、また皆で一緒に戻ってきてくれる。


 俺は頭を振って、もう一度その光景を見た。

 だが、何も変わりはしない。

 その時、偶然右に映った狼が気になった。

 何処か見覚えのある狼が、こちらの方を向いて倒れている。

 茶色と黒が混じった色の狼。

 あれは……俺によく突っかかって来たお父さん狼だった。


『……は?』


 腕が吹き飛んでおり、そこからは止めどなく血が流れ続けている。

 だが、怪我はそれだけではないようで、胸あたりに剣の刺し傷の様な物が見受けられた。

 明らかに生気のない目玉。

 だらしなく出された舌。

 どれを見ても、死んでいるとしか思えない。


 次はそーっと左を向いてみる。

 とりあえずその死体から目を背けたかったのだ。

 心臓がバクバクと脈打ち、体温が上昇する。

 あの子たちに、なんと言えばいいのだろう。

 そのことばかりを考え、その状況から目を逸らしたかった。

 だが、次に目に飛び込んで来たものは、それ以上に残酷な物だった。


 狼が、数人の人間の手によって解体されている。

 もう既に腹を割られている様で、内臓がその辺に投げ捨てられていた。

 あれは水魔法なのだろうか。

 割った腹の中に水を入れ、血抜きの様な事をしているのだという事がわかる。

 まだ毛皮は剥がされておらず、内臓を取り出し、血抜き作業のみを重点的にやっている様だ。


 そして……。

 そこには、既に作業を終えられたのであろう、リンド、ロード、ルインの死体が投げられていた。


『……はっ?』


 心拍数が上がって熱くなった体に、寒気が走る。

 理解できない、理解したくない。


 前回と同じなのではなかったのか……?

 前の様に、一日経ったら皆で笑いながら帰ってくるんじゃなかったのか?

 戦いに行く前は、あれだけ余裕の表情を見せて、俺たちを安心させてくれたじゃないか!!

 だから子供たちも安心して俺たちに身を寄せてくれた!!

 帰ってくる事を信じていたからだ!!

 なんだ!?

 何の冗談なんだ!?


 俺は、気が付けば俺は草むらを出て、人間に向かって爪を振り下ろしていた。


『クソガアアアァアア!!!!』


 瞬間的に発動した風神は、あり得ない程の威力を持って人間たちを吹き飛ばした。

 急に出てきた新手に、人間たちは全く反応できなかったようで、呆気なく殺されていく。


 自分でも驚く程、人を簡単に殺してしまった。

 だが、何の罪悪感も感じない。


 今まで何を躊躇していたのだろうか。

 俺たちは、人間の敵であり、人間は俺たちをただの獲物としか見ていない。

 なのに何を躊躇する必要があるのか。

 俺は確かに元人間だ。

 だが、狼たちは同じ時間を共に過ごした家族である。

 今どちらを優先するかなど、決まり切っている事だ。


 家族を守るために刃を振るわないのであれば、一体この魔法や爪は何を守る物なのだ。

 俺が元人間というのは事実だが、それとこれとは全く関係ない。

 守らなければ家族は死ぬ。

 躊躇している暇など、今の今までなかったのだ。


 何故それにもっと早く気が付けなかったのだろう。

 気が付いていれば、もっと策を講じれたはずだ。

 過去の自分を今すぐにぶっ飛ばしたくなる。

 だがそんなことが出来るはずがない。

 なので、このどうしようもない怒りを、とにかく周囲にぶつけ回る。


 身体能力強化の魔法、風魔法、炎魔法、水魔法、土魔法、雷魔法、闇魔法をとにかく周囲にぶつけまくった。

 自分が一体何処に何を放っているのかは、既に分かっていない。

 完全に暴走状態だ。

 それは自分でもわかっているのだが、こうでもしていないと俺の中に渦巻く怒りの収拾がつかない。

 

『──ル……────……』


 なんか聞こえる。

 なんだろう。

 でも今は……別にどうだっていい。

 だって、この辺にいる家族全員死んでんだろ?

 もうわかるさ。

 匂いもない。

 声も聞こえなかったんだ。


『──ル! ────!!』


 誰だろう。

 聞いたことあるような気がする。


『オール!!』

『!!?』


 気が付けば、俺は人間の胴体を咥えて振り回していた。

 状況を理解した俺は、すぐにその死体を吐き出して声のした方向を見る。


 あれはお父さんの声だ。

 匂いは周囲は血の匂いでまったくわからないが、あの声は確かにお父さんだった!

 何処だ!?


『そこから動くなオール!』

『何処だよお父さん!』

『中だ! 黒い壁の中にいる!』

『!』


 冷静になって聞いてみれば、確かにオートの声は黒いドームの中から聞こえてくる。

 集中して見てみれば、確かにオートは中にいた。

 中を見ようとして見た途端、一気にそのドームの色が透明に近い黒になっていく。

 そして、俺は中の様子を見てしまった。


 中には……狼の死体が多く転がってた。

 もう立っているのは……オートだけだ。

 そのオートも既にボロボロであり、額からは血が流れ、後ろの片足は使い物にならなくなっている。


『何で回復しないんだよ!』

『出来ないのだ! この中には既に魔素がない!』

『じゃ、じゃあ俺が!』

『駄目だ! 絶対にこの中に入るなオール!!』


 今までにない剣幕で、オートは俺の事を睨んだ。

 魔素が無ければ、俺たちの種族は魔力を作り出すことができない。

 人間はそのことを把握していたとでもいうのだろうか。


 だが、俺たちは魔素がなくても、体の中に魔力さえあれば生きていくことが出来る。

 魔力が完全に無くなってしまうと死んでしまうわけだが、オートは既に使えない程にまで魔力を消費してしまっているのだろう。


『出られないの!?』

『出られん! だから絶対に入るんじゃないぞ! 外からは容易に入れる!』


 何だこの魔法……。

 中の魔素を無くすって……どうしたらそんなものが作れるんだ。

 これが人間の魔法技術……!


 すると、遠くからこちらに魔法の弾が飛んできた。

 俺はそれを軽々と避けることが出来たのだが、どうやら狙いはドームの中のオート。

 魔法はドームを貫通する。

 オートは限られた空間で何とかその魔法を回避した。


 だが、その時不思議なことが起こった。

 魔法が中で消えると、ドームが少し小さくなったのだ。


『ぐっ!』


 オートに浴びせられた魔法が、何個か当たってしまった。

 人間はこうして安全圏より攻撃をずっと繰り返しているのだろう。

 俺は攻撃の飛んできた方向へと走ってこうとする。

 だが、それは止められてしまった。


『行くなオール!』

『なんで!』

『お前には、やるべきことがあるだろうが!』

『……!? 今そんなこと言ってる場合──』

『役目を忘れるな! お前が居なければどいつが子供たちを守るのだ!! 自分勝手な行動は慎め!!』


 確かに俺に任せられたのは、子供たちを守ることだ。

 だが、このままでは確実にオートは死んでしまう。

 それがわかっていて、そっちを優先はできない。


『でも!』

『でもではない!! オール! 今から俺が言う事をよく聞け! そして、その事を必ず実行せよ』


 俺に言葉を言わせないとばかり、オートは捲し立ててそう言い放った。

 それに加えて剣幕もすごい。

 俺はその剣幕に一歩引きさがり、オートの言葉を待った。


『此処から、子供たちを連れて南に逃げろ』


 オートが次に言った言葉は、俺の予想通りの言葉だった。





【後書き】

 オールは移動に闇魔法を使用していたので、中の様子が見れたのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る