3.48.対処
急に水でできた狼が出現し、一時的にではあるがその場は大パニックとなった。
水の狼は冒険者たちを次々に食い殺していき、血が水に混じって水色から赤色の狼に変色する。
その様子を見た冒険者は、水の狼に恐怖して逃げ惑うばかりであった。
「何してんだアイツら……」
「恐いんじゃないの~?」
「こんな時でも呑気だなおい!」
「余裕と言って欲しいね!」
その中に、全く冒険者を助ける気のない人物が三名立っていた。
というより……呆れていたのだ。
これだけ束になっている冒険者が、数匹の狼にここまで驚いて逃げる。
普通有り得ない光景だ。
何をしに来たのかと、今一度問いただしたくなる気持ちを抑え、とりあえず見守っていた。
碌に魔法を出そうとするやつが見当たらない。
魔法には魔法で対処すれば、あのような狼は簡単に蹴散らすことが出来るのだ。
戦いにおいて、恐怖は戦意を削る一番良い方法。
相手はそのことを理解しているのか、はたまた冒険者がただのビビりなだけなのか……。
この場合は後者と捉えたい。
何故かというと、前者である場合は、敵が利口だからである。
この三人も、強い敵とは戦いたくないのだ。
「ていうかあれだな。この調子だと、俺とジェイルドは出番無さそうだな」
「ああ……。寝ていいか」
「どうせ寝られないだろお前……」
「そうだった……ふぁあ~……」
そんな軽口を叩いている間にも、冒険者はどんどん狩られていく。
しかし、そこでようやく魔法をまともに放つ奴が現れた。
その冒険者は魔法を使い、水とは相性の悪そうな炎魔法を唱える。
使える魔法が炎魔法なのだろう。
だが、しっかりと敵を見据えて戦えているので、あの冒険者は骨がありそうだとマティアスは感じていた。
炎魔法で作り出したのはファイヤーボール。
随分と初級の魔法ではあるが、炎魔法が効きにくそうだという事理解しているのだろう。
相性の悪い魔法を撃っても意味がない。
足止め程度に考えているのかもしれないが、どちらにせよ魔力の消費を抑えている。
これは良い判断だ。
ファイヤーボールが水の狼に向かって行く。
それは見事に直撃し、水の狼に体が少し歪んだ。
どうやら炎魔法も効かないことはないらしい。
だが、その水の狼は次の瞬間大爆発を起こす。
地面が抉れ、攻撃された方向に水の弾丸が射出された。
炎魔法を放った冒険者は、見事にその水の弾丸に撃ち抜かれて即死。
何が起こったのかもわからなかっただろう。
「おお~すごいすごい」
「褒めてねぇで何とかしろよマティ。毛皮剥いでくれる奴がいなくなるだろ」
「あ、そっかそっか。ごめんねぇ」
この三人は自分たち以外の冒険者は、ただの雑用だとしか考えていない。
その程度の能力しかないのだ。
今の戦いを見ていれば、それくらいは把握できる。
しかし、これ以上好き勝手されるのも面白くない。
マティアスは自分の長い杖を取り出して、それを水の狼に向ける。
「ん~~……マジックディスターブ」
マティアスが魔法を唱えると、水の狼は形を保てなくなったようで、すぐに普通の水と化した。
それは次々にやってくる水の狼も同じで、マティアスに一定距離近づいた狼はどんどん崩れてなくなっていく。
水の狼は爆発も何もしない。
何の抵抗もなしに、無力化されていった。
「楽勝楽勝~」
「油断するなよ?」
「ふんふふふ~ん」
ザックの話をまるで聞かないマティアスは、自分のペースを常に保って水の狼を蹴散らしていく。
次第にその数は減り、暫くすると現れなくなった。
マジックディスターブ。
これは魔力を乱す魔法である。
自分の適性魔法にしか効かないというデメリットがあるが、同じ適性魔法相手ならこれだけで完封できるのだ。
マティアスは水魔法が得意な魔術師。
同じ水魔法の水狼は、マティアスにとっては取るに足らない魔法だった。
「ハーイ終ッ了ッ」
ビシッと敬礼をして任務が完了したのを二人に告げる。
だが、一人は完全に寝落ちていて、それを介抱するかの如くザックが面倒を見ていたので、どうやら誰もマティアスの活躍を見ていなかった様だ。
「ちょっとちょっとー! せーっかくこの可愛いマティアス様が腕を振るったってのに! どうして見てないのぉ!!」
「いや、隊長寝たから……」
「そう言う問題じゃないでしょー!」
「んぁ?」
「あ、起きた」
「なんなのよっ!」
体で不満を表現するマティアスだったが、それもこの二人は見ていなかった。
これが日常なのだ。
こんなもの毎回見て、毎回返事をしていたらきりがない。
冒険者たちはマティアスの活躍に歓声を上げていたが、三人はそれすらも無視する。
日常。
そう、これもこの三人にとっては日常であり、何の優越感も得られなくなっていた。
「やかまぁ……しぃなぁ」
「はー……。いつもの事だけど、相変わらずこういう時どうすればいいか分かんねぇなぁ」
「手を振っとけばいいのよ手を」
「嫌だよめんどくせぇ。マティが振っとけ」
「嫌よめんどくさい」
「うわぁ……こいつら面倒くさいなぁ……」
「「ジェイルドにだけは言われたくないな」わ」
毎回ジェイルドが寝る度に、こうして介抱しているのだ。
面倒くさい特性を持っているのは、この三人の中ではジェイルドだけだろう。
ようやく周囲も静かになり、進行を再開する。
あと少し行けば、設営が出来る場所が見えてくるはずだ。
怪我人は他の冒険者に任せておけば問題ない。
足並みは非常に遅くなてしまったが、それでも着実にエンリルに近づいている。
姿さえ出してくれれば、後はこちらで好きにする事ができるのだ。
それまでは根気勝負。
「あ、そういえば……」
そこで、マティアスが思い出したかの様に口を開く。
「さっきの魔法……どっかで見覚えない?」
「……ない」
「俺もないなー」
「あ、そうなの? でも私は覚えてるよぉ」
随分前の話だし、あの魔法を見ていたのはこの中ではマティアスしかいなかった。
二人が覚えていないのも、当然といえば当然だ。
だが、マティアスはあの魔法を見て一つ確信したことがあった。
それは……。
「生き残り、居るみたいねっ」
「……へぇ……生き残りかぁ」
以前に全く同じ魔法を使ってくるエンリルを見たことがあったのだ。
先程と同じように魔法をかき乱したら、そのエンリルは逃げてしまったが、あれは良い毛皮だったという事を覚えている。
足の速さでは確実に人間の方が遅い。
逃げに回られれば、こちらが追いかけることはできなかったので、あの時は逃がしてしまったのだ。
だが、今回は絶対に逃がさない秘策がある。
「今回は、全部狩ろうねっ!」
「……だな」
「はー……俺次第だなぁ。緊張するぜ」
「ぐぅ」
「おっま! また寝んのかよ!」
やはりこのパーティーには、緊張感という物が存在しなかった。
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