3.47.足止め作戦


 狼の群れは、全員が人間の匂いを捕捉できる所まで接近していた。

 どうやらオールの仕掛けた罠がしっかりと発動したらしく、人間たちの足並みは異常に遅くなっていることがわかる。

 オールの仕掛けた罠は必ず発動すると、群れの全員が認めていた。

 これで前回と同じような動きができるだろう。


 だが、今回はオールの土狼がない。

 なので同じ動きをするためにはロードに出て行ってもらわなければならないのだが、ロードは老体だ。

 あまり無理をさせるのは忍びない。

 それに、ロードの土狼はすぐに発動する物なので、敵の前に姿を現さなければ使う事が出来ない物だ。

 それではあまりにも危険すぎる。

 今回も敵に姿を現すことなく勝つのが、一番良い勝ち方だ。


 なので、今回はルインに出てもらうことにした。

 ルインも老体ではあるが、ルインの使用する水狼はその場から動かずに使うことが出来る物だ。

 確認をとってみたところ、お安い御用だという事なので、今回の先手は全てルインに任せることにする。


 縄張りを広くして分かったことが一つあるのだが、それは湖がもう一つあったという事だ。

 元々あった縄張りの近くにもあったが、西側にもあったというのは初めて知った。

 なので、今回ルインにはそこに待機してもらい、大量の水狼を使ってもらうことにしている。

 ルインが居れば、水があるだけ戦力が増える。

 戦力戦となれば、水狼は最強の魔法だ。


 他の狼は、前回と同じ陣形で前に出して待機させておく。

 動き出すのは夜からだ。

 前回と全く同じ狼たちで、夜襲を仕掛ける。


『ルイン、頼んだぞ』

『はいなはいな~』


 ルインはそう言いながらポテポテと湖のある場所へと向かって行った。

 いつもより楽しそうだ。

 久しぶりに暴れられるのが嬉しいのだろう。


『リンド。お前はあの場所に』

『わかりました』


 索敵はリンド。

 匂いでもわかるが、やはり音の方が索敵範囲が広い。

 遠吠えていつでも陣形を変えることが出来る。


 リンドには以前オールが見つけたという深い茂みの中に入ってもらう。

 あそこであれば、探し出したとしてもその場所に行くまでに時間がかかる。

 リンドであれば、敵が来た瞬間には逃走を開始できるはずだ。


 とりあえずこれで陣形は整った。

 正確にはまだ整ってはいないが、それも時間の問題だ。


 すると、水の匂いが強くなった。

 集中してみれば、水の塊が地面を移動しているという事がわかる。

 どうやら既にルインは湖に到着したようで、早速水狼を人間たちのいる場所に向かわせた様だ。


 いくらなんでも速過ぎるのではないかとも思ったが、まぁ問題ないだろう。

 久しぶりにルインがやる気を出してくれているのだ。

 そのやる気を削いでしまうのは無粋だろう。


『バルガン。お前はルインの所に数匹の仲間を連れていけ』

『承知いたしました』


 ルインの事だ。

 またどうせ一匹でも大丈夫と思って油断しているに違いない。

 魔法の練度は落ちていなくても、身体能力は落ちているという事実をそろそろ認めてほしい物だ。


 ルインの場所に連れていく仲間は、水魔法に適性のある奴だけに限定する。

 同じ適性同士の仲間がいた方が、戦いがしやすいからだ。


『ふむ、まぁ後は夜になってからだな』

『そうですね。また俺が最初に行きましょうか?』

『ああ、それで頼む』

『了解しました』


 軽くナックと話した後は、夜になるまでその場で待つ。

 匂いで敵の動きを四六時中チェックし、一定の距離を保ち続けるのだった。



 ◆



 Side―ルイン―


 ルインは既に湖にやってきて、水狼を数十匹出現させていた。

 敵の位置は匂いで把握している為、作ったそばから水狼を人間のいる方向に走らせていく。


 ルインの作り出した水狼は、オールが作る物よりも遥かに性能が高い。

 機動力だけはどっこいどっこいだが、攻撃力、破裂時の指向性などはルインの方が圧倒的に上であった。

 それでも、オールにはまだ負けないと、今回ばかりは張り切っている。


 なんせ久しぶりの全力だ。

 前回の襲撃時は仲間が沢山いたため、思う存分水狼を操ることが出来なかった。

 だが今回は違う。

 初撃を全て任せてもらったのだから、今回は思う存分水狼を作り出すことが出来るのだ。


『足止め、とは言ってたけど……もうやってしまってもいいわよねぇ……?』


 敵を倒すことこそが足止めに繋がると信じて止まないリンドは、ある意味脳筋であった。

 だが今は誰もそのことについて咎めることが出来ない。

 今は一匹なのだ。

 湖の水も十二分にあることだし、誰にも邪魔されずに好き勝ってやることができる。


 どうせ結局殺してしまうのだ。

 今殺しても、明日全滅させてもそれは変わらない。

 リンドはニコニコとしながら、水狼を作る速度を上げた。


『あら?』


 どうやら水狼が敵と接触したようだ。

 大量に出現する水狼に手も足も出ない様子で、楽に狩らせてくれている。

 今回も前回と同様、大して強くない人間が多いのだろう。

 この調子であれば、ここで全滅も可能かもしれない。


 そうだそうしよう。

 そうすれば仲間たちの負担も減るし、夜など待ってやる必要などないはずだ。


 リンドはそう考え、実行に移す。

 水狼の水圧を上げ、一匹が破裂しただけでも地面が抉り取られる程の威力に変える。

 その瞬間に一匹が仕留められたようで、大きな爆発音がこちらまで届く。

 しかし、周囲の被害も多いようだ。


 この調子で水狼を送り込もうとした時、少し妙な感覚があった。

 ルインは水狼を作るのを止め、その妙な感覚が何なのかを把握する為に集中する。 

 破裂したのは一匹で、それ以降は何匹も狩られているというのに、一切爆発しなかったのだ。


 何故?

 そう焦るルインだったが、その場にいないため原因の解明が出来ない。

 水狼は視界を共有することが出来ない魔法である。

 もし原因を解明したいのであれば、敵陣に顔を出さなければならなかった。


 それからも続いて水狼は狩られていく。

 しかし、爆発は起きないし、水狼は何も出来ずに倒れていった。


『……はて……もしや……』


 いや、そんな事があるはずがない。

 あれから数年の月日が経っているのだ。

 それに、随分と遠くまで逃げてきた為、同じ相手と相まみえるなどという事はまずない。


 と、信じたかった。

 だが……これと同じ現象を、ルインは一度経験している。

 忘れもしない、敗北のあの日に。


『……人間……!!』


 ルインの顔に、皺が深く刻まれた。

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