3.46.罠発動


 冒険者の行く手に、白いロープの様な物が立ち塞がった。

 この辺りに蜘蛛か何かいるのだろうかと、周囲を見て回るが、そもそもこんな蜘蛛の巣を張るような奴は見たことがない。

 だがここはエンリルの住まう森。

 何かイレギュラーな相手が現れても何らおかしくないのだ。


 このロープを見て、冒険者たちは剣を構えながら進むことにした。

 馬車から降りて、荷物だけを人力で運ぶ。

 馬はその辺りに止めておいた。


 無駄な荷物を持って、この巣にかかったりでもしたら、巣を仕掛けた奴が来るかもしれない。

 そう考え、出来るだけ身軽に行動することにしたのだ。

 馬は動物で、人間の意思とは全く関係なく動く。

 勝手にロープを切ったりでもしたら、目も当てられない状況に陥る可能性がある。

 なので、馬も置いてきたのだ。


 しかし、食料だけは持っていかなくてはならない。

 なので、冒険者が協力して荷車を押すことになった。

 引くのが動物ではなく人になっただけだが、これであれば不用意にロープを切ってしまうなどという事は無くなるだろう。


 しかし、何故このロープはこのように乱雑に撒かれているのだろうか。

 地面に落ちている物もあれば、木に引っ掛かってたわんでいる物もしばしばだ。

 冒険者たちはそれを不思議に思いながらも、引っ掛からないように歩いていった。


「何だろねこれ」

「さぁな。でも触らない方がよさそうだってことはわかる」

「そう言われると気になるよなぁ~」

「よせよ?」

「わかってら」


 とは言え、気にしているのはこの二人だけではない。

 道を歩く冒険者全員が、そのロープに興味関心を持っているのは事実だった。


 そこで、一人の冒険者が落ちている短いロープを手にする。

 長くなければ、もし蜘蛛の巣であったとしても、振動が行かないから害はないと思ったのだ。

 安全を確認し、それを伸ばしてみる。


「伸びねぇんだ……何だこれ」


 何度かピンピンッと張ってみるが、やはり伸びる様子はない。

 ロープの端っこを持ち、軽く振ってみるも、何も起きなかった。


 何だ只の見掛け倒しか。

 そう思い、ロープの真ん中をつまんだ。

 冒険者の予想では、ぷにゅっとした感触が指に伝わるはずだったが、伝わってきたのは激痛だった。


「ぐあああああ!!?」


 いつの間にかロープは手から離れ、指先を完全に潰して消えていた。

 だが、冒険者の両サイドにあった木と岩にくっきりとした打撃跡が付く。

 まるで何かを強く打ち付けたような、そんな物だった。


 一人の冒険者が急に騒いだ為、辺りは騒然とし始めた。

 各々が剣を構えて戦闘態勢に移行している。


 だがここには敵らしい敵はいない。

 一週間前の地雷電による爆音で、未だ魔物はこの場所を警戒して帰ってきてはいないからだ。

 ここにあるのは、ただの罠だけ。


 魔物の襲撃と勘違いした冒険者は、完全に戦闘態勢に移行して気を張っている。

 にじりにじりと動く冒険者一同は、足元に転がっている白いロープなど、既に眼中になかった。

 何もわかっていない状況であるからこそ、この罠は強さを発揮する。

 一人の冒険者が白いロープをゆっくりと踏んだ。

 足の動きに合わせて形を変えていく白いロープは、踏み潰された瞬間に千切れ、冒険者の足を曲がってはいけない方向に曲げた。


 激痛に悶え、冒険者が地面を転がりまわる。

 そこから飛び出した二つの白いロープ。

 片方は冒険者の足目がけて飛んでいき、またボキリと足を折る。

 だがこれでは致命傷にはならない為、歩けなくなった冒険者はいい荷物になってくれた。


 もう片方は冒険者のいる方向から全く違う方向に飛んでいき、岩にぶつかって角度を変えた。

 だがその角度を変えた先には白いロープが待ち受けており、それにぶつかりロープを切る。

 切ったロープは他のロープに比べて長いようで、先程の物とは比べ物にならない程の威力を持って冒険者にぶつかっていく。


「ぐぁ!?」

「がっほぁ……」


 全く見えない弾丸。

 ロープはロープを切り、連続して冒険者にダメージを負わせていく。

 冒険者にぶつかったロープも、イカツイ装備に当たってまた分裂し、その威力を更に上げて冒険者に襲い掛かっていった。


「な、なんだなんだ!?」

「わ、わからっ!? がああああ!?」


 見えない弾丸は、何が原因で引き起こされている物なのか、冒険者たちには理解できなかった。

 今も多くの冒険者は、この原因は魔物であると思っている者が過半数を占めている。

 その為、逃げ惑う冒険者は、また地面に落ちていた白いロープを踏みつけた。


 これが延々と繰り返されていく。

 必死に敵を探そうとする感知系の魔法を使う冒険者。

 自らの持つ大盾で、仲間を守ろうとする者や、適当に魔法を放つ者など様々ではあったが、どれも白いロープを止めるほどの魔法や武器を持っている者はいなかった。


 冒険者にとって幸いだったのが、その罠の数が少なかったという事だ。

 木にはまだロープが垂れ下がったりしているが、吹き飛んでいったロープがそれらを切る確率は非常に低い。

 なので、その罠は早い段階でなりを潜めた。


 急に静かになった事で、おずおずとしている冒険者たちだが、何人かはその攻撃の原因がわかっていたようで、「白いロープに気を付けろ」と叫び散らす。

 威力を無くして転がってくるロープを見た者。

 そして、自らが体を張って受けた者は、その原因を見つけることが出来ていたのだ。

 なので程なくして、白いロープの危険性が冒険者一同に伝達された。


「めんどくせぇ~……」


 以前より罠が巧妙になっている事を見たジェイルドは、深くため息をついたのだった。

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