3.49.報告と調査


 ルインは途中から来た仲間にその場を任せ、一度オートのいる場所まで戻ってきていた。

 先程あったことを報告する為である。

 もし、あの時仲間を窮地に追いやった人間が来ているとなれば、一大事だ。


 ルインは全速力で森の中を駆けていく。

 決して速度は速くはないのだが、それでも老体でここまで速度の出せる狼はいない。

 だが今はそんなことを考えているだけの暇はない。

 息を切らしながら、ようやくルインはオートのいる場所に帰ってきた。


『オート!』

『ルイン? どうしたんだそんなに慌てて』

『人間だよ……!』

『そんなことはわかっているが……』

『違うんだそうじゃない! ……同じ奴らが……居る!』

『…………なに?』


 オートの毛が僅かに逆立った。

 たったそれだけの言葉で、ルインが言っている意味が分かってしまったのだ。

 理解したくはないが、それでも真っ先にその人間の顔が脳裏に蘇る。


『……奴らがいるという根拠は?』

『水狼を消されたんだ……。あの時と全く同じやり方で……』


 オートはまだ小さかった。

 それ故に、ルインがその人間と戦っている所を見たことがない。

 だが……ルインがそう言うのだから間違いはないのだろう。

 同じ魔法を使う敵というだけかもしれないが、それでも今回の敵は苦戦するかもしれない。


 そう考え、オートは一度怒りを鎮めた。

 まだ確信はない情報だ。

 それに感情を揺さぶられて、指揮が疎かになってはいけない。


『足止めは?』

『ごめんなさい、失敗したわ……』

『そうか……。ルインはとりあえず戻れ。他の仲間を手助けするんだ』

『分かりました』


 ルインの使う水狼はもう使えないかもしれないが、それでも水狼を消すことのできる人間などそう多くはいないはずだ。

 他の人間になら、まだ可能性はある。


 しかし、もし本当にオートたちを窮地に追いやった人間が来ているのであれば、作戦を変える必要があった。

 だが未だに確固たる証拠がない。

 何とかして見つけたいが、それにはロードかルインの協力が必要だった。

 人間と戦ったのはこの二匹しかいないのだ。


 なので、一部作戦を変更する。


『ロードを呼んで来い! 俺とロードで一度出る!』

『承知しました』


 ナックが零距離移動を使用して移動する。

 ロードのいる場所は前回と変わっていない為、ナックはすぐに移動することが出来るのだ。

 それに合わせて、ロードを連れて来る事もできる。


 ナックはすぐにロードを連れてここに戻ってきた。

 零距離移動を使えば、このようなことは簡単である。


 急に呼ばれたロードは、頭にクエスチョンマークを浮かべて、首を傾げていた。

 どうしてここに呼ばれることになったのか、わからないからである。

 ロードはオートの顔を見ると、すぐに口を開いて今の状況の説明を求めた。


『オートや。どうしたんじゃ』

『一度前に出て足止めをする』

『? ルイン婆さんがやっていたのではなかったか?』

『失敗した』

『……オート、詳しく聞かせてくれるか』


 ロードは真剣な表情になり、オートの目を見る。

 ルインが失敗するなど、滅多な事でもない限りあり得ないと思っていたのだろう。

 だが、ルインは今回の人間の足止めは失敗している。

 これは間違いない。


 オートは先程ルインから聞いたことをロードに伝えた。

 水魔法をかき消されたというのが、オートにはよくわからなかったのだが、ロードは理解できたようだ。


『水魔法を同じやり方で消された、と言ったんじゃな?』

『間違いない』

『可能性は高いのう……。過去にそのような魔法を使ってくる人間などいなかったからの』

『まぁそれはいい。ルインは前線に出れないから、ロードがそいつらを目視して確認してくれ』

『任せなさい。見間違う事などせんし、匂いもしっかり覚えておる』


 いつか復讐を果たす為に、その人間の容姿、匂いなどは全て記憶している。

 近づいただけでも同じ人物かどうか判断できるだろう。

 それ程に奴らを憎んでいるのだ。

 あの時の事は忘れようにも忘れられない。


 ロードはもう一度思い出す。

 あの時の出来事を。

 同胞が一匹やられ、人間は止めを刺す為に近寄って大きな鉄の塊を振り下ろす。

 鮮血が飛び散ったが、人間たちはそれを無視して小さな刃物を取り出した。

 それから行われた事は、今思い出しても悍ましい光景だ。


 ロードはそこまで思い出したが、先の事は思い出したくないのか、頭をぶんぶんと振って考えていたことを霧散させる。

 しかし、それでロードは戦う顔になった。

 目が鋭く輝き、茶色の目玉が太陽の光により一層美しく煌めく。


 それはオートも同じだ。

 戦いには参加できなかったが、仲間を殺された記憶は何時までも残っている。

 目は緑色に輝き、風が吹き始めた。


『行くぞロード』

『うむ』


 オートとロードは同じ思いを胸に、全く同じ速度で駆けていった。



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