3.36.信じよ


 ニアは大きく息を吸って魔力を生成する。

 それから先ほど俺が見せた太陽の杭をイメージし、空中に杭を一本作り出す。

 光が集まっていき、今までで一番完成形に近い杭が完成しそうであった。


 どんどん光が集まっていき、その光が太陽の杭を形成していく。

 大きさは俺が使う太陽の杭とほぼ同じ大きさだ。

 サイズも真似るように努力したのだろう。


 ニアは目を閉じて集中している。

 蛇を殺さなかったという事実を見て、ようやく何かをつかんだようだ。

 これであれば、成功するかもしれない。


 ゆっくりではあるが、しっかりと形になっていく太陽の杭を見て、俺は少し安心した。

 何せ初めて魔法を教えるのだ。

 この教え方で大丈夫かどうか、とても心配だった。

 だがこうしてニアは完成まで近づいている。

 俺の教え方は間違っていなかったのだろう。


 しかし、安心したのはニアも同じだったようだ。

 目を開けて今の状況を確認する。

 すると目の前には完成間近の太陽の杭があった。

 それを見て、ニアは安心してしまったのだろう。

 しかし、それと同時に何か要らない考えが頭をよぎったようだ。


 太陽の杭は一気に霧散していき、形が無くなっていく。

 光が散らばってどんどん消えていき、最後には何もなくなってしまった。


『惜しい』

「わふー……」

『なんか変なこと考えたでしょ?』

「ウゥー……」


 どうやら、この大きさの杭を見て狩りに使えないかとちょっと考えてしまったらしい。

 太陽の杭は確かに動きを封じて、攻撃をすることのできる物だが、発動させるまではその様な考えを持ってはいけないのだ。

 俺も太陽の杭を使った時は、捕まえるという事だけを念頭に置き、殺す、倒すという考えは一度捨てた。

 そうしなければ光魔法は発動してくれないのだ。


 これに気が付くのには相当な時間がかかった。

 狩りに何度使用しても、あのように霧散することがほとんどだったのだから。

 とは言え発動さえしてしまえば、後は好きにできる。

 今思って見ても、やはりちょっと面倒くさい魔法だ。


 このことで光魔法が獣に向かない理由がよくわかった。

 基本的に殺して喰うを主としている狼たちが、捕まえるという事にだけ考えを巡らせるのは難しい。


 確かに光魔法って魔物が使うイメージないもんなぁ。

 つまりそういう事なのでしょうか……。

 まぁわかんないけどね。


『ま、これなら大丈夫そうだな』

「?」


 俺はのそりと立ち上がって、ニアの前に出る。


『ニア。俺に向けて太陽の杭を撃て』

「!?」


 狙う対象がいる、いないでその成長速度は大きく変わる。

 風刃でベンツを狙わせたときと同じことだ。

 それに、太陽の杭は怪我をするようなものではない。

 しっかり発動させ出来れば、俺に危害が加わる可能性は無いに等しいのだ。


 しかし、魔法を仲間に向かって撃つというのは決意が必要だ。

 ベンツの時はどうせ当たらないと子供たちもわかっていただろうから、ああして攻撃をしていた。

 が、今俺は動いていない、俺の体はとても大きい。

 当てようと思えば簡単に当てることが出来るのだ。


 だが、ニアは怖いのか、首を大きく横に振った。

 まぁ当たり前と言えば当たり前の行動なのだが、俺はそれを良しとはしない。


『大丈夫だ。お前ならいける』

「わふ……」


 ニアなら出来る。

 例え俺が居なくても、いずれは出来るようになるだろうが、今は休戦中。

 いつ敵が襲ってくるかもわからない状況で、ゆっくりと成長を待つなどということはできないのだ。

 だからこそ、一刻も早く自分の身を最低限守れるようになってもらわなければいけない。

 このことは、魔法を教えているであろうロード、ルイン、ベンツ、ガンマ全員に伝えてある。

 俺のような酷なことはさせていないだろうが、それでも厳しい訓練を行っているはずだ。


 それと、これは俺の経験則ではあるのだが……。

 いつか仲間と敵対することがあるかもしれないのだ。

 俺は実際に同じ種族に本気で攻撃をした。

 本来であれば、今隣にいたかもしれない仲間に向かって、攻撃を仕掛けたのだ。


 やらなければやられる世界。

 これは避けては通れない道だ。


『さぁこい!!』


 大きな声を放ってニアを威嚇する。

 これは敵が向けてくる殺気だ。

 明らかな殺意をニアは浴びるが、それでも太陽の杭を発動させなければならない。

 戦闘中に気持ちを入れ替える難しさ。

 これが出来れば、ニアは光魔法を戦闘でも自由に使いこなすことが出来るはずだ。


 ニアはその声に驚いて、大きく息を吸う。

 咄嗟のことで息を吸ってしまったのだろうが、しっかりと魔力を生成したようだ。


 さぁニア。

 ここで殺意を出すな。

 敵を倒そうとするな。

 捕まえるだけに意識を持っていけ。

 だが、恐ろしいという感情はいつでもどこでも連れまわしていけ。

 恐くないなんて言っている奴は、冷静な判断なんてできやしない。


 心の中で、俺はそう応援する。

 後は本当にニア次第だ。

 成功すれば、この先どんな場所でも光魔法を使って戦闘が出来る。

 だが失敗すれば……暫く使えなくなるだろう。


 子供にとってこの威嚇は脅威だ。

 トラウマになる可能性だってある。

 なんせ、闇魔法を使ってその恐ろしさを底上げしているのだから。

 そうしなければ、俺はこの子の可愛さに負けてしまうのだ。


「ガゥ!」


 ニアは一歩前に出て、魔力を使用した。

 使用した魔法は……。


 よし!


 光魔法・太陽の杭。

 即座に杭が空中に出現した。

 ほぼ一瞬でだ。

 ニアはこの威嚇に勝ったのだという事が、これで証明された。


 その太陽の杭は、ゆっくりとこちらに的を絞る。

 だが、ニアはまだ震えているようだ。

 あれだけの威嚇を放ったのだから無理もない。

 しかし、震えは恐らく恐怖だけではないのだろう。


『ニア! 自分を信じろ!』


 自信がまだないのだ。

 何度も失敗した魔法だが、もう発動はしている。

 後は勇気。

 元仲間であった敵を討つ勇気さえあれば、俺から言う事はない。


 すると、キッとした表情でニアはこちらを見る。

 その瞬間、太陽の杭が俺目がけて飛んできた。

 俺はそれを避けることはせずに、ただ杭が飛んでくるのを待った。


 ドン!


 大きな音を立て、太陽の杭が俺を貫通した。

 喰らう方はどんな感じかと思ったが、やはり全く痛くない。

 しかし、やはり動けなかった。


 こんな感じなのか~と思っていると、太陽の杭が消失する。

 どうやらニアが魔法を解いたようだ。


『ふぅ。よし、よくやったなニア……』

『うわああああああ!』

『ぬぉおお!? びっくりしたっぐほぁ!!?』


 急に声が聞こえたと思ったら、腹部に強烈な一撃がお見舞いされる。

 一体何が起こったのかと思って、その原因を探ってみると、ニアが俺に縋りついて大泣きしていた。


『びええええ!』

『おうおうどうしたどうした!』

『オールお兄ちゃんがぁあ! 死んじゃうかと思ったああ!』

『死なんわ! そういう魔法だって言ったでしょうがッ!』

『だってえ! だってだってだってぇー!!』

『ああ、ああ悪かった悪かった。怖かったなごめんなぁ?』


 ここまで我慢できたのすごいな?

 強い子なのね。

 でもやっぱり子供かぁ。

 大丈夫って言ってても、やっぱりいざやろうってなると怖いんだろうな。


 ていうか……言葉分かるんだけど。

 この子が俺を認めてくれた……って事でいいのかな?

 ロードお爺ちゃんやルインお婆ちゃんもこんな感じだったんだろうな。

 状況は全く違うけどな!


『びええええ!』

『ああーよしよしよしよし。大丈夫大丈夫』


 泣き止むまでちょっと時間がかかりそうだ。

 俺はニアが泣き止むまで、こうして尻尾で体を包んであげていたのだった。

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