3.23.見えない敵


 朝になり、明るくなってようやく人間は昨晩の被害を把握することが出来ていた。

 死者百三十二人。

 怪我人ゼロ人。

 行方不明者ゼロ人。


 朝になって交代の時間が回ってきた冒険者が、ようやくその惨状を発見したのだ。

 それまでは静かな夜が続いたことだろう。

 騒ぎを聞きつけて駆けつけた冒険者たちも、バルガンの攻撃によって即死。

 既にカラスのような鳥が、その死体の肉を啄んでいた。


 一体どのような攻撃が、人間たちに向けられて放たれたのか……見たものは理解できないでいた。

 地獄絵図と化した前線に、誰もが吐き気を催す。

 そしてそれを見た冒険者の士気は……どん底にまで落ちていた。


 撤退。

 その二文字が冒険者たちの頭を支配する。

 誰かに命令されているわけではない冒険者たちは、参加するのも自由だし、帰るのも自由だ。

 惨状を見て恐怖し、逃げかえる冒険者は少なくなかった。


 現場検証も碌に行われず、ただ被害の数だけを確認した冒険者パーティーの隊長はすぐさま帰還する。

 これは冒険者組合に報告しなければならない重要な情報だからだ。

 これだけの被害を出せる力を持った生物が、この森の存在する。

 それだけでこの森の危険度はグンと上がった。

 今すぐにでも、そのことを冒険者組合の上層部に通達しなければならないだろう。


 だが、狼たちはそんな事を許しはしない。


『皆! 回り込んで!』

「ガウガウ!」


 早朝、敵が動き出したのをリンドは把握していた。

 交代の時間による、数人の冒険者の移動なのだが、それにより被害が認知される筈だ。

 そうなれば、数人の人間たちは被害を報告するために帰還するだろう。

 故に、情報が拡散される前に南と北に展開していた狼たちを動かし、その退路を断たせた。


 狼たちの位置は、全員が匂いで理解し合っている。

 この作戦は、万が一にも失敗することは無い。

 そう言う確信があって、今回は全方位から敵を攻め立てる。


「スンスンッ」


 一番敵が来るであろう、人間の退路に三匹の狼が辿り着いた。

 匂いで敵の位置を確認し、今いる後ろにも人間がいないかを確認する。

 どうやら、まだ逃げ切れてはいない様だ。

 後は、敵がこちらに来るのを待つだけ。


 すると、慌てた様子で数人の冒険者が走ってきた。

 あの惨状を見て即座に帰路についた冒険者たちだ。

 オートから、敵は逃がすなという報告が下っている為、狼たちは大きく息を吸う。

 それから、一気に肺の中に溜まった空気を吐き出し、風魔法を発動させた。


 その風魔法は全く見当違いの方向に飛んでいくのだが、すぐに軌道を戻して人間へと狙いを定める。

 これは、ベンツが戦った追尾式の風魔法を使う狼たちだ。

 全く違う方向に飛ばした為、隠れていればその発動場所を読まれることのない魔法。

 逃走兵を狙うには最適な物だった。


 追尾式風魔法……追尾風弾ついびふうだんは、走って逃げていた冒険者に直撃する。

 その威力はベンツに放ったものと同じなのだが、その威力は地面を壊す程の物だ。

 それが人間に直撃すれば……その末路は決まっている。


「がっ──」

「え? うそで──」


 パァン! パァン!


 周囲に破裂音が響き、その瞬間に人間の頭部が消える。


「ど、どこから!?」


 そう言って冒険者は足を止めるが、その瞬間に体に穴が開く。

 その後方を走っていた冒険者たちは、目の前で起きた事が理解できず、困惑していた。

 攻撃は見えるが、何処から飛んできているのか全く分からない。

 身を低くして難を逃れようとしてはいるが、匂いで敵の位置を把握している狼にとって、動きの遅い獲物を狩るのは容易い事だ。

 すぐに魔法が放たれ、体の一部が欠損する。


 見えない敵、そして何処から飛んでくるかもわからない攻撃に、どう対処すればいいんだと愚痴をこぼした冒険者。

 だがその愚痴は、誰にも聞かれることはなく、破裂音だけが返事をした。

 冒険者は、既に亡骸となっている。


 冒険者を排除したことを確認した三匹は顔を見合わせて頷き合う。

 次に、その中の一匹が水魔法を使用して、今さっき倒したばかりの冒険者に水を大量に被せた。

 こうしなければ、血の匂いが強すぎて他の敵の位置がわかりにくくなるのだ。

 仕事を終えた狼たち三匹は、次の獲物を探すために周囲の匂いを嗅ぐ。

 どうやら、今度はまとまった数がこちらに向かってきているようだ。


 場所を変更して、息を潜める。

 だんだんと走ってくる冒険者の匂いが濃くなってきた。

 もう少してこの場所に到着するはずだ。


 敵を目視で確認。

 目で見て攻撃を放つ必要はないのだが、この狼たちは一度も人間の姿を見たことがなかった。

 なので、一度しっかりと生きている姿を見ておきたかったのだ。

 だがそれも一瞬だけでいい。


 大きく息を吸い、素早く空気を吐き出す。

 これだけで、確実に一人の冒険者の命が奪われた。

 逃げ惑う冒険者たちは、理解の及ばない攻撃に恐怖し、ただ命を狩られていったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る