3.24.見失った逃げ場


 退路で殺戮が行われていることなど知らない冒険者たちは、今現在、逃げるか戦うかの選択を強いられていた。


 一夜にしてこの被害。

 既に惨劇を見て恐怖し、逃げていく冒険者が後を絶たない状況で、戦うという選択肢はないに等しかった。


「テント、物資は全て放棄せよ! 馬車だけを守り帰還する!」


 その提案に反対する声は上がらなかった。

 惨劇を見ていない者たちも、数字でその被害は理解できる。

 これ以上前に出たとしても、勝てる見込みは無い。


 無駄に兵を減らすより、一度帰還して対策を練ってからまた来た方が良い。

 そう考えたパーティーの隊長格たちは、いそいそと馬車を準備して帰路につこうとしていた。


 キャンプの道具、焚火、そしてかろうじて残されたテントは全て放棄され、そのままの形でおいていかれる。

 それを惜しいと思う人間は、ただの一人もいなかった。

 命があれば、何度でもやり直せる冒険者稼業。

 金で買える物はこの際捨てるのが道理である。


 馬車の手配も完了し、ようやく帰路につこうと手綱を掴んたところで、帰り道である方角から、慌てるようにして逃げてくる冒険者の姿があった。

 一体何事かと思い、声をかけようとしたその瞬間、冒険者の頭が弾け飛ぶ。

 何かを訴えようとしていたようだが、言葉を発する前にドシャリと鈍い音を立てて倒れ込む。

 体からは鮮血が溢れ出し、周囲を赤黒く塗り潰していった。


「……は?」


 何が起ったのか全く理解できなかった。

 素っ頓狂な言葉が口から零れる。

 顔についた肉片を拭うこともせず、ただその死体を呆然と眺めていた。


 何の予兆もなしに、人間の首が無くなったのだ。

 恐怖や驚きの前に、疑問が初めに頭の中を支配する。


「う、うわああああ!」


 一人の冒険者が絶叫を上げて、その場から逃げ出す。

 その声でようやく我に返る。


「て、敵襲ー! 敵襲ー!!」


 大声を出して周囲に警戒を促す。

 冒険者各位はその言葉を聞いて戦闘態勢に入る。

 前日の恐怖はまだ拭え切れていないが、今戦わなければ変える事すらもできないだろう。


 大声を出した冒険者も、すぐに馬車から降りて剣を構える。

 敵がどこから来ているかわからないので、とにかく周囲を警戒し、まずは敵影の発見に努めた。


 パンッ。


 そんな音が後方から鳴った。

 敵か!

 そう思って後ろを振り返ると、頭の無くなった冒険者が、剣を構えて立っていた。

 先程と同じ攻撃だ。

 だが肝心の敵がまだ見えない。

 一体どこに身を潜めて居るのだろうか。


 パンッ。


 また冒険者が一人死んだ。

 姿を現さず、一方的にこちらの数を減らすつもりなのだろう。


「おい! 何処に居る! 姿を現せ卑怯も──」


 パン。


 叫ぶ敵は、よく目立つ。

 狼はついにその隊長格を殺した。

 だがそれだけでは終わらない。

 逃げ惑う冒険者、戦う意思を持った冒険者全てを同じ魔法で殺していく。


 こちらの数は少ないが、他の仲間たちも同じように行動し、冒険者たちを殺している。

 攻撃方法は個々によって違うだろうが、今現在の被害は、昨晩とは比べ物にならないほどになっていた。


 南と北に展開した狼たちは、挟み撃ちをする形で遠距離攻撃魔法放ち、人間たちを屠っていく。

 西側に回り込み、退路を断った狼たちは、追尾風弾を使用して一人一人確実に殺しており、最後に東から向かってくるのは、リーダーであるオート率いる狼の群れ。

 オートは敵を発見し次第、風神を放って人間の命を狩る。

 後方にいるリンドは、数匹の味方に守られながら、敵の状況を把握。

 時々遠吠えで敵の動きを教え、指示を飛ばしてく。


 現在、人間たちは完全に取り囲まれた状況に陥っていた。

 だがそんな事とは露知らず、人間たちは退路へと逃げ込む。

 しかし、そこに待ち受けているのは狼の群れ。

 匂いで場所を把握されたら最後、追尾風弾で仕留められる。


 各々が得意な魔法を使い、人間たちを追い詰める。

 次第にその感覚は狭まっていき、ようやく人間たちは囲まれているという事に気が付いた。

 だが時既に遅し。

 それに加え、この状況を打開するほどの力は誰も持っていなかった。


「おい……おいおい! マジで死ぬくね?」

「…………」

「おいなんか言えよ! ……!?」


 しぶとく生きていた隊長のフォルマンが、隣にいたはずのフールを見る。

 フールは確かに立っていたのだが、その頭部にはあるはずの物がなかったのだ。

 フォルマンがそれに気が付いた時、フールの体も頭がないという事に気が付いたのか、ようやくどさりという音を立てて倒れた。


 攻撃を受け始めてから、一度も敵の姿を見ていない。

 姿を見ることすら許されず、自分たちはこのまま死ぬ。

 そう理解してしまった。


 カンクは水魔法を使って応戦しているが、その水魔法ですら通用しない。

 フォルマンも得意である炎魔法を使うのだが、その炎も突然現れる水にかき消されていく。

 自分たちの攻撃が一切通用しない。

 すぐに対処されるのだが、こちらは敵の攻撃を対処できないでいた。


「隊長! 逃げ道を作りましょう!」

「無理だろ! どうしたって無理だろこの状況!」

「ですが! やらなければやられます!」

「んなことわかってんだよくそがぁああ! 炎魔法・フレアァアア!」


 当てどころのない不満をまき散らし、また炎魔法を使用して森を燃やそうとする。

 最大火力だ。

 今のでもうほとんどの魔力を使い切ってしまった。

 後は逃げる分だけの体力しか残っていないだろう。


 炎は木々を燃やさんと一気に拡大していくが、その瞬間に水で作られた狼が姿を現しすぐに自爆する。

 すると水が広範囲に勢いよく飛散し、その炎をかき消していった。


「何なんだよあれはよぉ!!」

「水の狼!?」


 驚いているのも束の間、すぐに後方から絶叫が聞こえてくる。

 見てみれば幾人もの人間が風で斬り飛ばされ、死体が大量に転がっていた。

 もう被害など数えなくても理解できる。


 次に右側に展開していた冒険者たちが吹き飛ばされてきた。

 竜巻のような物が起こり、上空へと冒険者を運んで空中に放り投げる。

 重力に逆らうことなく落ちていく為、鈍い音が何度も聞こえてきた。


 今度は左から雪崩のような音が聞こえる。

 この音には聞き覚えがった。

 目的地に着き、設営をしていた時に現れた土の狼が放っていた魔法の音だ。

 だが、以前とは様子が違った。


 冒険者を飲み込むまでは依然と同じ……なのだが、その冒険者がいつまで経っても土の狼から吐き出されなかったのだ。

 あれは怪我をさせる為に作られた魔法ではなく、完全に息の根を止める為に作られた魔法。

 飲み込まれたら最後、もう出てこられない。


「…………詰んだ?」

「詰みましたね──」


 カンクが三枚に卸された。

 鮮血がフォルマンにかけられ、体が真っ赤に染まる。


 もう駄目だ。

 そう確信してしまったフォルマンは、一つの光を見た。

 よく見てみると、それは目玉。

 物凄い形相でこちらを見ている鋭い目であった。


 草むらの隙間から辛うじて見えているその目玉と目が合うと、体が硬直する。

 そこで疑問に思う。

 何故、こんな奴らに喧嘩を売ってしまったのだろうかと。

 目を見ただけではあったが、今敵対している存在の恐ろしさ、及び脅威度、更には強さが手に取るようにわかった。


 これは、人間が相手にして良い敵ではない。

 そう思った瞬間、視界が乱れた。

 体が宙を浮いているような錯覚を覚えるが、残念ながら体は先ほどいた場所に留まっている。


 なんだ……どういうことだ。

 何故俺は自分の体を見ているんだ。

 その答えはすぐ目の前にあるというのに、理解できずに、フォルマンは意識を手放す。


 それを境に、冒険者の断末魔は聞こえなくなった。

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