3.22.合流
戻ってきたオートたちは、後方で待機していた狼たちの群れに合流した。
一匹も被害を出さずに帰ってきた為、奇襲に参加しなかった狼たちも少し安心しているようだ。
因みにこの場所には全部の狼はいない。
もしもの為に、散らして見張りをしてもらっているからだ。
なので、今ここにいるのは計十匹の狼たちだけ。
その中に、リンドもいる。
『お帰りなさい。どうでした?』
『……昔ほどではない。統率も取れていないし、個々が弱いみたいだ』
『では……』
『安心はできん。あちらが百匹死ぬのと、こちらが一匹死ぬのは同じ被害なんだ。俺は一匹の犠牲も許さん』
オートは強い口調でそう言い切った。
元々個体数の少ないエンリル。
それに比べて、人間はアリのように湧いてくる。
そう考えれば、人間とエンリルのどちらの命の方が重いかは明らかであった。
だが、そんなアリのように湧いてくる人間にも、強い者はいる。
エンリルと互角に戦えるほどの、強い強敵が。
そう言った人間の姿は、まだ見ていない。
なので、油断はできないし、いつそう言ったやつが現れるかもわからないのだ。
本当に、油断だけはしてはいけない。
『分かりました』
『リンドは敵の様子を調べておいてくれ。他は常時警戒。必ず一匹以上は起きて警戒に当たれ。ナックはそれを他の群れにも伝えろ』
『了解しました』
リンドは目を閉じて、聞き耳を立てる。
それだけで、数キロ先の音を拾い取ることが出来るのだ。
それだけ耳が良いと、他の雑音も拾ってしまいそうだが、聞きたいものだけ聞くという器用なことがリンドはできる。
なので、妙な心配はしなくてもいい。
ナックは他の群れのいる場所に、零距離移動を使ってゲートを開き、声だけを群れに届ける。
ゲートは一つしか作れないので、何回か作って群れ全員に情報を伝達していた。
後は交代しながらの見張りだ。
それさえしていれば、いつ相手が動いても対処できるだろう。
『……リンドよ』
『なんですか?』
『俺たち以外に……俺たちの種族はいると思うか』
エンリルは世界的に見ても個体数が少ない。
言わば、絶滅危惧種である。
居ないとは言い切れないが、居るとも言い切れないのが今の現状だ。
仲間を増やそうとしたが、結局人間に見つかって狩られた。
それがオートとロード、そしてルインが辿った道。
しかし、オートより遥かに長く生きているロードとルインすらも、フェンリルという個体はまだ見たことがない。
狼たちを統べる王に、まだ会ったことがないのだ。
だが何処かにはいるだろう。
オートはそんな淡い期待が、霞ようになってきていた。
『居ますとも』
リンドは言い切った。
何処にそんな証拠があるのかと、オートは聞こうとしたのだが、その前にまたリンドが口を開く。
『私たちが出会えたのですから、居るはずです』
『……そうだな』
オートたちは、人間に襲われて数を大きく減らした。
残ったのは、先程述べた三匹だけ。
だがその逃走中に、リンドの群れと出会ったのだ。
エンリルたちは、見ただけで同じ種族であるという事は瞬時に理解できる。
そのため、無駄な争いは起きなかった。
だが、その群れにも勿論リーダーがいる。
その群れのリーダーは、当時リーダーであったロードが負かし、その肉を喰らった。
それがリーダー継承の証である。
その時のリンドの群れも少なかった。
リーダーを合わせて七匹しかいなかったのだから当然だ。
だが、それでもエンリルたちは仲間を見つけることが出来た。
それは今も、そして次もあるはずだと、リンドは疑う事はしなかったのだ。
『今もこうして沢山の仲間に囲まれているのですから、信じましょう』
『ああ』
過去を思い出すと、そうなってしまった経緯も思い出してしまう。
人間さえいなければ、人間さえ手を出してこなければ、今頃はあの平和な土地で子を育んでいたはずだ。
故郷とは、エンリルたちにとっては非常に大切な物。
ここはリンドたちの故郷だ。
既にしっかりと生活の基盤が整っていたからこそ、移住が成功した。
普通はそんなことはあり得ない。
まずは生活できそうな場所を探し、一年を通してそこがちゃんと住める場所なのかどうかを判断しなければならないのだ。
もし失敗すれば、飢餓に苦しむ結果になる。
人間さえいなければ、こんなことにはならずに済んだのに。
仲間は死なずに済んだのに。
そう思いながら、オートはまた人間のいる方角を睨む。
『もう仲間は殺させん』
その言葉は、その場にいた狼たちには聞こえていただろう。
だが、狼たちは何も言わず、ただ静かに深く頷いた。
『バルガン』
『はっ!』
『明日は南に居る仲間たちと敵を討て』
『任されました!』
『ナックは俺とこい』
『はっ』
『リンドは後方から状況を把握し続けろ。何かあればすぐに声を出せ。俺が向かう』
『わかりました』
明日は総攻撃を仕掛け、敵を一掃する予定だ。
そうすれば、敵は撤退を余儀なくされてしまうだろう。
前回もそうだった。
始めは優勢だったのだが、第二陣がとんでもなく強かったのを、オートはまだ覚えている。
今回は様子見なのだ。
どれだけの数の狼が居るのか、把握しておきたいのだろう。
本番は……今じゃない。
だがそれを群れには教えなかった。
理由は士気に関わるからである。
オートの考えでは、明日の戦いは、先ほどと同じように圧勝で終わる。
その勢いは次回まで保っていきたいのだ。
『休みたい奴は休んでおけよ』
オートはそう言って、その場に座る。
それからは、ずっと前を向いていた。
警戒は緩めない。
目の良いオートは、敵の動きを見逃さまいと、被害の状況すらも把握していた。
まだ夜は明けない。
それは戦いも同じことで、まだ終わっていない。
長い戦いになるだろうと、オートは心の中で呟いた。
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