3.16.敵陣営


 狼たちが自分たちの役目を遂行しようと移動し始めた時、人間側の陣営は大騒ぎとなっていた。

 前を歩いていた人の足が吹き飛び、その後方を歩いていた人にも被害の出る爆破が起こったのだ。

 急なことに人間たちは混乱し、収拾がつかなくなり始めていた。


 この面々は冒険者組合の者たちではある。

 エンリルが出現したという事を聞きつけて、一攫千金を狙うためにこうしてここまでやってきたのだ。

 その数は千を超える。

 それだけ冒険者の数が多く、戦力となる者たちが先を争うように前に進んでいるさなか、このような爆発が起きた。

 未知の魔法に驚きを隠せず、連携の取れていない冒険者は散り散りになって逃げまわる。


「おい落ち着けー!」

「ただの爆発だ! 皆気をしっかりと持て! 慌てるなぁ!」


 それぞれのパーティーメンバーの隊長格と思われる人物たちが、声を上げて冒険者たちを落ち着かせようとしている。

 その事もあって、ようやく落ち着き始めたという時に、また誰かが爆弾を踏んだ。


 ズドォオン!


「ぎゃあああ!」

「ぐああああああ! 足がぁああ!!」


 その魔法の威力はとんでもなく強力……という訳ではない。

 発動範囲は半径二メートル程度の小規模な物。

 間隔を開けて歩いていればそこまで被害は広がらない。

 だがしかし、人を殺す程度の威力はないのだ。

 それが非常に厄介。


 怪我人が出れば、それを介抱しなければならない人物が必ず出てくる。

 一人怪我をすれば、最低でも一人が介抱に当たらなければならないため、二人は行動が制限されてしまう。

 明らかにそれを狙った魔法であるという事が見て取れた。

 冒険者パーティーの隊長格のほとんどは、その事を理解しているようだ。


「厄介ね!」

「全くだ。おい! 誰か罠を見つけれる奴はいないのか!!」


 こういうのはダンジョンの罠と似たようなものだ。

 であれば、ダンジョンの罠を見分けられる人物を前に置き、見つけてもらいながら進むのが得策だろう。

 このように混乱して走り回られると、更なる被害が出てもおかしくはない。


 そしてまた爆発音が響く。


「ちっ! 馬鹿どもが!」


 このように何度も爆発が起きるという事は、この罠は沢山仕掛けられていると考えるのが普通である。

 広大な森の何処にそれが仕掛けられているのかは全く分からない。

 それをクリアしなければ、この者たちはエンリルの元まで辿り着くことすらできないだろう。


「フォルマン隊長。どうしますか?」

「さっさと見つけて来いよ罠見つけれる奴! こんなん喰らったら戦え無くなるぜ」

「……僕出来るけど」

「マジかよフール! じゃあ早速やってくれよ!」


 爆発が起きてからは一歩も動いていない三人組が、何やら話し合っていた。

 この人物たちは、クルスが森へと遠征したときに護衛を務めていた隊長だ。

 あのテントの中で、クルスに薬を飲ませ、エンリルの情報を引き抜いた張本人である。


 隊長のフォルマン・ウィンバー。

 炎魔法を得意とする彼は、大きな声で仲間を鼓舞したり、強気な発言をよくする人物だ。

 部下に優しそうに接してはくれるが、腹の中はどす黒い。

 いつも自分たちがどうすれば利益を得れるかしか考えてはいないのだ。


「なるほど。貴方そんなこともできたんですね」


 副隊長のカンク・ダイゼニー。

 喋り方が硬く、気真面目そうな成りをしているのだが、フォルマンの次に強い実力者である。

 使う魔法は水魔法だ。


「……別にいいけど、別料金ね」


 隠密を得意とするフォルマンの部下、フール・ウィンバス。

 索敵や罠の解除、発見などといた洞窟での捜索に役立つ能力に長けている人物だ。

 戦闘力はそこまでないのだが、フールの奇襲は今まで誰も見破ったことがない。


「わーったよ!」

「闇魔法・トラップレーダー」


 隊長であるフォルマンの言葉を聞いて、フールはようやく魔法を発動させて周囲にある罠を探知する。

 捜索範囲を広げて行き、周辺にある罠の数を把握した。

 だがその把握した罠の数に、フールは驚きの表情を隠せない。


「……ひゃ、百七個……の爆弾がある!」

「ひゃ、ひゃくぅ!?」


 いつも冷静で、驚きの表情を顔に出さないフールとカンクが珍しく動揺する。

 流石にそんな数はあり得ないと思っていたのだ。

 これは明らかに魔法による爆発。

 いくら事前に設置していたとしても、あれだけの威力のある物をこれだけ揃えるのは非常に困難である。

 確実に一日や二日で揃えれるような数ではない。


 だが問題は数ではない。

 問題は、それを揃えれるような奴がいるという事だ。


「何日かけて設置したんだ……」

「暇なんだろうな!」


 だがこの冒険者たちは知らない。

 これは一日で設置された物だという事を。

 魔力量に限界のないエンリルは、魔力枯渇という概念がまずないのだ。


 人間はそれとは違う。

 魔力量には限界があり、それを満タンまで貯めてから、使う時にドンドン使うことしかできないのだ。

 途中で魔力を回復するには、特殊なポーションを飲むか、マナトレンスファーを使用するしかない。

 魔力が一定数まで減れば、気絶するのだ。


「で、どうなのですか? 解除は難しそうですか?」

「無理だね……。これなんか箱みたいなのに入ってる。踏んだら爆発する奴みたいだよ」

「では、目印を立てれば問題なさそうですね」


 そしてまた爆発音が響く。

 初日でこれはまずいと、何処の隊長格もわかっていることだろう。

 何日かかって狩れるかどうかもわからないエンリル。

 まずは早く拠点となりそうな場所を探さなければならなかった。


 フールは目の前にある地雷の近くに、木の枝を深々と刺す。

 これが目印だ。

 後何度も同じことをしなければならないのだが、そうしなければ何時まで経っても前に進むことが出来ないだろう。


「しばらくじっとしておいた方がよさそうですね」

「だな! もどかしいが……まぁ一日仕事じゃないんだ! 気楽に行こうぜぃ!」

「そうですね」


 それから何度かまた爆発があったが、フールのやっていることを真似していく冒険者も増えて来たようで、ようやく全ての罠を半無効化することが出来た。

 それまでに結構な数の怪我人が出てしまったが、まだ戦力は残っている。

 たかが狼相手に、後れを取るような冒険者はいないはずだ。


 すると、先行していた冒険者パーティーがテントを張れるような場所を発見したようだ。

 そこにも罠が仕掛けられていたが、それは土魔法で解除された。

 ようやく安全な地に足を付けることが出来た冒険者たちは、各々がテントを張っていく。


「治療が出来る者は怪我人の手当を! 他の者は設営を続けてくれ! 怪我人はこっちだー!」


 一人の隊長格が声を出して誘導をしている。

 ああいうのが一人いるだけで、仕事量はぐっと減るので、他の隊長格はありがたいと思いながらその指示に従っていた。

 ああいう真面目な奴は、すぐにいなくなる。


 暫くしてテントの設営も終わり、怪我人の手当ても終わり、冒険者たちはようやく一息付けた。

 体を休めようとしていた冒険者だったが、一人の叫び声でまた緊張が走ることになる。


「お、おい! 狼がいるぞ!!」


 冒険者たちは我先にとその姿を見るために、テントで休んでいた者は、テントを出て武器を構える。

 食事の準備をしていた者は、匙を投げて声の方を見る。

 その声を聞いた全員が、声の主が指さす方向を見ていた。


 そこにいたのは……土で象られた生きているような狼だった。

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