3.17.土狼の遠吠え


 そこには、土で象られた狼がいた。

 色は完全に土色で、明らかに土魔法か何かで作られたようなものだという事がわかる。

 しかしその精工さは誰もが見とれてしまうほどの物だ。


 目は動き、毛は風になびくように動かされ、まるで本物だと錯覚するまでに綺麗に作られた物だった。

 だが、今目にしているあの狼は、冒険者たちが狙っている物ではない。

 そのことに落胆はしたのだが、何故かあの狼から目が離せなかった。

 これから、何かが起きる気しかしなかったのだ。


 あれは一体なんだ。

 そう思っていると、土の狼が声のない遠吠えをした。

 その時点で、冒険者の運命は決まってしまったのだ。


 土狼の本体が……顕現する。


 土狼が居た場所の地面がボコボコと動き始め、その姿を一気に地上へと現した。

 数百の数の土狼が津波のように冒険者に襲い掛かる。


「な、なんだなんだぁ!?」

「逃げろお!!」


 そう叫ぶが、人間より土狼の方が圧倒的に速い。

 飲まれていく冒険者は、悲痛な声を上げながらどんどん飲まれ、そして弾き飛ばされていく。

 魔法を放って動きを阻止しようとしている者もいるが、弱すぎる魔法では全く意味がないようで、その魔法すらも土狼が飲み込む。


「ぐあああ──」

「ぎゃっ──」


 魔法を放っていた冒険者は勿論逃げられるわけがなく、結局土狼に魔法ごと飲まれた。

 そして、後ろの方に弾き飛ばされる。


「がっ……!!? があああ!!」

「腕がああ! ぐうううう!!」


 飲み込まれて弾かれた冒険者は、足、腕、もしくは肋骨などといった体の一部が折られていた。

 怪我をさせることだけに特化した土狼。

 本来であれば、人間を土の中に飲み込んでそのまま放置することも可能である。

 が、オートはそれをすることはできなかった。

 だがそれが、冒険者には大きな痛手となっているのだ。


 どんどん動けない物が増えていく。

 一体これが何度続くかもわからない。

 まだ本物のエンリルを見てすらいないのに、この被害率。

 どう考えても、エンリルを討伐するどころの話ではなくなってきていた。


「おいおいおい! これ不味いんじゃねぇの!?」

「確かにそうかもしれませんね。術者もいないようでし……」

「とりあえず……ここで待機」


 三人は土狼の攻撃範囲外に何とか逃げ込むことが出来ていた。

 あれはまっすぐ進むだけの物のようで、曲がったりはしてこないらしい。

 なので横に逃げれば回避のできるような魔法だった。


 とは言ってもこの被害。

 まだ冒険者は多いといっても、一日目でこれ以上の被害を出すわけにはいかない。

 だがあんな魔法を止められるはずがないのだ。

 ここは大人しく隠れて置いたほうが得策である。


「ていうか何だよあれ!」

「わかりませんね。土魔法だということはわかるのですが」

「いやマジで勘弁してくれよ! あれ絶対敵の魔法じゃねぇか! 本物は何処だよ!」

「まず……本体が出てくるわけがない。相手は魔物で人間並みの知性があるはず……。ここは知恵比べ」

「おっと? 冒険者風情の俺たちにはちと重荷なのでは??」

「……大正解」

「おいいー!!」


 実は……まだ狼の群れは此処に到着していない。

 とは言え、そんなことを冒険者たちが知っているはずもなかった。


 明らかに異常な魔法。

 そして爆弾。

 この二つでさえ冒険者にとっては未知で脅威な物だというのに、それに加えてまだエンリルは姿を現していないと来た。

 圧倒的すぎる。

 そう思わざるをえない状況を、オールはほぼ一人で意図せずに作り出したのだ。


 ドドドドドド……。


 そこで、ようやく土狼の波が引いた。

 地面に戻っていき、何事もなかったかのように静かになる。


 だが、それが通った後ろには地獄絵図が広がっていた。

 腕や足は変な方向へと曲がり、体の中で折れた骨は内臓を傷つけてしまったのか、血を吐いて苦しんでいる冒険者も多数存在している。

 たった一撃。

 それだけでここまでの被害が出てしまったのだ。


 千人以上いた冒険者だが、ここに来るまでにその一割は戦闘不能状態になっている。

 初日のこの短い期間でこれだけに被害が出るとは、誰も思っていなかっただろう。


「や、休めねぇ……」

「どうなってんだよ……。設営したテントも少し持ってかれちまった」

「……!! お、おい……。おい!! あれ! あれえ!!」


 一人の悲痛な声が響く。

 困憊して喋ることもできない者が多い中、その人物の声はやけに大きく通った。

 誰もがその人物を見て、指さす方向を次に見る。

 そこには……。


「……マジかよ」

「また……? 嘘だろ?」


 土狼が立っていた。


「────!」


 聞こえない遠吠え。

 聞こえないはずの土狼の遠吠えだったが、今だけは何故かその声が聞こえたような気がする。

 それはまるで、悪魔の死歌しかの様だった。


 ボゴボゴボゴッ……。

 ドドドッ……ドドドドドドドドドドドドドド!!!!


「神よ……」


 一人の教徒が手を合わせる。

 だが、そんな物は感情のない土狼には関係ない。

 神を信じてやまない男は、手を合わせるのをやめずに逃げもしなかった。

 勿論土狼に慈悲もなく、飲み込まれる。


 土狼の中で腕が折られ、ボギリという嫌な音が鳴る。

 痛みに顔を歪ませていると、いつの間にか外に放り出されていた。

 そして本格的に襲ってくる痛み。

 男はその場でのたうち回る。


 第二波がようやく静まった。

 今回は二回目なので回避も簡単にできたようだ。

 だが、設営したテントは完全になくなってしまった。


 だがこればかりはどうしようもない。

 あんなものが来るなんて誰も予想しなかったのだ。


「も、もう大丈夫だろ……あれだけのでっかい魔法。そう何度も撃てはせん……」

「確かにな……」


 回避することはできた冒険者は沢山いたが、その誰もが肩で息をしていた。

 あの攻撃は範囲が異常に広い。

 速度はそこまで早くないのだが、それでもその広範囲の攻撃を回避できずに飲まれるものが多数いたのだ。


「おい……おい。おいおいおい!! おい逃げろおおおおおお!!!!」


 嘘だと誰もが思った。

 もう信じたくないし見たくもない。

 だが、見なければ何処からるかわからないので見るしかない。

 冒険者はまたその姿を目に焼き付けることになる。


 土狼。

 逃げた先に、そいつはいた。

 まるで待ってましたと言わんばかりに、聞こえない遠吠えを上げる。

 遠吠えを終え、下げた顔は……何処か笑っているような気がした。


 ドドドドドド……


 またあの悪魔の死歌しかが鳴り響く。


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